セリンダの笑顔
ブルネイの思い出の続き。
従業員寮で同室になったフィリピン人のセリンダは
夫を国に置いてブルネイに出稼ぎに来ていて、
おなかに赤ちゃんがいた(たぶん臨月に近かった)。
夫と離れ、大きなおなかを抱えて異国で働くなんて
考えるだけで大変だろうと思ったが、
セリンダは明るかった。
来て早々、倒産の憂き目に遭い、
今後どうなるか分からないまま、
従業員寮に放り込まれた私にも、
セリンダはやさしかった。
社員教育という名目でブルネイに来ている手前、
私は毎朝の朝礼で、簡単な英語スピーチをしなければならなかった。
自分もどうなるか、会社もどうなるか、何もわからない状態で
それでも朝は毎日やってくる。
薄暗い部屋の片隅で必死に英語の辞書を引き引き
スピーチの準備をした。
私の心はギリギリのいっぱいいっぱいだったが、
セリンダは淡々と明るく、
時々、寮の中の狭いキッチンで
郷土料理を作ってふるまってくれたりした。
私はその後ブルネイヤオハンを去ったのだが、
日本に戻った後、
セリンダが無事赤ちゃんが生まれたと手紙をくれた。
「平等」という言葉を思う時、
そんなブルネイでの様々な体験と、
セリンダの笑顔を思い出す。