『端緒』(パラダイム - case 1 - 上演脚本)


※この物語はフィクションです。
 一部暴力的な表現や描写がございますので、苦手な方はご注意ください。



【あらすじ】



物事にはすべて始まりがある。
 
いま君が見ているものは、果たして真実なのだろうか。
私が追い求めた答えはいまこの瞬間も目の前にあると知りながら、手を伸ばし切れぬ自分がいる。
未だに人間という存在の好奇心から逸脱することは難しいらしい。
 
人間はそれぞれ、正義でも悪でもない。
ただひたすら自分の信念を追い求め生きている獣のようなものである、というのが現在の私の観念から物申した結論である。
 
おもしろい奴には裏がある………きっとあなたも例外ではない。
 
物事の真実を知りたいわけではない。
いま目の前にいる君の真理を知りたいだけだ。
 
負け犬の遠吠え first stage『活/殺』へと向かうための物語。
 
 
 
 

【登場人物】


 
橋詰  薫 (はしづめ かおる) 三十歳
週刊記者。
好奇心が根源にあり、自分の好奇心をくすぐらないものに関しては興味を示さず、後輩である基に仕事を押し付けることもしばしば。
性格に難はあるが持ってくるネタは雑誌のアクセントになることが多く、橋詰とは正反対の基を編集長が基の勉強のため、として送りつけた。
おもしろいものを書くためならどんなことでもやる橋詰は社内で様々な噂が立っているが、その真相を知るものは本人のみである。
 
高校卒業後、現在の会社に特別入社。
社内では問題扱いされているが興味対象へのコミュニケーション能力と洞察力は類を見な いほど高く知識の豊富さとその異常性に編集長が惚れこんだらしい。
高校三年生の夏、両親を殺された過去を持つ。
犯罪者への復讐と称し、「犯罪を犯す思考に至る犯罪者の心理が知りたい。」という歪ん だ好奇心が橋詰を動かしている。
 
今作の本編である『活/殺』の主人公:満村晃司は、ある意味で橋詰の実験対象として利 用されたにすぎない。
 
 
基  那央 (もとい   なお) 二十四歳
新人週刊記者。
勉強のためと編集長の意向で橋詰のもとに送られる。積極性がなく周囲に 流されるがま まに生きてきた。
表向き、就職前に付き合っていた人に少し変わった職の人が良いと言われ、記者を目指し たという理由を人には話している。
 
本当の理由は、幼馴染であり姉のように慕っている桜井望美がテレビ関係の仕事に就いた と報告を受け近しい仕事に務めたかった。
 
橋詰薫の両親を殺した犯人、事件当時は小学六年生だった。
家庭内がかなり荒れており父親から虐待を受けていた。
父親の上司であった《橋詰の父とその妻を殺せ。そうしないと母さんを殺す》と父親に命 令され、犯行にいたる。
家庭内の虐待や内情および年齢からニュース等で実名は明かされておらず、トラウマを乗 り越え今に至る。

 






【本編】


●第零場●
 
 
中央奥に整えられた机と椅子、家具の上や床には乱雑にばら撒かれた資料
比較的新しいものと思われる家具には似合わぬ、重々しい雰囲気の部屋
例えるならば、廃屋のような、古びた旧校舎の教室のような
 どこかカビ臭い匂いのしそうな一室に入り込んでくる橋詰
 
ため息をつきながらも、玩具で遊ぶ子どものように資料を積み直し始める
 
橋詰:………ないなぁ
 
資料を積みながら、別の資料を探す橋詰
 
橋詰:んー、違うなぁ
 
●第一場●
 
大量の本を抱えながら、基が入ってくる
 
基 :薫さーん、頼まれていた本、買ってきましたよ………どこに置きます?
橋詰:んー、適当に置いておいてくれ
基 :いや、汚すぎて置く場所が…
橋詰:私の美学では綺麗な一つの図面なんだよ
基 :また訳のわからないことを…ここら辺に置いておきますね
 
基、橋詰の気に食わない場所に本を置く
 
橋詰:…君は、なんか違うんだよなぁ
基 :なんですか、違うって
橋詰:わからないならいいよ
基 :先輩みたいな変人についていけるのなんて自分くらいしかいないですからね
橋詰:たかが三ヶ月程度で何を…
基 :三ヶ月も!ですよ!
橋詰:自信の錯覚
基 :はい?
橋詰:いーや?
 
基、自身の座る椅子に乗っているものを片付け始める
 
橋詰:あぁ!
基 :…なんですか
橋詰:私の城が…崩されていく……
 
橋詰を一瞥し無言で片付け始める基
その間、終始騒ぎ立てる橋詰
 
基 :あのねぇ、こんなんじゃあ整理できるもんも出来ないでしょ
橋詰:出た!その思考!その思考の偏りが君の取材の仕方にとてつもなく反映されているんだ!
基 :それとこれとは関係ないでしょ!
橋詰:日常と仕事ってのは切り離せないものなんだよ、基くん
基 :自分を正当化しようとしないでください
橋詰:(溜息)
基 :なんですか
橋詰:…君は忘れたのか?この間の取材中のミスを
基 :うっ
橋詰:少し言葉を捻っただけの誰でもできるような質問ばかりした挙句、クライアントを怒らせ、取材はなかったことにされ
基 :あー!もうすみませんでした!直しますよ、直せばいいんでしょ!
 
