【小説風プレイ日記】超探偵事件簿 レインコード【プロローグ#11】
©スパイク・チュンソフト | RAINCODE
プロローグ
『世界探偵機構vs アマテラス社』
──ちょっと、最初に連れていきたい場所があるんだ。
そう言われて連れて来られたのは今はもう使われてないだろうビルだった。
ヤコウ所長の行きたい場所って…?
エレベーターの中にある大きな鏡に向かって問いかけてみたけど、鏡に写る所長の背中からは何も感じ取れなかった。
ガダガダ怖い音をたててエレベーターは上へと登って行く。
「ま、そう緊張しなさんな。リラックス、リラックス。」
緊張しているのがバレたのかヤコウ所長は、にへぇとだらしのない顔で笑いかける。
見た目通りのだらしのなさそうな人だけど、こうやってボクの事を気遣ってくれたりと何かと優しい。
もしここではないどこか別の場所で会っていたら、また別の印象を持てたのかな…。そんなありもしない、もしもに思いを馳せていると、チンッ、とエレベーターが目的の階に着いたことを知らせる音が鳴った。
開いたドアの先にあったのは、明けない夜の街カナイ区の夜景だった…。
「オレはさ、ここから見える街の風景が好きなんだよ。
なんつーか、夜明け間際がずっと続いてるような雰囲気っていうか…。
まあ、今じゃアレのせいで、本当の夜明けは来そうにないけどな。」
もくもくと有害そうな煙を吐き出す工場地帯の先に見える一際大きな建物が駅で会った保安部のボスがいるアマテラス社本部らしい。
アマテラス社本部の周りは禍々しいくらいに光輝いて、派手な音楽も聞こえて気持ちが悪いくらいに盛り上がっているのがわかるけど、ボクらのいる廃ビル周辺は街灯の光も弱く薄暗くて歩いている人たちの表情もどこか浮かなく覇気がないように感じる。
少し裏路地に目を向ければ見たくないものが目に入りそうで…怖い。
「カナイ区で平穏に暮らしたいなら、アマテラス社の連中には逆らわない方がいい。
立場さえわきまえていれば、この街でもそれなりに生きていけるんだ。」
カナイ区で産まれ育ったヤコウ所長らしい意見だ。
鎖国によって統一政府からの干渉を受けなくなったカナイ区は事実上アマテラス社によって支配されている…。
だから無意味に相手を刺激するような事なんてしないで、穏便に暮らしていればささやかな平穏が約束される。
確かにそれも一理あるんだろうけど…雨空の下でレインコートを着て女の子とサイクリングするのは嫌だな…。
キュッとヤコウ所長からもらったオニューのレインコートの端を握りしめた。
この廃ビルは元々は夜行探偵事務所だったのだけど、アマテラス社に契約の不備を理由に追い出されてしまったらしい。
探偵に建物を貸すのは反社会的だって…そんなのただの言いがかりじゃないか。
「ここカナイ区じゃ、探偵事務所だってまっとうに構える事すら許されない。」
「そうなんですね…。」
「ああ。世界探偵機構がどう考えているか知らないが、今のオレは、この街に変化なんか望んじゃいない…。
今まで通りでいいんだ…。
何事もなく、ここで静かに生きていければいい。」
「あの…カナイ区では、未解決事件が多発しているそうですけど…。」
「ここでは、悲鳴は日常茶飯事だ。
それも日没を知らせる鐘の音だと思えばいい。
あの建物の中で誰かが笑っている時、この街では誰かが泣いている…。
けど、オレ達に出来る事は、笑ってるそいつを殴りに行く事じゃない。泣いている人にハンカチを渡し、そっとその場を立ち去る事だ。
それ以上は余計なお世話ってヤツだ。オレ達は正義の味方じゃない…ただの探偵なんだ。」
『ただの探偵』と…どこか諦めたような笑みを浮かべたヤコウ所長の横顔は…カナイ区という街がどんな場所なのか、言葉よりもハッキリと表しているように見えた。
『このモジャモジャ頭のオッサン、無責任なテキトーオヤジに見えるけど…。
全身から不吉な気配を漂わせてるね。
四六時中死と向き合ってなきゃ、この空気は出せないよ。』
…この街のせい?
