
②SaaS業界に入りたい人(非エンジニアでマーケティング・セールス志望)に最初に読んでほしい記事-第2章-
第2章はSaaSの技術的背景に触れた後、顧客目線でSaaSを語ろうと思います。
(第1章はビジネス≒金の視点でSaaSを語りました。こちらからどぞ。)
https://note.com/yuki_nsgt/n/nd2482ad6b327
SaaS市場成長の技術的背景
第1章の冒頭で示したSaaSの定義を確認します。
非エンジニア向けSaaSの定義(再掲)
SaaS:一昔前まではPC・スマホで処理させていた演算を、サーバで処理させるように、分業の仕組みを変えた情報処理サービス
では「分業の仕組み」の変化を技術的な視点でみていきましょう!
コンピュータを使う目的は誰でも同じ…「情報処理」しかありません。では、情報処理プロセスを分解してみましょう。コンピュータの機能要素「①入力、②演算、③記憶、④出力、⑤制御」の5つをプロセスにしてみます。
小難しい言葉が出てきましたが、普段当たり前にやっていることです。
入力〜制御の機能の具体的プロセス
①PCのキーボード使ってデータを入力すると、(入力)
②プログラム通りに計算してくれて、(演算)
③計算結果は記録されて、(記憶)
④ディスプレイに表示される(出力)
⑤これら①〜④の処理がつつがなく実行される(制御)
このうち①〜④をサーバ/回線(インターネット)/端末(PC・スマホ等)を使って分業します。サーバは1箇所だけ、端末は1万個あると仮定したとき、どのように分業すると、低コストで高い生産性が得られるでしょうか。難しそうに見えて、論点はシンプルです。「②演算と③記憶について、サーバと端末のどちらが担当すべきか?」です。
①入力と④出力は端末が担当するしかなく、回線はデータ通信しかできないので、必然的に②③が論点になります。
2021年現在での答えは「コスト優先ならサーバが担当すべき」です。(もちろん前提条件次第ですが…)サーバを②演算・③記憶の主担当とするシステムを、Webシステムといいます。
Webシステムのメリット
運用コスト、保守管理コストの低減
1万個ある端末全てにアプリケーションを配布するよりも、1箇所のサーバでプログラム修正する方が低コストでスピーディです。端末のことを気にせずサーバだけに集中できると管理コストを押さえることができます。
端末間で情報を同期できる
③記憶を端末が担当すると情報が分散されてしまいます。すると、複数人で仕事を進める際、どれが最新で正しい情報なのかわからなくなります。サーバが③記憶を担当してくれると管理が楽。
昔は通信環境がボトルネック
現在のように高速・安定な通信環境がなかったころは、スタンドアロン型(端末が①〜④の全てを担当)や、クライアントサーバ型(②演算・記憶の負荷をサーバと端末で分け合う)にせざるを得ませんでした。光回線が登場し、通信環境が劇的に向上したことで、Webシステムが現実解となったのです。
(サーバの仮想化技術もWebシステム成長の要因ですが省略します)
アプリの目的によっては、Webシステムに移行する過渡期(またはそもそもWebシステムに適さないのかも?)にあります。
例えばゲーム、特にFPS等の3Dゲームは高度な演算とレスポンスの良さが求められます。レスポンスの良さが最優先なら、端末だけで処理させるべきです(一人プレイならスタンドアロン型が最適)。しかし、ネット対戦をするなら通信しつつ、ストレスなくゲームできるレベルのレスポンスを保たなければなりません。そのため、端末とサーバでうまく負荷分散させて全体をコントロールしています(クライアント・サーバ型)。
動画編集は過渡期です。動画データは重すぎて通信に時間がかかるので、Webシステムに向いていません。一方で、加工や書き出し等の処理はサーバが担当した方がコスパが高いかもしれません。どちらも一長一短あり、4K・HDのプロ動画は高スペックPCが求められますが、趣味程度であればWebブラウザを通じて編集できるサービスが出てきています。
これらの処理も、5Gの普及(通信環境の進化)に伴いWebシステム化が進むかも、と私は予想しています。
①〜⑤の処理をどのように分担するかはシステムの生産性を決定する大前提であり、技術の進歩とともに最適な構成は変化してきました。2021年現在ではWebシステムが優勢ですが、近い将来、ブロックチェーンのようにサーバを介さない端末間のシステムが流行るかもしれません。また、セキュリティや安定性を優先するために端末側に処理をさせるシステムが流行るかもしれません。未来のことはわかりませんが…。
(以上の説明は非エンジニア&初学者向けに単純化したもので、現実はもっと多要素です。ただ、SaaSを理解する第一歩は、サーバと端末の分業の仕組みにあることは押さえておきたいです。)
まとめ:SaaS市場成長の技術的背景
SaaS:一昔前まではPC・スマホで処理させていた演算を、サーバで処理させるように、分業の仕組みを変えた情報処理サービス
演算をサーバ側が負担すると、端末側のケアが最小限で済むので開発・管理コストを大きく減らせます。そして、コスト減できれば中小企業市場も含めた巨大なマーケットを相手にできる、ということです。
では、いよいよ顧客目線でSaaSを語ろうと思います。ここからが本題。
中小企業がSaaSを導入する意義
まずは中小企業から考えていきます。大企業は次章以降で。
中小企業がSaaSを導入する”メリット”は、複数のWeb記事で同じことが書かれています。
中小企業がSaaSを導入するメリット
1.低コスト
2.すぐ始められる
3.端末を選ばない
これらのメリットを出せる理由は第1章から説明してきました。
私が語りたいのは「意義」です。意義を語ってくれているWeb記事が見当たらない(あっても高度すぎて初学者には辛い)ので、このnoteを書こうと思ったのです。
中小企業がSaaSを導入する意義は次の4点に集約できます。
中小企業がSaaSを導入する意義
1.業務効率化による売上増・コスト減への貢献