基、動かした資料を直し始めるが先程置いてあったものとは別の物を置く
 
橋詰:(溜息)
基 :また溜息!
橋詰:君にはね、美的センスと好奇心が足りない!
基 :もう聞き飽きましたよ、その話
 
橋詰、元の位置に戻しながら
 
橋詰:この違いがどれほど空間を左右するか考えたことがあるか?
基 :いや、ないですね。自分、人間なんで
橋詰:ほら、それだよ。その好奇心の無さが君の取材相手に対する雑さを………ん?
基 :どうしました?
橋詰:君、今なんて言った
基 :もう聞き飽きましたよ、その話
橋詰:その後だな
基 :いや、ないですね。
橋詰:その後
基 :自分、人間なんで
橋詰:それ!
基 :はい?
橋詰:君は、私が人間じゃないと言いたいのか
基 :人間じゃないでしょ。モンスターですよ。好奇心に魅せられたモンスター。好奇心お化け
橋詰:貴様ー!
 
電話が鳴るが、どちらのケータイかわからない
 
橋詰:おい、貴様…
基 :……
橋詰:持ってこい
基 :え、これ自分のじゃ
橋詰:早く!
 
基、橋詰のケータイを取りに行くが何も持たずに戻ってくる
 
基 :自分のですねー
橋詰:………
 
基、得意げに自分のケータイを取りに行き袖で電話を取る
 
基 :もしもし
 
基、通話をしながら戻ってくる
 
基 :あぁ、お世話になっております
橋詰:誰?
基 :(橋詰を無視して)えぇ、本当ですか!
橋詰:だーれー
基 :……あ、はい。薫さんです
橋詰:私!?
基 :違いますよ!!んなベタなこと…あ、すみません。それで?
橋詰:……
 
橋詰、本や資料を漁り始める
その間、基は電話相手と喋り続けている
 
橋詰:あ、あった
基 :はい?
橋詰:独り言
 
先程探していた資料(少し古めの雑誌)を見つける橋詰
それを基には見えない場所に置き、基に頼んでいた本(テレビ雑誌)を読み始める
 

基、電話を切る
 
橋詰:…W Me(ダブリュミー)ねぇ
基 :あ、聞こえてました?
橋詰:何がだい?
 
基、橋詰の持っている雑誌を確認する
 
基 :あ、そういうわけじゃないんですね
橋詰:彼らがどうかした?
基 :いや、いま編集部から連絡があって自分らにW Meの取材をしてほしいらしく
橋詰:ふーん
基 :乗り気じゃないですね
橋詰:うーん
基 :興味ないです?
橋詰:おもしろそうなのが二人ならなぁ…
基 :何の話ですか
橋詰:そのままの意味だよ
基 :…編集長直々の電話でも?
橋詰:え!
基 :急に元気
橋詰:あの人が私に頼むものは、私の好奇心が動くものと決まっているからね!!
基 :そうしないと動かないからでしょ
橋詰:そんなことないよ、ちゃんとスケジュール手配したりはする
基 :で、こっちに取材は回す
橋詰:そう
基 :何も伝えずに
橋詰:そう
基 :……ミスの根源って薫さんなんじゃ…
橋詰:お?人のせいか?君の実力不足だろ
基 :せめて必要な情報は伝えてくださいよ
橋詰:気になるなら自ら動きたまえ
基 :パワハラだ、パワハラ
橋詰:あー出た出た、最近のやつらはすぐパワハラだなんだって喚きたてる
基 :……
橋詰:お、なんだ?やるか?
 
ファイティングポーズをとる橋詰
 
基 :…ずっと気になってたんですけど、薫さんっておいくつなんですか
橋詰:え?
基 :言動とかはどこか昭和感?あるんですけど、見た目とか行動が若々しいというかなんというか
橋詰:二十四
基 :へ?
橋詰:だから二十四だって
基 :え、自分と同い年じゃないですか!
橋詰:そうだよ
基 :え…さすがに二十代後半かと…え!タメて!
橋詰:年齢なんてどうでもいいだろ
基 :いや、そうだけど
橋詰:おい、タメ口
基 :あ、すみません…というか、薫さんは自分の年齢知ってたんですね
橋詰:編集長がね、君を送ってよこす時に教えてくれたんだ
基 :そんな猫みたいな言い方
橋詰:…あまり動物は好きじゃないが、猫の方がよっぽど可愛い
基 :え、今ディスられました?
橋詰:いーや?
基 :……
橋詰:ま、年齢なんて関係ないよ。結局のところ経験と実力がすべてだ、どんな世界も
基 :まぁそうかもしれないですけど…ん?
橋詰:どうした?
基 :薫さん…この会社何年目です?
橋詰:えー、それ関係ある?
基 :いや、ないんですけど!気になるなぁって!どのくらい先輩なのかなって!
 
