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書評:「市場と文化・芸術を巡る物語 文化経済学講義:芸術性と市場性の相剋」塩田眞典


はじめに


皆様こんにちは。

結局何も投稿せずにだいぶ月日が経ってしまいました… 
一応書ける話題はいくつかあるんですけど、シンプルにここでまとめるのが面倒くさくてやってなかったですすみません。(言い訳です)
でもこの自分の反省文を書いたところで多分ただただ時間の無駄だと思うので早速本題の方にいきましょう。

今回私が読んだ本は、塩田眞典著『市場と文化・芸術を巡る物語 文化経済学講義:芸術性と市場性の相剋』です。この本は芸術と経済がどのように関わりあっているかということ主題として、さまざまな事例を見ていくという順序で話が進んでいきます。ページ数もだいぶ短く、文体も非常に読みやすく書かれていたため、「文化と経済」というトピックに対するとっかかりとしては非常に最適な本だと思いました。(ただ、「文化経済学」という題名があるものの、主に音楽についての話題が中心なので、美術と経済について知りたいという人にはあまり向かないかもしれないです。)

以下の文章では、ざっくりとした内容の解説と個人的な感想を言っていきます。それではどうぞよろしくお願いいたします。





1.市場経済と音楽

この項目では、全部で15個ある講義のうち1〜5講に関するテーマについて話をしていきます。正直この部分がこの本の中で一番面白い部分だといっても過言ではないです笑。あんま時間ないという方はここだけでも読んだ方がいいと思います。

ここでの主なテーマは、大衆音楽か芸術音楽かという枠組みに関係なく、芸術作品は常に経済に影響を与えるし与えられるということについてです。

やはり今日の資本主義社会では、高踏文化と呼ばれるようなものでも商業的側面を無視することはできないんです。
「売れるために作られた音楽なんて芸術じゃない!」みたいなことを言う音楽通はたまにいると思いますが、ある意味この本ではその考えを全否定しているんですね。

というかそもそもこの本では芸術の商品化は必ずしも悪なのか?と言うことに対しても疑問を投げかけているんです。

少し考えるところもありますが、第3講でのエドガー・ドガの「踊り子」を通した筆者の分析は脱帽でした。具体的な分析は本を読んで確認してもらいたいのですが、絵の構図と当時の観客席と結びつけた考察や、当時のバレエ界の経済事情を反映した巧みな分析がなされていて、非常に圧巻でした。

エドガー・ドガ 「踊り子」


また、経済学者のシュンペーターの著書「経済発展の理論」における彼の経済分析に文化経済を当てはめて、いかにして新しい製品(作品)ができるのかと言うことを考察した部分も非常に面白かったです。私たちはほぼ無意識的に経済という枠組みに縛られながら生きているんだなあと実感した。

第4、5講では、録音機器の始まりというトピックをもとに、新しい製品の創造と製品の普及には別ベクトルの能力が求められるということが記されていました。これにより筆者はシュンペーターの経済理論の欠点を指摘しました。

ざっくりいうと、「新しい製品を発明した人が必ずしもその効用を完全に理解しているわけではない」ということです。意図せずに新たなものが生み出されてしまう例もあるということをこの章では証明しています。


2.オペラにおける経営戦略

ここでは第6〜10講の内容について扱います。ここで重要な人物はルイ・ヴェロンという人物。彼は当時赤字財政だったパリ・オペラ座をたった三年ちょっとで黒字財政にまで回復させたのである。

その手法は必ずしも清廉潔白というわけではなかったが、彼の経営者としての腕は本物である。

ルイ・ヴェロンの肖像画


もともと、当時オペラ座が赤字財政にまで陥ったのには理由があったのです。それはまさに、貴族社会が終焉し新興ブルジョワジーが隆盛したこと。ブルジョワジーはかっこいいお金の使い方をしたい(顕示効果)。そこでオペラがよく使われたのです。

