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こ:心を広く持つということ。

心を広く持つとは。
について考える機会が今日あった。
私の解釈では、
なんでも理解し、取り入れられること、と思っていた。

どういうことかというと、
人が行った行動を受け入れられない時、
自分の価値観を広げて、考えに取り入れる努力をしていた。
例えば遅刻する人にはそれ相応の理由があるのだ、とか。
細かい指摘をしてくる人は、
その人は仕事ができるからそういっているのだ、とか。

理解できないこと=受け入れないこと
だから、その人が悪いと思っていた。
私には、こういう人は無理、と思う人がとても多い。
私はこうあるべき、が確立しているからこそ、
ちゃんとできていない人、
というより自分のルールに合っていない人、
を断罪してしまう。
自分にとってこういう人は例外で、
その人が悪いのだ、と受け入れないでいた。

社会人を過ごしていくうちに、
自分に合う人のほうがよほど少ない、と気づいた。
そして、自分が理解できた価値観のほうが少なく、
心が狭いだけなのだと。

なんでも受け入れてしまう人に対して、
「この人は自分の意見がないのだな」と
安易に決めつけていたが、
それこそ私に必要な視点だったのかもしれない。

自分らしさを心に隠していても、
伝わる人にはきっと伝わる
し、
受け入れている=芯がないということではないのだと。

なんでも理解するのは不可能で、
相手に対して必ずわからない部分はある。
それを「この人にとってはこれが正しい」
と受け入れられる
ことこそ、
芯の強さなのかもしれない。



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