橋詰、指で数える始めるが数えられない
 
橋詰:えっと、高校卒業して入社したから…
基 :え?
橋詰:ん?
基 :早くないですか?いいんですか、それ
橋詰:まぁ、基本的に学歴は関係ないからね
基 :そうですけど、ほら…大体の人が大学か専門出て就職してますし
橋詰:だって勉強嫌いなんだもん!
基 :そんな子どもみたいな
橋詰:と、言いたいところだが…私は、自分の気になること以外の情報を入れたくないんだよ
基 :でも知識とか、そういうの必要じゃないですか。大学行けば色んなこと学べますし
橋詰:…君はね、色々なものを錯覚している節がある
基 :はい?
橋詰:本質を理解するのに、大学で学ぶ必要は果たしてあるのだろうか
基 :えっと
橋詰:社会で必要な能力を得ることは義務教育で完結するということに、私は『高校三年の夏』で気付いてしまったのだ!
基 :薫さんって、生き急いでますね
橋詰:そうか?
基 :高三って十八とかでしょ?そんなこと考えたことなかったですもん
橋詰:時間は有限だしね、嫌でも終わりはやってくるんだから
基 :…そんなに記者になりたかったんですか
橋詰:人間が好きだからね
基 :ほら、そういう専攻を取るとか
橋詰:んー…やっぱ君、違うんだよなぁ
基 :価値観は人それぞれでしょ!
橋詰:そうなんだけどね。この際だからはっきり言うけど、君はこの仕事に向いていないと思う。少なくとも私のもとでは無理。
基 :はっきりすぎません!?
橋詰:ま、記者になった理由は他にもあるが…基くんは、なぜ記者に?
基 :えっ
橋詰:…
基 :えっと
橋詰:…話せないなら別にいいけど
基 :いや、話せないわけではないですけど……なんて言ったらいいか…
橋詰:言いにくいのだろう
基 :ち、違うんですけど…そのぉ…お
橋詰:…お?
基 :おっ!
橋詰:おっ?
基 :おさ………あ、っと…い、いや!パ、パートナーの影響で…!?あ、えっと…元?ですけど!!
橋詰:ん?
基 :だ、だから!その…元々付き合ってた人が、その…? …か、変わった職業の人っていいよねって言ってて
橋詰:あ、もういいや
基 :最後まで聞いてくださいよ!
橋詰:みなまでいうなだ。君のことだからどうせ、自分のできる範囲で変わったことイコール、という浅はかな考えだろう
基 :いやぁ…その
橋詰:図星ということかい?
基 :……
橋詰:話せないならいいけど
基 :………
橋詰:無言は肯定と同義
基 :薫さんは、もうちょっと他人を大切にすればすぐ上に上がれると思いますけど!
橋詰:私は昇進に興味はない
基 :むぅ
橋詰:それに三十だ
基 :はい?何がです?
橋詰:年齢
基 :鯖読みすぎじゃないですか
橋詰:どんな反応するかなって思って、つい?
基 :つまんな
橋詰:よぉし、わかった。表に出ろ。
基 :なんで!
橋詰:物理でわからしてやる
基 :嫌ですよ!最高のパワーハラスメントじゃないですか!
橋詰:じゃあ編集長にお願いする!君の昇進は永久的にない!
基 :パワハラ!
橋詰:ところで
基 :はい?
橋詰:君は、昇進に興味があるのか
基 :そりゃそうでしょ
橋詰:立場が上がるほど自由が利かなくなるのに?
基 :役職上がれば給与も上がるのに?
橋詰:質問を質問で返すんじゃないよ
基 :…だって、遊びに来てるわけじゃないですし。それに…
橋詰:それに?
基 :…お金があれば…幸せになれると思うんです
橋詰:…つまんない奴だねぇ、君は
基 :薫さん、もしかして自分のこと嫌いです?
橋詰:そんなことはないさ。私のこの性格だぞ?嫌いならとっくに追い出してるよ
基 :確かに
橋詰:ただ…
基 :なんですか
橋詰:…金は何も生まないぞ
基 :そんなことないでしょ!お金は大事です!
橋詰:それが君の信念か
基 :…いや、信念というか……ほら!財布の厚みは心の厚みですから
橋詰:ふぅん、そういうもんかねぇ
基 :…薫さんはあるんですか
橋詰:お金?
基 :信念!
橋詰:あぁ………私は。…私が、おもしろいと思うものを記事にできればいい
基 :…薫さんにそれを言われたら何も言えないですね
橋詰:そうかい?
基 :一緒に仕事をし始めてから、薫さんのことは誰よりも近くで見てますから。こんなんでも尊敬は、してます
橋詰:はは、それは嬉しい言葉だな
基 :たかが三ヶ月ですけどね
 
橋詰、何かを考える素振り
 
基 :薫さん?
橋詰:…金はいらないが、大衆が好むものを作り上げねばならない時もある
基 :大衆が好むもの、ですか
橋詰:あぁ。いくら周りが野放しを赦したとて…枠の中で自由に泳げないうちは、私も半人前ということだ
 
