今日の絵本14:『こんとあき』林明子
女の子とぬいぐるみの、小さな冒険物語
きつねのぬいぐるみの「こん」は、おばあちゃんに赤ちゃんのお守を頼まれて、砂丘町から来ました。赤ちゃんの名前は「あき」。こんは、あきと遊ぶのが大好きでした。2人はいつも一緒に遊び、あきはだんだん大きくなりました。ところが、こんはだんだん古くなり、ある日とうとう腕がほころびてしまったのです。こんとあきは、おばあちゃんに腕を直してもらうため、電車に乗って砂丘町へと旅をすることにしたのでした。
* * *
黒くまあるいつぶらな瞳、ふんわりふくらんだ立派なしっぽ、ぱかあんと開けた大きな口。きつねの「こん」の愛らしさといったら、どうでしょう。自分だって小さな小さなぬいぐるみなのに、大好きな「あき」を自分が守ってあげなくちゃという気概を持って、「こん」は「あき」と旅に出ます。
「どうやっておばあちゃんちにいくんだろう」
「おなかがすいたらどうしよう」
「あき」が不安に思うとき、「こん」はいつも「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とこともなげに言って「あき」を守ります。
でも、どうしても砂に足跡をつけてみたかった「あき」のために寄った砂丘で、「こん」は犬に連れ去られてしまいます。あわてて追いかける「あき」。砂の中から見つけたとき、「こん」の体は手も足もぶらぶら、腕はほどけて、おまけにしっぽはぺちゃんこと、ぼろぼろになってしまっていました。
そんな姿になっても「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言い続ける「こん」。「あき」は「こん」を救いたい一心で自分の力でおばあちゃんの家を見つけるのです。あたたかな笑顔で2人を迎えた、ふくよかなおばあちゃんは、魔法のようにあざやかに「こん」をきれいに直してくれるのでした。
けなげで優しく愛らしい「こん」と、小さな冒険者「あき」の姿に胸を打たれる、あたたかでかわいい物語。いつも「こん」に守られていた「あき」は、「こん」の危機に面して、「自分の力でなんとかする」という成長の階段をひとつのぼるのです。「子どもが一人旅をする」という日常に起こりうる冒険に、動いて話すぬいぐるみの「こん」という存在を加えて、素敵なファンタジーの世界をつくりあげています。
林明子さんの絵はあたたかくリアルで、実によく子どもの姿をとらえています。それもそのはず、この絵本に登場する「あき」ちゃんは、林さんの愛する姪御さんをモデルに描かれたのだとか。「大好きな姪がモデルをしてくれるようになって、自然と優しい気持ちで絵を描けるようになりました」と、とあるインタビューで語っていらっしゃいました。
子どものぷっくりした体つき、急斜面をのぼるときの腕のかたちや、抱きしめられたときの体重を全部あずけてダラーンとした体の感じなど、本当によく描けています。スタジオジブリの宮崎駿監督が「となりのトトロ」を製作するにあたり、スタッフに「これを見て子どもの描き方を勉強しろ」と林さんの絵本を与えたというエピソードにも、思わず納得するうまさです。(『素直にわがまま』偕成社より)
-----
作者の林さんは、「実物を見ないと絵が描けない」と言います。そして林さん、この絵本を描くために「こん」を実際につくっていたのです。絵本の最初と最後のページに載っている型紙の絵は、林さんが実際に使った型紙を図案化したものだとか。でもこの図案、部分の名前や枚数が描かれていないため、出版社に「こんを作ってみたい!」という声が多数寄せられ、版元である福音館書店は月刊誌『母の友』1997年4月号に作り方の紹介記事を載せたのだそうです。
それから7年。月日を経てなお寄せられる「こんを作りたい」との声に応え、2004年4月1日に発売された月刊『母の友』5月号で、「こんを作ろう」という記事が再録されました。誌面で見る「こん」のぬいぐるみは、まさに絵本に登場するあの姿そのもの。うれしいことに実物大型紙までついていて、大の裁縫ぎらいであるわたしでさえ、思わず「作ってみようかな…」と思ってしまう親切な解説でした。
-----
ラストにはほっこり心がなごむこの冒険物語、3歳半の息子もお気に入り。大好きな電車が登場することも、彼の心をつかんで離さない要因のひとつのようです。お話が少し長いので、読み聞かせは3歳くらいからがいいかもしれないですね(裏表紙には「読んであげるなら 4才から」とありますが)。「こん」と「あき」の間に流れる力強い信頼と愛情が心に響く名作です。
※「今日の絵本」は、家で過ごす時間のために、ずいぶん昔に書いていた絵本ブログから、おすすめ絵本のレビューをランダムに紹介する記事です。リアルタイムに執筆した文章ではありません。ほんのちょっとでも、なにかのお役に立てれば幸いです。
▼オススメ度(読み聞かせ当時の記録です)
母--------------> ★★★
3歳半男児---> ★★★
▼『こんとあき』
▽林明子(作)/福音館書店(1989/06/30)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?