『と見せかけて、ただの加齢臭だったりして!
きゃっきゃっきゃっ!』
死に神ちゃんって本当になんなんだろう…。
なんでボクにとり憑いてるんだろ。なんでボクはこんな得体の知れないやつと契約なんて…。
「…はあ。」
「どうしたユーマ。考え事か?」
「あ…、雨結構降ってますね。
ここって、よく雨が降るんですか?」
「運命論を振りかざすヤツが、お決まりのように『やまない雨はない』って言うけど…。
この街の雨は、やむ事なく、数年間ずっと降り続いているんだ。
大体…3年くらい前からだったかな。」
お陰で天気予報いらずだ。ヤコウ所長はニカッと笑っているけど、3年間やむ事なく雨が降り続けてるってかなり異常な事なのでは?
今のところは人体への影響はないらしいけど、今後も現れないとも限らない。
何より雨が降り続ける原因がわかっていない。ヤコウ所長はアマテラス社絡みだと疑ってないようだけど。
「なんだか…奇妙な所ですね。カナイ区って。」
「ははっ。こんなんで驚いてちゃ、ビックリマークがいくらあっても足りないぞ。」
面白い悪戯を思いついた子供のように不敵な笑みで、
「これから、お前はこの街でもっとたくさんの奇妙な物を見る事になるだろう…。
でも、あまり難しく考えなくていい。
すべては"この雨が見せる幻"…その程度に考えておけば、大抵の事はやり過ごせる。
その方が、気も楽ってもんだろ。」
"雨が見せる幻"か…。
統一政府からの干渉をいっさい受けない鎖国し、アマテラスの独立国家となったカナイ区。
死の臭いに支配されたこの街でボクは一体どんな事件に巻き込まれていくのだろうか…。
☩ ☩ ☩
廃ビルを出たボク達はヤコウ所長の案内の元探偵事務所へと向かう。
ゴチャゴチャと物と人とが溢れかえったいる"カマサキ地区"はカナイ区の中でもっとも活気のあるエリアらしい。
雨に反射したネオンの光が幻想的だ。
"雨が見せる幻"というものがあるとしたら、この街明かりがそうなのかもしれない。
でも、どんな街の風景もボクの景色にはないのにどこか懐かしい感じがするのはなぜだろう…。
ボクが前にいた場所も、こんな街だったのかな?
それとも…今のボクの心の中を形にすれば、ちょうどこんな街並みになるのかも。
『ていうか、この街って、ずーっと雨が降ってて水没しないのかなぁ?』
地下道を歩いている時にふと死に神ちゃんが聞いてきた。
排水設備が整ってるみたいだね。
ほら、あちこちに排水溝や排水パイプがある。
壁には太いのから、細いのまで様々なパイプが通っていて、その出口からはドバドバと滝のように水が流れ出ていた。
地下道を歩いていたボクらは更に地下にある下水道へと続くドアの前で立ち止まった。
「あの…この先に事務所があるんですか?」
「言っただろ? ここカナイ区じゃ、探偵はまっとうに事務所を構える事すら許されないって。」
『うえー、こんな臭い所を進まなくちゃいけないの?
高貴なオレ様ちゃんには似合わないよ。』
ツンと鼻をつく臭いがする。
何かが腐ったような臭いにヘドロの臭いが混ざって、うっ…気持ちが悪くなってきた。
下水道を歩くついででヤコウ所長と他の超探偵達について話した。
超探偵達は列車組のボク達以外にも様々ルートで招集さてたらしい。招集されたメンバーの中で生き残ったのはボクが最後の一人。
アマテラス社によって全滅させられたルートもあったそうだけど、なんとかボク以外で4人生還できたそうだ。
超探偵は全部で1000人しかいないってジルチさん…のニセモノが言っていたけど、今回の件で一体何人の超探偵が犠牲になってしまったんだ…。
「そう落ち込むなって、好意的に考えれば最高レベルの超探偵が、この街に集まったと言えるんだからな。」
『最高レベルだってー!