基、少し驚いたような表情をしている
 
橋詰:なんだ、その顔は
基 :意外です
橋詰:ん?
基 :もっと自分に自信のある人かと思ってたので…ちゃんと考えてるんですね、仕事として。
橋詰:まぁね。………で?
基 :はい?
橋詰:取材の内容は?
基 :あ
橋詰:忘れていただろう
基 :すみません、えっと…
 
基、先ほどまでメモしていた紙を取り出す
 
基 :うちの芸能雑誌でW Meの特集を組むらしいんですが人手が足りないので頼みたい、と
橋詰:代打かぁ
基 :あと…
橋詰:ん?
基 :"お前は絶対に興味を持つと伝えておいてくれ"と編集長が
橋詰:……へぇ
基 :あ、でも薫さんが乗り気じゃなければやらなくていいとも編集長が
橋詰:いや、やるよ
基 :え?
橋詰:あの人がそう言ったんだろ?えっと…
 
橋詰、手帳を取り出す
 
橋詰:遅咲き芸人W Me、峰慶介四十一歳と満村晃司四十三歳。満村晃司は四人家族、妻と娘息子が一人ずついて持ち家もあるそうだ。対する峰は独り身ではあるがこの前の賞金で高級マンションを購入している
基 :結構事前サーチしてるんですね
橋詰:そりゃあ話題の人物たちは一通りね。あと、私の情報だと峰慶介は………
 
言うか言わないか寸手のところで止める橋詰
痺れを切らし基が話しかける
 
基 :…なんです?
橋詰:お、興味があるのかい
基 :いや、そんなに溜められたら誰だって興味持つでしょ
橋詰:相方の妻と不倫している
基 :え?
橋詰:それはどうやら最近のことではないらしい。もう何年も前から…なんなら二人が結婚する前から関係は続いていたとな
基 :ど、どこ情報なんですかそれ
橋詰:私の情報収集能力を舐めてはいけないぞ
基 :いや、舐めてるわけではないですけど
橋詰:ほい
 
峰慶介と満村華(満村晃司の妻)の密会写真を机の上に出す橋詰
 
基 :これは…
橋詰:まぁこんなの良くあることだしね
基 :こ、この女性!本当に満村晃司の奥さんなんですか
橋詰:そうだよ
基 :芸能人の不倫騒動なんて良くありますけど…なんで…
橋詰:つまらないから
基 :え?
橋詰:なんで記事にしないのかって言いたいんだろ?
基 :だってこんなの、今出したら大スクープじゃないですか
橋詰:わはは
基 :何笑ってるんですか
橋詰:…使うべきは今じゃない
基 :は?
橋詰:とにかく!今はまだなの!
基 :急に駄々っ子!
橋詰:まずは彼らがどんな人間か直接知りたい!
基 :すごいなこの人
橋詰:取材の日程は!?
基 :それが、明日の十三時に先方の事務所で行うそうです。
橋詰:そうか!準備を急ごう!
基 :ただ…
橋詰:ん?
基 :単独取材ではないらしく
 
橋詰、とても嫌そうな顔
 
基 :編集長の言った通りだ…
橋詰:………いや、やろう。がんばる
基 :え
橋詰:なんだ、その顔は
基 :いまの薫さんには言われたくないですけど…いいんですか?
橋詰:単独じゃないと嫌がるとでも言われたか?
基 :はい
橋詰:もちろん嫌だ!でも今回はおもしろい情報を得られる気がする。ずっと気になっていた人間に会えるなら、がんばる
基 :じゃあ早速編集長に返事してきます!
橋詰:うん、私は別室で取材の準備を進めておく
基 :はい!
 
基、電話をかけながら部屋を出ていく
橋詰、隠した雑誌を手に取り、それを見つめ、思い立ったように部屋を出る
 
照明変化(夜が更けていく様を思わせる雰囲気)
 
●第二場●
 
照明変化(夕方を思わせる色)
 
翌日。
取材を終え、戻ってくる橋詰と基
橋詰は相当疲れた様子であるが、それとは反対に基は生き生きとしている
 
基 :いやぁ…人気芸人……大きい取材…すごかったぁ!
橋詰:…
 
舞台上に倒れこむ橋詰
 
基 :薫さん?
橋詰:……疲れた
基 :はい?
橋詰:疲れた!
基 :そんな子どもみたいに…人、好きなんでしょ
橋詰:君はわかってない!私が好きなのは人間であり人ではない!
基 :何言ってるんですか
橋詰:だから、私が好きなのは人間であり、人ではない!
基 :それは今聞きましたけど。その意味がわからないです。
 
