音は、疼く。響くのではない。傷のように体に刻まれ、忘れんじゃねえよとでもいうように、ときどきその存在を俺に知らせる。
ナイフが肉を断つのは一瞬だ。撃ち殺したヒヨドリの頭を落とすとき、命をいただいているという気になる。しかし切り落としてしまえば、ただの物質だ。頭とはそれほど生命の根幹を担う。ただ外観として。
その後、逆さに吊し上げ血抜きをする。今日は唐揚げにでもしようか。羽毛の処理をするため、鍋に水を入れガスバーナーにかけた。
待っている間、ぶら下がっている、さっきまで鳥だったものを眺める。どんなに立派に生きようが、死んでしまえばみな等しくモノになる。平等な世の中だ。
下処理が終わり、小麦粉をまぶしたチキンを油の中にぶち込む。バチバチと軽快な音が鳴った。
一度上げ、再度鍋に入れる。表面が土色になってきた。いい頃合いだ。
二回だけ息を吹きかけ、噛みつく。筋繊維が切断されていくのを歯で感じる。どっとあふれ出る肉汁。熱だ。熱を食らっているのだ。咀嚼するたびに肉は砕かれ、潰され、細かくなっていく。食道を通り胃へ運ばれる。そいつが体全身にいきわたり俺の一部となるのを感じる。やはり獲れたてはスーパーで買うのとは違う。食事とは命のやり取りをしているのだ。
二年前。会社をやめた。
山には人ごみも通勤電車もない。人間関係のストレスもない。まるで毎日が日曜日だ。こんな悠々自適な暮らしをしていると都会にいる奴が馬鹿みたいに思える。結局は自然と共に生きるのが一番いい。
腹が減ったらイノシシや鹿を獲って食べる。野草や木の実を食べる。小さいが畑もあるので自家栽培も可能だ。もちろんそれだけでは不十分なこともあるので、月に一度街へ出て買い物をする。贅沢をしなければ生きていくための貯金は十分にあるし、害獣駆除で小遣い稼ぎをしているので金の心配はない。たとえ一文無しになったとしても、狩ればいい。食い物に困ることはない。
日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。んで、地面はゴミ箱だ。俺はしゃぶりつくした骨をそのへんに捨てた。
「クビにすんぞ無能が!」
あいつが俺の頭をはたいた。
「申し訳ありません……」
俺はもはや呼吸よりも多くしている謝罪の言葉を無意識に告げる。仕事は文字通り無限にあった。
終わらない。終わらない。終わらない。永遠とはこのことだと思った。一日や曜日という区切りがなく、ずっと一様な時間が続いている感じ。休息などない。安らぎなどない。
深夜二時、俺がカップ麺を小脇にキーボードをたたいていると、また怒号が飛んだ。
「てめえ無能のくせに飯なんて食ってんじゃねえよ」
蹴られる椅子。俺は床に転がった。食ってるもなにもまだフィルムすらあけていない。
「そうか、てめえには熱が足りねえんだ」
そう言うとあいつは一瞬だけ姿を消し、電気ポットを持って現れた。
「なにを」
「こいつはカップ麺をふやかすためにあるんじゃねえ。てめえの寝ぼけた脳味噌を起こすためにあんだよ」
あいつはポットの蓋を開け、躊躇うことなく熱湯を俺にぶっかけた。
まだ暗かった。背中が汗でぐっしょりと濡れている。夜明けまでは数時間あるだろう。脈が速い。布団から出て冷たい水を飲む。マイナスの温度が喉を下っていく。それでも呼吸は荒いままだ。壁にかけているライフルを手にして布団に横になり、抱きかかえるようにして目を閉じる。こうすると落ち着くのだ。次第に平静を取り戻してきた。しかし再び眠りにつけるほどの安寧は訪れなかった。害獣は駆除しなければならない。
音、という漢字は頭と体みてえだなと思った。二度と立てないように殺して、俺は日々を食うのだ。
なんで、じゃねえんだよ。こっちははなからお前の別荘が近くにあると聞いてここに来たんだから。
頭を落としてしまえばただのモノだ。ぶら下がった、さっきまで人間だったものを眺める。人の頭を落とすのには少し時間がかかった。最後の皮を切り取ったその刹那、音が消えた。頭がはたかれる音、椅子が蹴られる音、熱湯が皮膚を焼く音、そのすべてが。代わりに別の音が俺の中に住み着いた。あああああああああああああああという、あいつの音だ。