ご主人様が褒めらててムカつくー!』
他の超探偵達か…どんな人なんだろう。
新しい人との出会いに楽しみ半分、怖い人だったどうしようという不安半分といったところだ。
☩ ☩ ☩
「さーて、ここだ。」
連れて来られたのは、今は使われていない港だった。
置かれているコンテナは錆び付いて茶色く変色している。
「あの…事務所ってどこに?」
「よく覚えておくといいぞ、ユーマ。
重要な物事ほど目に見えない…ってね。」
何かのスイッチを押したヤコウ所長。
それと同時にゴゴゴ…と大きな音と共に目の前に大きな船が浮上した。
舟には夜行探偵事務所と書かれている…まさかっ。
「どうした? もっと小ギレイな所を想像してたか?
そりゃあキレイとは言えるさないが…。
抜群にカッコイイだろ!? なんてたって、潜水艦だぞ!」
新しく買ってもらったオモチャを自慢する子供のようにはしゃくヤコウ所長に一抹の不安を覚える。
大丈夫なのかな? この事務所…というか船?
『きゃっきゃっきゃ。
配属先の探偵事務所が"沈む船"とはねー。』
不吉な事言わないでよっ!?
ほらっ潜水艦だからっ! 沈んでもまた浮上するからっ!
フォローしてみるけど、無理を感じる。だってこの船ツギハギみたいにあちこちボロボロで今にも沈みそうなんだもの。
『目ん玉、飛び出しちゃうかと思った…。』
☩ ☩ ☩
「みんな、お待たせー。
最後の新メンバーの到着だ。」
「うぇおおい! いきなりドア開けんなっ!」
ヤコウ所長の声は部屋の中にいた男の人の声でかき消された。
驚いたような声だったけど、何かやっていたのかな?
部屋に入ってすぐの所で呆然と立ち止まっているヤコウ所長の背中から中を除くと、ツンツンヘアーの男の人が所長に向かって何か怒鳴っているのが見えた。
「僕の勝ちだな、この金は頂くぞ」
「ま、待てっ! 今のはノーカンだろ!
いきなり所長が入ってきたのはアクシデントだ!」
「いいや、用事で出かけた所長が帰ってくるのは、想定内だろう。
それに、さっき船が浮上したタイミングで、所長が帰ってきた事にも君も気付けたはずだぞ?」
「うぐっ…それをいわれちゃ…。」
「…僕のロジックに不可能はない。」
何か賭け事でもしてたのかな。
ツンツンヘアーの人と向かい合ったメガネをかけた人の間にはお札が数枚置かれている。
このお金を取り合って揉めているようだけど…。
「おい、マッチなんて持って何を騒いでいるんだよ。
船内は火気厳禁なんだけど。」
「なに、ちょっとかさたゲームさ。
彼が1本ずつマッチを擦って、10回連続で火を灯す事ができたら、彼の勝ち。
もし1回でも失敗したら、僕の勝ち。
そして彼な失敗した。だから、この金は僕が貰うんだ。」
そう言ってメガネの人はまたお金に手を伸ばす。
…けど、ツンツンヘアーの人がその手を跳ね除けた。
「いや、火はついたろ!
けど、所長がドアを開けたせいで風が吹いて消えたんだ!
火をつける事には成功してるんだからゲームは続行だ!
えっと…次は7本目だっけ?」
指を折りながら擦ったマッチの本数を数えるけど途中でわからなくなってしまったのか、隣にいた女の人の方を振り向いて、
「おい、立会人。次は何本目だ?
テーブルの並べたチョコの数を数えてくれ。」
「は〜い。えっと…1、2、3…」
間の抜けた返事の後、ゆったりとしたテンポで数えながらチョコは彼女の口の中へ消えていく。
「うぉい! カウント用のチョコ食べんじゃねーよ!
お嬢、いくつ食べた!? 正直に言ってくれ!」
「えっと…2か3か…。
3の次の数字って、なんでしたっけ?