橋詰、大きな溜息を吐く
 
基 :溜息、幸せが逃げますよ
橋詰:逃げないよ
基 :…
橋詰:私はね、人は嫌いなんだよ。特にあんな大勢の人がいる場所なんて意味がわからない
基 :元も子もないことを
橋詰:私が興味あるのは、人間そのものの心理や構造であり対人関係で生まれるものではないんだ。
基 :人間も人も同じじゃないですか
橋詰:やっぱ君は違うんだよなぁ
基 :またそれ!
橋詰:…「人」という言葉と、「人間」という言葉では印象が変わるだろう
基 :まぁ、そうですね
橋詰:そのー、人は……なんか。人って感じがする。なんか、柔らかそう。人間は、人間って感じがする。なんか、しっかりしてそう。そういうことだよ。
基 :急に馬鹿じゃん
橋詰:ん?
基 :なんでもございません
橋詰:それにしても、なんかなぁ
基 :どうしました?
橋詰:思ってたのと違った
基 :…何がです?
橋詰:いや、私の勘的におもしろいのは峰慶介の方だと思っていたのだが
基 :はい?
橋詰:満村晃司かぁ…
基 :何の話です?
橋詰:いや、なんでもない
 
橋詰、手帳を取り出し何かを書き始める
 
基 :…薫さんの手帳って、すごいですよね
橋詰:何が?
基 :そんなんでわかるんですか
橋詰:わからなきゃ意味がないだろう
基 :落書きにしか見えないですけど
橋詰:まぁ、普通の人が見てもわからないように書いてるからね
基 :ふぅん
橋詰:もし君が興味あるなら教えるけど
基 :いや、いいです
橋詰:…
基 :ふてくされました?
橋詰:…やっぱり、君じゃないな
基 :え?
橋詰:なんでもなーい
 
基、不思議そうにしながら取材してきたメモを見返したりしている
橋詰は変わらず手帳に何かを書き続けている
 
橋詰:あ。そういえば、基くん
基 :なんです?
橋詰:桜井望美って知ってる?
基 :え
橋詰:ん?
基 :のんちゃん、知ってるんですか?
橋詰:彼女とはたまに仕事をしていてね。先日、君の話をしたら幼馴染だと聞いたもので
基 :仕事って…のんちゃん、記者じゃないですよね
橋詰:情報提供とかをね、たまに。
基 :へぇ…
橋詰:どうした
基 :何も聞いてなかったから
橋詰:心配させたくなかったんじゃないか?
基 :危ないことさせてるんですか!
橋詰:怖い顔するな、私にとっても彼女は可愛い子なんだから。
基 :それならいいですけど…
橋詰:…で?
基 :はい?
橋詰:君が記者を目指した本当の理由ってなんなんだい
基 :……のんちゃんから聞いたんですか?
橋詰:少しね
基 :恥ずかしいなぁもう
橋詰:苦し紛れに出していた理由の方がよっぽど恥ずかしいと思うけど
基 :あれしか思いつかなかったんですもん
橋詰:わはは。…基くん、この後の予定は?
基 :特に何も。のんちゃんに会いに行こうかと思っていたくらいで
橋詰:そうか
 
橋詰、ケータイで時間を確認し
 
橋詰:なんだかんだ君とゆっくり話したことはなかったからな、一仕事終えての良い機会だ
基 :へ?
 
橋詰、ワインを取りに行く
 
基 :あ!それずっと気になっていたやつ!
橋詰:狙ってたのか!
基 :いやいや…ちょっと危なかった時はありましたけど耐えました!
橋詰:狙ってたんじゃないか!
基 :それ、飲んでいいんです?
橋詰:酒は飲めるほうか
基 :はい!ザルです!
橋詰:なんか嘘くさいなぁ
基 :本当ですよ
橋詰:そこの本、片づけて
基 :触っていいんですか?
橋詰:まぁ、今日は特別に
基 :槍でも降ります?
橋詰:…代理の案件といえど君の中ではかなり大きな仕事だったろう、今日くらいは祝いながら互いのことを知ろうじゃないか
基 :え
橋詰:それともなんだ、私よりも愛しののんちゃんに会いに行きたいかい
基 :いや、薫さんもそんな風に思ってくれているんだってびっくりして…それに、のんちゃんにはいつでも会えますから
橋詰:そうか…じゃあ、準備をしよう
基 :…はい!
 
橋詰と基、それぞれ机や椅子のセッティングをする

二人で周囲の本を片づけるが基が別室に本を運んでいる間、一冊の雑誌を橋詰が机の上に置く
 
机の上にはワインとワイングラス、雑誌が置いてある
 
基 :なかなか粋なことしますね
橋詰:君は一言余計なんだよなぁ
基 :これが自分の良いところでもありますから
橋詰:そして変なところでポジティブ
基 :……薫さんって、なんだかんだで自分のこと見てくれてますよね
橋詰:興味を持って接すれば、このくらいはわかるだろう
基 :興味、持ってくれていたんですか
橋詰:…座ろうか
 
二人、それぞれの椅子に座る
 
基 :注ぎますよ
橋詰:あぁ
 
基、橋詰のワイングラスにワインを注ぐ瞬間、雑誌に気付き手が止まるが気付かぬふりをしてワインを注ぐ
橋詰はその間、誰かに連絡を取っている
 
基 :…あー、えっと。量はこのくらいで、いいですかね?
橋詰:ありがとう、注ぐよ。
基 :あ、自分で
橋詰:いいよ
基 :だ、大丈夫ですから
橋詰:いい、手が震えてる
基 :へ?
 
