【小説風】吉原苦界──高尾太夫の苦悩な日々【FateSR】
これを読んでいる人たちからしたら、これは遠い過去の物語なのかね。
──でもね。当世を生きるあたしらにとっちゃ、今が現実なんだよ。
だらしなく鼻を伸ばした男。派手やかな着物を着た女たち。
桜舞い三味線の音色で、皆歌い踊りどんちゃん騒ぎ。
華やかな見た目をしてる吉原がなんでそんな呼ばれ方をあんたは知っているかい?
吉原苦界──高尾太夫苦悩な日々
吉原にいる女たちは皆ここに来たくて来た娘ばかりじゃない。親に売られた娘や、人攫いに遭った娘が殆どさ。
娘を売ったって三から五両(現代でいうと四十万から百万)にもならないってのにね。
男は何でも働き口に困らないけど、女は家のことをするか、嫁に出すかくらいの価値しかなかった時代なのさ。
自分の意思で来た娘だって、親のために借金して連れてこられたようなもんさね。破格の利子、ふっかけられて一生出られないようにされてさ。
あたしらは鳥篭の中の鳥さ。
毎晩、毎晩、代わる代わる店にやって来る男の相手をする。いつか身請け(客が遊女を買う)されることを夢見てね。
遊女を買えるような男なんてそうはいない。遊女一人で千四百両(大体壱億四千万円)するんだから。
あたしらは首枷を嵌められた家畜さ。
出される食事は一汁一菜。一膳のご飯におかずは煮物につけも程度。
これは楼主からの「美味しいものを食べたければ客からとれ」と命令。
太夫のような上級遊女ならもっと良いものが食べれるんだけど、禿や新造の娘なんか下級遊女じゃ摂るもの摂れやしない。
それじゃあ病気にだってなっちまうよ。
(当時は妊娠や性病はもちろん、疫病など兎に角いろいろ蔓延してたらしい。)
「ゴホッゴホッ……ゴホッ。」
苦しそうな咳をする。……この娘もそうさね。
ろくなもん食べてないから、艶やかな黒髪はボサボサで白髪も混じっている。身体を拭く程度にしか洗ってないから、垢だって溜まってちょっと臭いを発してるよ。
覇気のない青白。あの可愛らしいふっくらとしていた頬は痩せこけ、まるで骸の様な顔じゃないか。
待たせちまったね。
そう云ってあたしは、薬包紙の中身を茶碗の中に入れた。
もう少しの辛抱しとくれよ
良い薬が手に入ったんだ、すぐ良くなるよ
──とんだ法螺話だよ。
「姐さん……」
「お薬、なんて……」
大丈夫、きっと効くよ。
……良い旦那に身請けれて、外の世を見るんだろ?
なら飲みな、元気になって、夢を叶えなよ。
(濃い紫の菊科の花言葉全般……
『私を信じてください』『恋の勝利』『夢が叶う』)
安心したように眠ったあの娘を見届け静かに立ち去る。
……医者を呼ぶことさえできない。こんな苦界があっていいもんか。
みんなを助けるんだ、この儀を、使って。
けど──その為に土御門様に縋って、武蔵ちゃんの力を頼んで……何かから解き放たれても、別の何かに縛られちまう。
武蔵ちゃんだって、流れ者だ。
そういつまでも、此処に留まってもらうわけには……。
──この苦悩な日々に終わりはくるのかね。
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