普段使わないので忘れちゃいました。
今思い出しますから、少々お時間をください。」
「うぅ…もうメチャクチャだ…。」
ぽわんとしたお嬢様に翻弄されて、ツンツンヘアーの人は半泣きだ。
「あの…使ったマッチ棒の数を数えてみたら、どうですか?」
「おおっ! そうだよ! 灰皿のマッチ棒を数えれば…。
使用済みのマッチが多過ぎてわかんねぇ!
なんでだ! 火気厳禁じゃなかったのかよ!?」
「ハハ…なかなかやめられなくってね。」
「あっ、思い出しました! 3の次は4です、4!
…あれ? でもチョコは1個しかありませんね?」
「さっきまで4個以上あったよな!?
また食ったのか、お嬢! つーか、今まさに食ってるじゃねーか!」
「うふふ…だって美味しいんですもの。
これが庶民の味なのですね。はぁ〜、しあわせ〜!」
「…とにかく、金は僕が貰うぞ。」
「そこまで! ここは所長権限でノーゲームだ!
以後、ギャンブルは禁止!」
混沌とした空気はヤコウ所長の一言でとりあえず決着がついた。
なんというか個性の塊みたいな人達の集まりだな。
☩ ☩ ☩
「それじゃあ…改めて最後のメンバーを紹介するぞ。
ユーマ=ココヘッド君だ。はい、拍手〜。」
「よ、よろしくお願いします…。」
空しいヤコウ所長の拍手の音だけが鳴り響く。
『どんな凄い探偵達がいるのかと思いきや、しょーもない連中ばっかりだねー。』
『今度は誰が最初に死ぬのかな? あいつ? それとも…。』
ちょっと! 縁起でも無い!
全員、アマテラス社の妨害を乗り越えて来たんだし、きっと凄い人達なんだよ…。
「じゃあ、ユーマの為に、オレから一人ずつ簡単に紹介しておくぞ。」
端的に物事を考えていそうな人だ。
ジルチさんを思い出す。あの人はニセモノだったけど、ホンモノのジルチさんを真似ていたのならジルチさんもこんな感じの人だったのかな。
近寄り難い怖そうな雰囲気も似ている。…ボクの苦手なタイプだ。
ハララさんとマッチ棒で賭け事をやっていたツンツンヘアーの人だ。
小柄の体に似合わず攻撃的な態度、エイフェックスさんに似てるような気がする。
彼はガタイも良かったし高圧的な態度も凄かったし、デスヒコさんとは全然違うんだけど、なんていうか自分の身を守るためにトゲトゲしてる感じが似てるようなら気がした。
天然ボケ発言で、無意識に混沌を生み出していたお嬢様だ。
チョコレートを銀紙に包まれた実だと勘違いしてた辺り相当なお嬢様なんだと思う。
探偵兼冒険家だと言っていたから、幼い頃は箱入り娘で外の世界に強い憧れが…あったとか?
「うわっ! なんでこんな所に!?」
暖炉の中で本読んでいた男性。
気だるそうな声もそうだけど、何をするのも面倒くさがりそうな怠惰な人って印象。
目の下に大きな隈ができているけどもしかして眠るのも面倒くさくてやってないとか…ないよね?
☩ ☩ ☩
「よーし、じゃあ全員が揃ったところで…とりあえず、座ろうか。」
先程までハララさんが座ってソファーへと誘導された。
座り心地はあまり良いとは言え無い。硬くもなく、ふわふわで柔らかくもない、微妙な感じ。
まぁ、事務所の主がくたびれてボロボロなのに、ソファーだけ上質なものだったらそれはそれでどうなんだろうと思うけどね。
全員席に着いたところで、ヤコウ所長が口を開いた。
「さて、これで夜行探偵事務所に派遣されたメンバーは、全員揃った事になるな。
予定していた人数よりも、かなり少なくなってしまったようだが…。」
ここに来れなかった超探偵達の事を想っているんだろうヤコウ所長はそっと目を閉じ。
「ま、どれだけの人数を増やしたところで、結局のところ、保安部の連中に数ではかなわない。
これまで通り、連中を逆なでしないように、ひっそりと水の底で平和維持に尽力しようじゃないか。」
ハハっと笑った顔からは覇気を感じられ無かった。
やっぱりヤコウ所長はもう諦めてしまったのかな。
アマテラス社を追い出す事も。カナイ区を救う事も。
「で、世界探偵機構が超探偵をカナイ区に集めた理由は?