しかし当時のオペラはオペラ・セリア(主に古代ギリシャ悲劇を扱ったオペラ)が主流であり、教養の備わっていないブルジョワジーたちには話があまりにも話がつまらなかった。そこで誕生したのがグランドオペラ(大オペラ)です。有名なところでは《ウィリアム・テル》などがこのグランドオペラに当てはまります。(ちょうど今月新国立劇場やりますよね。自分は金欠で行けないです悲しい🥺)

グランドオペラは話がわかりやすく、長い、というのが特徴です。
現代風に例えるなら、30分の短編前衛映画よりも、2時間の長編恋愛映画の方がみんな見たいだろ!みたいな感じです(古代ギリシャ悲劇は別に前衛ではないか笑)

つまり、当時の感覚でいえばグランドオペラは大衆向けオペラのようなものだったんです。ある意味、経済的な事情がこのジャンルを作ったと言っても過言ではないでしょう。そしてこのグランドオペラをメインに上演するということがルイヴェロンの一つの経営戦略だったのです。

このほかにも、批評家の買収、サクラを忍び込ませるなど、割とアウトな感じのこともしてますが、彼はさまざまな方法でパリ・オペラ座を復活させたのです。


3.オペラ《カルメン》とバレエ・リュスを通してみる経済影響の痕跡

ここでは第11〜15講に関する話題について話していきます。
まず、オペラ《カルメン》の創作の経緯を見ていくのですが

①メルメの小説『カルメン』→②オペラブッファ《カルメン》→③グランドオペラ《カルメン》

という順番でカルメンは作られていきます。その中で登場人物や各人物の性格に変化がおきるのですが、その理由はまさしく経済効果を狙ったものがあるのだ。(具体的な内容は本を読んでもらいたい)

また、バレエ・リュスの話題のところでは、オーナーのディアギレフの経営戦略について筆者の分析が記されていました。彼の経営方法は文化企業者の一つの模範になるようなものなのだろうと個人的に感じました。

ディアギレフの肖像画


原典『「見えざる手」の痕跡を求めて』について


中の前書きを読んでもらえればわかると思いますが、どうやら「市場と文化・芸術を巡る物語 文化経済学講義:芸術性と市場性の相剋」という本は、塩田氏がこの本の4年程前に出版した『「見えざる手」の痕跡を求めて』の縮小版(プラス講義形式にして全体的な内容を簡明にしたもの)らしいです。


こちらの本は、「市場と文化・芸術を巡る物語 文化経済学講義:芸術性と市場性の相剋」よりも4倍ほどの文量となっていて、文体も少し専門書的になっています。一応ざっと一読しましたが、全体的にテーマ自体はほとんど変わらないものの、一つ一つのテーマを深掘りして解説していました。

個人的な感想を言うと、自分はストラヴィンスキーという作曲家がとても好きなんですが、彼が日本を意識して作曲した《三つの日本の抒情詩》などを取り上げていてとても面白かったです。このほかにも豊富な具体例と経済分析が施されていて、非常に読みごたえのある本となっていました。「文化経済学講義」の本を読んでざっと概要を把握した後に、もっと知りたいという人がいればこの本は非常におすすめです。


おわりに

ということで、今回は「市場と文化・芸術を巡る物語 文化経済学講義:芸術性と市場性の相剋」の書評をさせていただきました。

私は「文化と経済」というテーマについてはまだ勉強し始めたばかりなので、わからないこともたくさんありますが、このテーマは十分に時間をかける価値はあるなとなんとなく思っています。もともと大学も藝大以外は経済学部の大学を滑り止めで受けてたので、経済自体は割と興味はあったな〜と読んでと思い出しました。シュンペーターの「経済発展の理論」とかも後々ちゃんと読みたいなと思ってます。

なんだかんだ自己紹介以外でちゃんと書いたのは初めてなので、結構慣れてないところがあったと思いますが、ここまで読んでくれた方には大感謝です。文量はこれくらいであってるのか?なんか多い気もするけど。まあとりあえず最後までかけて一安心です。これからもよろしくお願いします。(ちなみに多分次は全然関係ないトピックについて投稿すると思います)

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