基、自分の手が震えていることに気付く
 
基 :は、はは…こういうの久々で緊張しちゃったんですかね
橋詰:…
基 :あ!もういいですよ!これ高そうだし
橋詰:遠慮するな、ザルなんだろ
基 :そうですけど
橋詰:ほら
基 :あ…ありがとうございます……
 
ワインを飲む二人
その間、基はずっと雑誌を見つめている
 
基 :……美味しいですね
橋詰:気になるか、それ
基 :い、いや
橋詰:そうかい
 
沈黙
 
橋詰:…これはね、私が初めて記事を載せてもらった雑誌だ。もう、十年以上は経つか。
基 :え
橋詰:昨日言ったろ。高校卒業後、この会社に入社したって。今年で一二年目だ…時が経つのは早い
基 :そ、そうでしたね!そう考えると自分からしたら本当に大先輩だ!
橋詰:…それで?
基 :は、はい?
橋詰:君が、記者を目指した本当の理由はなんだ
基 :…えっと
 
沈黙
 
橋詰:私が記者を目指した理由、
基 :……人間が好きだから、ですよね
橋詰:好きというよりは好奇心の方が正しいが…それとは別に、あと二つある
基 :そう、ですか
橋詰:一つ目は、人間への好奇心。二つ目は、親の影響。三つ目は…
 
橋詰の携帯電話が鳴る
 
橋詰:…
基 :あ…出てください
橋詰:あぁ
 
橋詰、電話に出る
 
橋詰:もしもし…あぁ、ちょうどいいところに。いま代わるよ
 
橋詰、基に電話を渡す
 
基 :へ?
橋詰:君に
基 :だ、誰…
橋詰:望美ちゃん
 
基、望美の名前を聞いた瞬間に態度が変わり
 
基 :も、もしもし!?のんちゃん…久しぶり!
橋詰:…
基 :え……そ、そうなんだ…?あ…えっと……おめでとう。ううん、自分も嬉しいよ。
 
橋詰はひたすらに基を見続けている
 
基 :今すぐじゃあないんだもんね…じゃ、じゃあ!……え!?いいよ!そんなの!あ………えっと、初めまして…基那央と言います……はい、幼馴染で…いや、それは悪いので!……はい、よろしくお願いします…はい…あ、わかりました
 
基、橋詰に電話を渡す
 
基 :薫さんに、と
橋詰:はーい。お、信幸くん久しぶりー。全然顔合わせないよね。……はは、それは確かにそうだ。まぁ、また色々と進んだら教えてくれよ。じゃあ望美ちゃんにもよろしく。はーい。
 
橋詰、電話を切る
 
基 :…薫さん、お相手のこと知ってたんですか
橋詰:信幸くんは、君の後輩でもあるぞ
基 :そ、そうだったんですね…そんな身近に
 
基、何かを考えている様子
 
基 :のんちゃん…プロポーズされたんですね……
橋詰:らしいね
基 :すぐには結婚しないって
橋詰:言ってたね
基 :…薫さん、もしかしてこのために
橋詰:んー?
基 :い、いや…なんでもないです………あの!
橋詰:…なんだい
基 :すみません…今日は、帰ります
橋詰:ん、わかった。まっすぐ家に帰るんだぞ?
基 :それはどういう
橋詰:気を付けて
基 :…お疲れ様です
 
基、部屋を出ていく
 
橋詰は雑誌を読みながら、徐々に眠りについていく
 
照明変化
 
●第三場●
 
照明変化
 
基、部屋に入ってくる
 
基 :おはようございます
 
起きる気配のない橋詰を横目に、雑誌を手に取る基
 
基 :…薫さん
橋詰:わぁ!びっくりした!
基 :うわぁ!!!
橋詰:なんで君が驚くんだ!驚いたのはこっちだ!忍者のように入ってくるんじゃない!
基 :いや、薫さんが爆睡してたからでしょ!
橋詰:うわ、よだれ
基 :きたなっ
橋詰:開幕早々いい度胸だ、そこに止まっていろ
基 :嫌ですよ!よだれ、つけようとしてるでしょ!
橋詰:随分察しがいいじゃないか…ふははははははは
基 :誰がどう見てもわかりますから!
 
基を追いかける橋詰
 
基 :来るなー!
橋詰:元気かい?
基 :へ?
橋詰:いや、昨日は…君にとってはショックな出来事だったのかなぁと後々思い返していてね
基 :……変ですよね
橋詰:ん?
基 :ただの幼馴染なのに
橋詰:君にとっては「ただの」ではなかったという事だろう
基 :あ…
橋詰:そんなに望美ちゃんが大切か
基 :そうですね…あの、薫さんに話したこと、ありましたっけ…
橋詰:何をだい?
基 :いや、多分話してないですよね…自分、幼い頃に両親を、な、亡くしていて。兄妹もいない自分にとって、姉のように接してくれていたのが、幼馴染の、のんちゃんでした
橋詰:…亡くした、かぁ
基 :はい…。あと、本当の理由、噓吐きました…のんちゃん、テレビ局に務めてるじゃないですか。少しでも近づきたい、傍にいたい、同じ立ち位置にいたいっていう一心で自分に出来ることを自分なりに探したんです。それに、働き始めてからののんちゃんは人が変わったというか…だから、少しでも守ってあげたいと思って
橋詰:だから、この会社に来たと
基 :はい、少しでものんちゃんの傍にいれるかもって
橋詰:ここじゃなくても良かったんじゃないか?
基 :え?
橋詰:いや…君なりに、頑張った結果か
基 :がんばった…
 
