文章の「書けなさ」にいかに向き合うか
2、3年前くらいから経営業務が忙しくなって、文章の「書けなさ」にうまく向き合えなくなってしまった。
深い思考と文章を練るには時間が要る。しかしベンチャー企業の経営は目まぐるしく、可処分時間がどんどん細切れになっていく。降り注ぐSlackの通知に注意がそがれて、原稿は1文字も進まない。いざ執筆のためにブロックしておいたはずの時間は、緊急対応のミーティングで埋め尽くされる。2025年現在、この状況は周囲に助けられてずいぶん改善したのだが、当時はどうしたものかと頭を抱えていた。
そのとき僕が選んだ策は、自分で書かないこと。20代のころは「ゴーストライターに頼るなんて、クソだ!」などと考えていたけれど、どうやらそれは古臭い考えで、出版業界では案外普通のことらしい。そうであればと研究者としてのプライドは捨てて、執筆活動を外部の編集者・ライターのかたにお願いするようになっていった。経営者は、自分でなくてもできる業務は「誰かに任せる」のがセオリーである。
それゆえ、この2年間くらいのnote記事の半数以上はじつは自分で書いていない。え、そうだったのか…!と驚いた読者もいるかもしれないが、信頼関係と力量のある編集者・ライターと協働すると、独力を超えたアウトプットが生まれることに、僕自身も驚かされていた。
それで新刊『冒険する組織のつくりかた』も、"キャリア集大成"の書籍だと自負しながらも、ライターの井上佐保子さんの草稿に、編集者の藤田悠さんに構成・手入れをしてもらったものを、僕が頭から書き直すかたちで「自分の作品」として仕上げた。その経緯は以下の記事でも書いた通り。
かつてなら「自分の作品は、自分で書く」と譲らなかったと思うが、経営者のアイデンティティを持てたことで、むしろ「集大成だからこそ、チームの力でクオリティを上げる」ことにこだわれた、とも言える。
そんなわけで、ここ数年は他者の力を借りて「書けなさ」をうまく回避していた。マネジメントとは「他者を通じて成果を出すことだ」と誰か偉い人が言っていたけれど、僕はマネジメントが上手くなったのだと思う。他方で、クリエイターとしてはどこか「寂しさ」みたいなものを感じていた。
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