僕らに何をやらせようとしている?」
「いや、世界探偵機構が何を考えているかは知らないんだ。
オレも急に言われただけだから。」
「世界探偵機構からの連絡はないのか?」
「今のところ、まだ何も。
そのうち連絡あるとは思うんだけど…。だだ、その前にちょっと、確認しておかきゃいけない事があるんだ。」
ヤコウ所長と目が合った。
「ユーマ…お前の事だよ。」
どうやらボクが記憶喪失になっていることについての話らしい。
記憶を失って原因については、わからないって事にしといた。さすがに『死神と契約したから』ては言えないからね。
『それでいいよ。
オレ様ちゃんのコトを言うのは契約違反だからね。』
「お前さんは、自分自身の素性も覚えてないのか?
つまり…探偵だったのかどうかさえ覚えてない?」
「はい…。あっでも! 世界探偵機構からの手紙ならちゃんと持っますよ!
この服だって…ちゃんとボクの物です。サイズがぴったりですから。」
メラミさんが世界探偵機構の制服で間違いなくて、ボク用にオーダーメイドされたものだって言っていたから、ボクは超探偵で間違いないはずだ。…たぶん。
「いや…疑ってる訳じゃないんだ。その点は心配ない。
お前の素性については、すでに裏が取れているからな。」
「えっ!? ボクの事…何かわかってるんですか!?」
「オレだって、みんながここに向かっている間、ぼんやりと鳩に餌をやってた訳じゃない…。
誰がどのルートを使って来るのか事前に調べて、可能ならサポートするつもりでいたんだ。」
背もたれに仰け反りふふんと自慢げに語るヤコウ所長をかっこいいと思えたのは一瞬だけ。
実際はガチガチに護られていて見れなくて、サポートどころじゃなかったらしい。
それでもなんとかボクの乗ったアマテラス急行の情報だけ掴めたみたいだ。早めに到着したハララさんとデスヒコさんのお陰で。
「オイラがアマテラス社から乗客リストをゲットしたんだ。
とっておきの探偵特殊能力を使ってな。
けど、どんな能力かは秘密だ。まだ教えねーぞ。」
「その乗客リストの中に、ユーマ…キミの名前も載っていた。
名前さえわかれば情報を引き出すのはたやすい。
リスト全員の過去について、一応調べておいた。」
「それで…ボクって何者だったんですか?」
「キミにとっては、少々、意外な真実かもしれないが…世界探偵機構に登録された超探偵の中に、ユーマ=ココヘッドという人物は存在しなかった。」
「存在しないって…え? どうゆう事ですか?」
「アマテラス急行に招集された超探偵は5名…これは紛れもない事実だ。」
じゃあ、6人目の招かれざる客ってやっぱりボクだったの!?
頭の中が真っ白になるボクに構わずヤコウ所長は話を続ける。
「でも、実はもう一人、"探偵見習い"が招集されていたんだよ。
それがお前だ、ユーマ。」
ボクは探偵になる為に世界探偵機構で訓練を受けた研修生だったようだ。
世界探偵機構に所属してはいるものの、まだ訓練過程を終了してないから"見習い"扱いだったみたい。
「じゃあ…ボクは超探偵じゃなくて、ただの見習い…?」
『きゃっきゃっきゃ! そんなコトだろうと思った!