橋詰、基の様子を伺い
 
橋詰:あぁ。何かを求めるというのはそれなりに体力も精神力もいることだからね。どんな形であったとしても。
基 :薫さん…あの、すみませんでした!
橋詰:何がだい?
基 :昨日の電話、薫さんがわざと仕組んだのかなって思ってしまって…こんなに考えてくれているのに
橋詰:なんだそれは
基 :い、いや…色々、自分の中で重なってしまって
橋詰:まぁ…そうだろうな
基 :え?
橋詰:君は好奇心が足りない…だが、その執拗さは賞賛に値する
基 :執拗?
橋詰:君が記者を目指した本当の理由。一つは、幼馴染である桜井望美に近づくため
基 :は、はい…さっき伝えた通りです…
橋詰:そしてもう一つは、亡くなったお父さんの影響…君の父も記者だったんだろう?すごいなぁ、私の父も記者だったんだ
基 :……その情報…どこから…
橋詰:私の情報収集能力を舐めてはいけないぞ
基 :いや、
橋詰:ちなみに。望美ちゃんにとっても君は「ただの」幼馴染ではないようだよ
基 :それは、どういう意味
橋詰:君のその感情は、本当に幼馴染というだけで生まれるものかい
基 :嘘だって言いたいんですか
橋詰:嘘ではないだろうが…こんなことを言うのもなんだけど、望美ちゃんは迷惑がっていたよ
基 :え
橋詰:何かとあれば家を尋ねたりしているそうだね、本人がいなくとも
基 :それは昔からの名残ですし
橋詰:昨日も、彼女に会いに行こうかと言っていたが…望美ちゃんは何も聞いていなかったようだし
基 :だから、それは
橋詰:以前、彼女が引っ越した時、教えていないのにどうやってか住所を特定して家に押かけたそうだね
基 :何言ってるんですか
橋詰:こういう行為を世の中では、ストーカーと呼ぶんだよ
基 :待ってください!そんな事実一切ないですよ!
橋詰:そうか…君が言うなら、ないんだろうな
基 :う、疑ってるんですか
橋詰:いいや……こうしよう。これは、一種の思考実験だ
基 :…は?
橋詰:記憶というのは、いとも簡単に摺り替えられるし、摺り替えてしまう。機械など使わなくとも、催眠術を使わなくとも。心理学的実験でそれは実証されている訳だが…
基 :自分がそうだって言いたいんですか…?
橋詰:違う。摺り替わっていたのならおもしろいのにね、という話だ
基 :何言って
橋詰:あぁそうそう。望美ちゃんから聞いたのは…「私を姉のように慕ってくれている、可愛い子なんですよ」ということだけだよ
基 :……嘘だ
橋詰:自覚があるということかな
基 :何がしたいんですか!
橋詰:ん?
基 :さっきから、実験だとか!ありもしない事実を並べて!何がしたいんですか…
 
沈黙
 
橋詰:…君に、私の家族の話をしたことはあったか…いや。多分話してないな
基 :……
橋詰:私はね、十二年前。…十八の夏に両親が殺された
基 :………は?
橋詰:でもその犯人は、この国の法律に守られていた…当時十二歳だったらしいよ。
基 :…
橋詰:あ、基くんと同い年かな?その犯人
基 :……昨日のも…
橋詰:そうだよ。十二歳たす十二年で二十四!
基 :…偶然じゃなかった…ぜ、全部…?
 
基、震えている
 
基 :…
橋詰:そういえば、昨日途中で終わってしまったが…私が記者を目指した三番目の理由は
基 :ふ、復讐ですか?
橋詰:へ?
基 :だってこんな…こんな偶然あって良いわけがない
橋詰:……
基 :おかしいと思ったんだ!こんな、こんなところに送り込まれて!
橋詰:あのぉ
基 :そうだ。橋詰、橋詰薫…か、薫さん。橋詰ですもんね…はは…なんで気付かなかったんだろう…
橋詰:え、あ。うん?
基 :殺したくて…殺したわけじゃないのに…
橋詰:……どうだった?
基 :…え?
 
橋詰、無邪気な子どものように基に詰め寄る
 
橋詰:人間を殺すっていうのはさ、どんな感触なんだい?
基 :な、なに
橋詰:勘違いしているようだから言っておくが、私はね。これっぽっちも怒ってないよ。
基 :え
橋詰:理由がないだろう
基 :だ、だって…親を
橋詰:…
基 :あなたの親を、殺したんですよ…?
 
