1997年9月6日、ダイアナ妃の追悼ミサに参列
1997年9月6日、あなたは何をしていたか、
覚えていらっしゃいますか?
わたしは1997年は英国で過ごしていて、
9月6日の午前中は、
旅行先の英国・スコットランドの
インヴァネスの教会で
ダイアナ妃の追悼ミサに参加していました。
映画「The Queen」をご覧になった方や
当時の英国の様子に詳しい方は
覚えていらっしゃると思いますが、
8月31日早朝にダイアナ妃がパリで
亡くなった後、当初は英国王室は
ダイアナ妃がすでに王室を離れていることを理由に
半旗を掲げることすらせず
沈黙を守っていました。
そんな王室に対して国民の間からは
王政廃止を訴える声まで上がり、
国民と王室との分断を避けるために
当時のブレア首相はエリザベス女王に対して
滞在先のスコットランドからロンドンに戻り
ダイアナ妃の死を悼むメッセージを
発表してほしいと伝え続けます。
結果的に女王はロンドンに戻り
国民がダイアナ妃を悼む様子、
花で埋め尽くされたバッキンガム宮殿門前の様子などを見て
9月5日にダイアナ妃の死を悼む
スピーチを行いました。
ダイアナ妃の葬儀は
ロンドン・ウェストミンスター寺院で
国民葬として行われることになり、
英国王室とスペンサー家以外にも、
国内外の政治家やチャリティ団体の代表など
多くの方が参列されました。
また、たくさんの一般の方たちも
ダイアナ妃の死を悼んでいました。
わたしは異国人であり、キリスト教徒でもないのですが、
葬儀の前日に、旅行先のスコットランドで
教会の前を通りかかった時、
「どなたでもご参列ください」
と張り紙があったのです。
当日、教会に伺うと、参列者は十数名ほど。
わたしは参加していることが若干後ろめたくて、
後ろの方に座っていたのですが、牧師さんに
「最後までいらっしゃるなら、どうぞ他の方の近くに」
といっていただき、
みなさんと一緒に参加させていただきました。
牧師さんの言葉を全て理解したわけではありませんが、
ダイアナ妃を悼む言葉は優しく、あたたかでした。
最後に、
牧師さんに言われるままに他の方たちと手を握り合い、
“Peace be with you!
(平安があなたと共にありますように)”
と言葉をかけあい、
静かにミサは終わりました。
通りすがりの異国人で異教徒のわたしも
わだかまりなく参加させていただけたことに、
感謝したものです。
あの日、ダイアナ妃の葬儀で
エルトン・ジョンが歌った
”Candle in the Wind 1997”
(原曲はマリリン・モンローのことを歌った曲でしたが、
歌詞をダイアナ妃のことを悼む内容に変えた曲)、
あなたは覚えていらっしゃいますか?
こちらのリンクから、葬儀で
エルトン・ジョンが
このうたを歌う様子を見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=1o9rLDCfO6o&ab_channel=PhilipAnness
会葬者の中にも
曲を聴いて涙を拭う方がいらっしゃいますね。
この曲を聞いて、それまで悲しみをこらえていた
ウィリアム王子とハリー王子も
涙を抑えられなかったと翌日の新聞で読み
痛ましく感じました。
また、葬儀前日の1997年9月5日には、
ダイアナ妃と親交のあった
マザー・テレサも87歳で亡くなったのです。
1997年6月にアメリカで会われたのが
お二人の最後の面会になりました。
マザー・テレサは
その前から闘病中だったので
偶然かもしれませんが
ダイアナ妃の死から1週間たたずして亡くなったのは
やはり深いご縁もあったのかもしれませんね。
今回も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。
*写真は1997年9月6日のScottish Daily Mai,
1997年9月7日のNEWS OF THE WORLDl
からお借りしています。