さすがはご主人様だね! 期待を裏切らない!』
正規の超探偵ならともかくあくまでも見習いのプロフィールだから、料理が得意って事くらいしか書かれていなかったらしい。
うなだれるボクにヤコウ所長たちは優しくしてくれたけど、それが逆に痛い。
探偵機構に入る為にはみんな例外なく2年間の訓練をする必要があって、その期間に、それぞれが持つ超常的な素質を、調査に特化させた超探偵特殊能力として身につけるようだ。
そして、その探偵特殊能力を身につけた人だけが、超探偵として認められる。
救いだったのは、探偵機構に所属している全員が超探偵って訳でもないこと。
ヤコウ所長みたい普通の人にも探偵証は発行されて、"超探偵"の記載がないだけで、扱いは同じらしい。
ちなみにボクの能力については料理が得意って事以外に特に記載されていなかったから、ないのだろうっていうのがヤコウ所長の考えだ。
「探偵特殊能力がないからって、悲観的になる必要はないぞ。
探偵特殊能力の有無と、探偵として優秀かでうかは、まったく別問題だからな。
超探偵というのは、一芸に秀でてさえいればガキでもなれるのに対して、能力を持たない探偵は、基礎力すべてにおいて高水準をクリアし、ようやく認められる。
かえって能力を持たない方が、探偵としては優秀とも言えるって訳だ。」
「オッサン、自画自賛かよ!」
「ただし、探偵として優秀であり、超探偵としても優秀であればなおさらグッド…僕のようにね。」
「オメーも自慢かよ!」
「とにかく…能力があろうがなかろうが、ユーマが探偵を目指していたのは事実なんだ。」
「ボクが…探偵を目指していた…。」
「それに、見習いの立場でありながら、組織から直々の指令を受けるって凄い話だそ。
見習いとしては、かなり優秀だったんじゃないか?
事実、他の超探偵達が殺されてる中、1人だけ生き残ってる訳だしな。」
所長はそういってくれるけど…実際はどうだったんだろうな。
ボクがあの事件で生き残れたのはたまたま運が良かっただけだと思うし…。
☩ ☩ ☩
「電話…?」
ジリリ…と音の発生元を探すと壁に掛けられた年代物の電話からだった。
通信手段が限られているカナイ区で唯一の連絡手段であり、世界探偵機構との直通電話らしい。
「連絡が来たという事は、ようやく指示が出るみたいだな…」
世界探偵機構からの電話…。
どんな事言われるんだろう。みんながどきどきしてるのになぜかボクが出ることになった。
やっぱり見習いだから、小間使いみたいな雑用やらされるのか…。
「えっと、こちら夜行探偵事務所…ですけど。
ご要件は…?」
電話から繋がった壁かけテレビに映像が映った。
テレビ電話で話せるみたいだ。
「諸君、ご苦労。全員揃っているな?」
揃っているけど、テレビは暖炉の上にあるから中にいるヴィヴィアさんの姿は見えてないだろうけど。
「ふむ、生き残った探偵はこれだけか。
想定より少ないが…顔ぶれを見る限り不足はなかろう。」
そっとみんなに聞いてみたけど、画面に映る人が誰なのかは誰も知らないみたいだ。
いつも連絡を取り合っていた連絡役とも違う人らしい。
「あの…どなた様ですか?
お名前をうかがってもよろしいですかね?」
「名前か…。」
なにか分が悪い事でもあるのが少し渋った後。
「あいにく、名乗る為の名前は、とうの昔に捨ててしまったが…。
通称"ナンバー1"と言えば、諸君らも聞いた事があるだろう。」
「ナ、ナンバー1だとぉ!?」
「嘘だろ!? マジで!?
あ、あのっ! 先ほどは失礼な口をきいてしまって、大変失礼致しましたっ!」
「まさか、ナンバー1までご登場とは…。
どうやら、かなり大ごとのようだな。」
デスヒコさんは椅子から転げ落ち、ヤコウ所長は猫背だった背筋をピンッと伸ばし90度に曲げている。
ポーカーフェイスのハララさんも驚いて口が開いたままだし、ナンバー1ってそんなに偉い人なのかな…。
「あの人…偉い人なんですか?」
「"ナンバー1"と言えば、世界探偵機構を束ねるトップの超探偵だ。
普段は姿を見せる事もない。故に、誰も素性を知らない。
探偵達の間では"ナンバー1"という通称だけが知られた存在だ。」
「あ、あの人が…世界探偵機構のトップ?」
もう一度改めて画面に映る人物を見る。
『ただのジジイじゃん。』
「えっ、それだけ? もっと手掛かりとかは?」
「諸君らは何の為に現地にいる?