2.成長ボトルネックの解消
3.”職人のカン”のデジタル移植
4.デジタル化される社会への適応(DX)
1.業務効率化による売上増・コスト減への貢献
一番わかりやすいところからいきましょう。
売上増に貢献してくれるSaaSツールの代表は、マーケティングオートメーション(MA)や顧客関係管理(CRM)があります。一昔前まで、商談状況を管理するツールは営業マンの手帳でした。上司は日報や口頭報告を受けて、部下の商談進捗を把握し、指導していました。ダイレクトメールを送ったり、電話でリテンションするのも営業マンが一人でやるのが当たり前でした。
これは非効率です。もし、チームで分業できれば効率を高めることが可能です。また、上司の指導に生産性があったとしても、情報共有には生産性はありません。分業がうまくできない原因は、「営業マンの手帳による商談管理」です。これをデジタルにして、チーム共有できれば分業する基盤ができるのです。
MA・CRMは顧客企業にIDを振り、商談プロセスを会社が共有し、一部を自動化してくれるツールです。営業マンの仕事に大きな変化はなく、これまで手帳に書いていたことをPCに打ち込むだけです。情報は会社として共有され、集計は簡単です。提案金額や契約見込み度などでソートしたり、顧客属性別に営業リソースの優先順位付けをすることができます。上司は情報共有に時間を使うことなく、部下の指導に集中することができます。メールによるリテンションを自動化し、営業マンの負荷を減らしてくれます。MA・CRMは情報共有と自動化で営業効率を高めてくれるのです。
コスト減に貢献してくれるSaaSツールの代表は、会計管理、人事管理、給与管理、生産・工程管理、販売管理などの管理ツールです。管理業務はスピードと正確さが生産性を決めます。定めたルールに沿って処理するだけであれば、人よりコンピュータの方が優秀です。そしてこれらの管理ツールは統合すると真価を発揮します。統合したシステムをERP(=Enterprise Resource Planning 企業資源計画)と言います。売上・原価・販管費を一つのシステムで管理運用する方が効率が高まります。
2.成長ボトルネックの解消
人の手で経営管理レベルを上げるのには限界があります。システムでないとたどり着けない領域があるのです。
会社は規模が大きくなるほど複雑になり、直感的な経営判断が難しくなります。従業員が増え、部署を細分化し、支店が増え、取扱商品が増えて…と複雑になると、どの商品で儲かっているのか/いないのか、どのターゲットに注力すべきか、投資すべきか/廃止すべきか、といった経営判断をしなければ成長が止まります。商品別・市場別の採算管理を人の手でやろうものならエゲツないコストがかかりますし、処理ミスが続出し、時間がかかって賞味期限切れの使い物にならないデータを元に経営判断がされることになります。やはり、会社が継続成長するためにシステム導入は必須です。
また、株式上場を目指す場合、上場会社としてふさわしい経営管理体制が求められます。予実管理、組織統制制度、株主事務実施体制等がなければ審査に通りません。統制の中にはコンプライアンス体制が含まれ、不正会計をしないような仕組みが求められます。これらの仕組みをシステムを使わずに構築することは実質不可能でしょう。
3.”職人のカン”のデジタル移植
会社には特殊能力をもった人がいて、その技術で競争力を保っていることがあります。「この味はあの人にしか出せない」「あの人の営業はなぜか売れる」という職人芸をもった人のことです。この技術を他の人・または機械に移植できれば、競争力を強固に、規模を拡大しやすくなるでしょう。
しかし、職人芸のデジタル移植は相当に高度なミッションで簡単ではありません。経営上重要な業務プロセスを特定し、データを集め、職人がどんな条件でどう判断しているのかを解析し、他の人・機械にどうコピーするかを全体として設計しなければ効果がでません。この設計は相当に高度なことです。
例えば、売れる営業マンの営業トークを解析し、顧客が「A」と言った直後に「B」と返すクセが見つかったとしましょう。データ解析した人は喜び勇んでこのクセを他の営業マンに教えます。しかし、実は売れる営業マンは「顧客の表情」や「購買履歴」を踏まえてトークを考えていました。結果、ズレた”カン”を他の営業マンが学習してしまいました。この例では、データ集めの設計段階でミスしており、このミスに気付くのは困難です。設計・分析する人には高い能力が求められます。
実際の例として、日本酒製造でのAI活用を紹介します。適切な浸水時間を算出するために、米の膨張率や割れ具合を画像解析して活用しているそうです。ただ、「浸水時間の問題」はコントロール対象が水だけなので、デジタル移植が比較的簡単です。そして醸造工程にはもっと重要な”職人のカン”問題があります。
重要な”職人のカン”とは、発酵条件(=日数・温度・撹拌)などインプット要素が多く、日本酒の出来(=日本酒度・酸度・アミノ酸度+風味)といったアウトプット要素も多い仕事でしょう。この”カン”をデジタル化できてやっと経営意義までたどり着けるものと思います。
近年、AI・IOT・VR・ARといった技術が一般的になりつつあり、実現手段が増えています。ただ、これら最新技術は単なる手段です。「何を課題としてどのうように解決するか」の最適解を見つける能力の方が圧倒的に重要です。
4.デジタル化される社会への適応(DX)
近年、DXがバズワード化しています。DXとはデジタルトランスフォーメーションの略であり、シンプルに言えば「DX=デジタルによって変化すること」なのですが、人によって様々な主語・目的語がくっついて表現される未定形なワードです。ここでは、代表的な定義を2つ紹介します。
エリック・ストルターマン氏(DXの概念を2004年に提唱)
The digital transformation can be understood as the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life.
デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術が人間の生活のあらゆる側面に引き起こす、あるいは影響を与える変化と理解することができます。(DeepL翻訳)
経済産業省の定義(DX推進ガイドライン平成30年12月)
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
エリック氏はDX=「デジタル技術による変化」と表現しているのに対し、経産省はDX=「企業がデジタル技術で変革すること」と定義しています。日本語のWeb記事では、DXの主語を「企業」を前提にしているものが多く、経産省の定義に沿った議論がされているように思われます。(記事を書く人はITコンサルが多く、企業を主語にした方がビジネスの都合が良いのかもしれません)
と、定義に幅はあれど、企業に突きつけられた危機に変わりはありません。選択肢は3つあります。デジタル技術を社会に提供する企業になるか/デジタル技術を使いこなす企業になるか/デジタル技術と距離を置くレガシー企業になるか、の3択です。技術提供できる企業はごくわずか。大多数の企業が取るべき道は一つしかありません。企業はデジタルによって変わる環境に適合し、企業が自らを変容させてデジタルを取り込まなければなりません。私では「デジタルによって変わる環境」の全容を説明できませんが、その一端を紹介した記事があったので引用させていただきます。
1|会計
・「クラウド会計ソフト」の代表例の1つが、「クラウド会計ソフトfreee」
・取引先の名前等から取引内容を推測(「○○電力」は勘定科目を「水道光熱費」と推察)
・レシートや領収書をスマートフォンのカメラで撮影したり、スキャナで取り込んだり
・株式会社ジャパンネット銀行が「freee」の利用者専用のビジネスローンを提供。インターネット完結(来店不要)で、最短で翌営業日には借入ができる。
・提携先のファクタリング事業者が利用者の売掛債権を買い取る(早期に現金化する)サービスもある
2|人事労務
・「SmartHR」は従業員の入退社時の書類作成や社会保険・労働保険の各種手続等を、「簡単かつシンプルに行えること」をセールスポイント
・入社する従業員自身に必要な情報を直接オンライン上で入力してもらう機能
・書類が自動で作成され、役所への届出も「SmartHR」上で電子申請できる
・他社が提供するクラウド型の給与計算ソフトや、勤怠管理システム、人事評価・人材管理システム等と従業員データを共有できる
3|受発注管理
・「BtoBプラットフォーム 受発注」は受発注や伝票処理の企業間取引プラットフォーム
・売上・仕入の把握、店舗管理、買掛・売掛の早期確定等を可能
・取引先からの紹介で導入するケースもあるようだ。いわゆるネットワーク効果(利用者が増えるほど、利用者の便益が増す)が働く
4|POSレジ
・「Airレジ」は会計や売上分析など、基本的なレジ機能が無料で使える。
・「Airレジ ハンディ」を導入すれば、配席、注文、配膳、会計といった飲食店の一連のオペレーションをカバー
・「Airペイ」を導入すれば、専用のカードリーダー1台で主要クレジットカード、交通系電子マネー等によるキャッシュレス決済にも対応
・飲食店向け予約台帳・顧客管理アプリ「レストランボード」と連携させれば、顧客台帳に会計データを紐づけて蓄積
このような動きを見ると、SaaSが単なる「業務効率をあげるツール」以上に、新たな顧客や取引先・金融機関などにアクセスするためのゲートの役割を担っていくように思われます。SaaSを使うことで、企業-企業間・企業-顧客間のコミュニケーションコストがグッと下がり、安くて質の良いサービスを利用できるようになりそうです。このメリットを享受できるかどうかで企業存続が決まる時代がくる、と私は想像しています。企業存続を賭けた自社変革…これがデジタル化される社会へ適応(DX)する意義です。
次回第3章はSaaSのマーケティング・セールス組織がどのように成長していくのかを語りたいと思います。次からはドロドロした人間臭い話をまじえていきます。