沈黙
 
橋詰:怯えている?
基 :は?
橋詰:嫌な記憶か
基 :それは…もちろん……今でもはっきり…思い出す、くらい…
橋詰:…
基 :薫さ
橋詰:これが、結末…?
基 :なに
橋詰:十二歳の子どもが大の大人を二人も殺した。その後自分の父親も殺して…楽しいことの一つくらいあってもいいだろう……殺したくて、殺したわけじゃない…?いや、嘘を吐いている可能性は…
基 :ないですよ!自分は、あの時必死だったんです…あなたの両親を殺さないと……お母さんが…
橋詰:母親を助けるために、やったと。
基 :はい……薫さんにとっては言い訳にしか聞こえないでしょうが…
橋詰:おもしろくない
基 :…なに
橋詰:そうか…つまらない人間のくだらない人生に、あの人たちは犠牲になったわけだ
基 :…
橋詰:いや、少しでも期待していた私が悪い。すまない。
 
椅子に座る橋詰
 
橋詰:私が記者を目指した理由
基 :そんなの今は
橋詰:一つ目は、人間への好奇心
基 :…
橋詰:二つ目は、親の影響。三つ目は…
 
机の上の雑誌を叩きつける橋詰
 
橋詰:実験だよ
基 :…実験?
橋詰:確かに最初は驚いたし、復讐心もあったさ。家に帰ったら血だらけの両親が横たわって…別にうちは君のように不仲な家族ではなかったし、その頃は人並みに悲しい気持ちもあった。…ふと、思ったんだよ。こんなんでも、父のことは尊敬していてね。元々記者になろうと思っていたし、この事件を自分の手で調べ上げ、雑誌の一面を飾ってやることが両親への手向けの花となるのでは…?
基 :それが…これ……
橋詰:あぁ…私が、君の素性をすべて調べ上げ載せた雑誌だ…。さすがに実名を載せることは止められたが…大変だったろう、あの頃は。
基 :……
橋詰:でもね。これで私の復讐はおしまい。君がこの会社に入ってきたことも私にとっては偶然だったし、ここに配属されたのも本当に偶然だった
基 :ほ、本当に…?
橋詰:君に会ってから数ヶ月、本当に怒りもなかったし…なんなら少し楽しかったが
基 :じゃ、じゃあなんで今更
橋詰:だから、実験だって
基 :は?
橋詰:………
 
急に態度が変わる橋詰
 
橋詰:私は…両親がいなくなってずっと悲しかった…何度も何度も何度も何度も死のうと思ったんだ…でも、それはできなかった……もう十年以上経つのに未だに拭い切れない!
基 :薫さん…?
橋詰:なぁ…なんで、あんな優しい人たちを殺した!?
基 :か、薫さん!
橋詰:なんで!私の両親を殺した!
基 :だ、だから…
橋詰:お前の父親は、私の父に恨みがあったんだって聞いた…でも、当時二人が務めていた会社を尋ねたら、全部お前の父親の勝手な妄想だった
基 :え
橋詰:私の母は本当に巻き込まれただけ!お前の父親の勝手な被害妄想に巻き込まれた!
基 :待って、
橋詰:自分の母親が殺されるから他人を殺す!?ふざけるな!私が…どれほどの思いでここまで生きてきたと思ってる……
 
崩れ落ちる橋詰
 
基 :ご、ごめ…
橋詰:謝罪はいらない
基 :…
橋詰:お前が、被害者面してがんばって守った命も。消えたらしいじゃないか。
基 :……お母さん
橋詰:頼りにしていた幼馴染も、自分とは別の人間とこの先の人生をともにする
基 :あ…
橋詰:殺人犯でありストーカーか…私は君に失望したよ
基 :……やめ、
橋詰:なぁ…基くん
 
橋詰、基の後ろから囁くように
 
橋詰:君には、何が残っている……?
 
暗転
 
●エンディング●
 
外から雨の音が聞こえだす
近くに雷雲が来ているのか時折光っている
 
明転
 
薄暗い部屋
電話をしながら橋詰が入ってくる
 
橋詰:……基くんが、今朝…そうですか。それは残念です。…私は何もしていませんよ。えぇ…私の中では終わったことです。
 
花瓶にガマズミの花を差す橋詰
 
橋詰:後任ですか…?まぁしばらくは一人で良いんですけど。……あぁ。信幸くんなら確かに。んー…考えておきます。いえ、落ち込んではいないので。はい。そんな、編集長まで私が人間じゃないみたいに………
 
沈黙
 
橋詰:あぁ、いえ。では、また。
 
電話を切る橋詰
基が座っていた方の椅子に座る
 
橋詰:そうかぁ…つまらない逝き方をしたなぁ
 
どこかに電話をかける橋詰
 
橋詰:あ、もしもし。望美ちゃん…基那央の件なんだけど
 
大きな雷の音と突然の豪雨
その中、橋詰は電話相手に喋り続ける
 
橋詰:………あぁ、また。
 
橋詰、大きな溜息
 
橋詰:つまらないなぁ
 
暗転
 

 
終幕



作:たにかわ夕嬉
上演する場合は yukitani209407@gmail.com までご連絡ください。

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