探偵なら、手掛かりくらい自力で見つけたまえ。
事前に情報を伝えたところで、余計な先入観を諸君らに与えるだけだ。」
まぁ、確かに現地にいるのならここから調べた方が早いのかな。
調べる内容がだいぶふわっとしているから、具体的になにを調べればいいのかわからないけど。
「…世界探偵機構の理念は覚えているな?
『探偵はすべての謎を見逃してはならない。
どんな真実であろうと必ず暴く。
探偵はいついかなる時でも、事件の解決を第一に優先させなければならない。
完璧な解決、完璧な推理の為には、すべての感情を捨て去れ』」
「それ…研修中に毎日のように聞かされましたっけ。
そう簡単には実践できませんけど。」
…そうなんだ。全然、覚えない。
「いいか、諸君。謎とは人類の敵だ。
世界探偵機構は未解決事件の存在を許しはしない。
怜悧な英智と、不屈の精神で、必ず撲滅する。
そして、さまよえる被害者たちの魂を、真実という名の浄土へ導くのだ。
誇り高き探偵達よ! 掃討せよ! この世のすべての謎を!」
伝える事をすべて伝えたとナンバー1からの電話は切れた。
一気に伝えられて状況をまだ飲み込めてないけど、どうやらボクらはアマテラス社相手に大戦を仕掛けないといけないようだ。
血を血で洗う全面戦争になるよ…これは。
「それで、所長は"カナイ区最大の秘密"とやらに、何か心当たりは?」
「はっきり言って秘密だらけで、どれの事を指しているのやら…。
ただ、ひとつ思い当たるとすれば、この降り続ける雨…とか?」
「"世界規模の未解決事件"と関連している可能性があるって、言ってましたけど…。」
「そっちの方はさっぱりだ。
あぁ、もうっ…! オレは静かに川の底に沈んでいたいだけなのに…!」
髪をかきむしるヤコウ所長。
事勿れ主義の所長には悪いけど、こうなってしまってはもう手遅れだと思う。
ここに来るまでに払った超探偵達の犠牲もそうだし、世界探偵機構のトップからの直々の指令じゃあね。
…ボクも正直言って関わらなくていいのなら、今すぐにでも全力で逃げ出したいけど。
カナイ区で起きる事件はすべてアマテラス社保安部によって処理されていて、ほとんどの場合は彼らの都合のいいようにねつ造さるたり、隠ぺいされたりしている。
だから、逆を彼らがそうやって意図的に隠そうとした真実が"カナイ区最大の秘密"に繋がっているのかもしれない。
事件を片っ端から解決してたらいつかはこの街の秘密も明らかになりそうだけど、秘密を明らかにする前にアマテラス社とぶつかりそうだよな。
「…仕方ないな、みんな聞いてくれ。」
いつもとは違う力強い瞳でヤコウ所長はボクらをまっすぐ見つめ。
「オレ達はこれから"カナイ区最大の秘密"とやらを暴く。
この街を牛耳るアマテラス社を相手取ってな。
だが、十分に気をつけてくれ。
連中はどんな妨害を仕掛けてくるかわからない。
それでも、命がけの旅を乗り越えて来たお前達なら、きっとできるはずだ。
この街は、もう長いことずっと雨に閉ざされてきた。
けど、それももう終わりだ…。どうか、一緒にこの街を救ってくれ!」
『だってさ、ご主人様!
いいじゃん、いいじゃん。楽しそうになってきた!』
『きゃっきゃっきゃ! なぞまるー!』
──降りやまない雨の中…
曲がりくねったネオンが輝く街で…
ボクはレインコートを身にまとい、失われた記憶を求めてさまよう。
迷路のように入り組んだ排水管をたどった先に、どんな秘密が眠っているのか…
まだ、ボク達は知らない。
真実を覆い隠す闇に立ち向かう、探偵達の物語が…
今、始まろうとしていた。
プロローグ
『世界探偵機構vsアマテラス社』
END
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