『具象の匣』(パラダイム - case 1 - 上演脚本)
※この物語はフィクションです。
一部センシティブな情報描写がございますので、苦手な方はご注意ください。
【あらすじ】
現実を視認するか、夢をみたまま終わるか。
その選択は君に委ねよう。
但し、この物語を選んだということは現実に立ち向かい答えを視認する、ということだ。
物語なんて所詮は空想。
宙ぶらりんの世迷言など、科学者たちの思考実験と何ら変わりないじゃないか。
では、そのまま終わらせないために…物事をはっきりと一つずつ丁寧に紐解いていこう。
具象化したらそれは、ただの世迷言ではなくなるのだから。
【登場人物】
桜井 望美 (さくらい のぞみ)二十五歳
橋詰 薫 (はしづめ かおる)三十歳
【本編】
舞台中央には机と椅子が置かれている
カフェテリアを想像させるような小粋な音楽が流れている
望美が入ってくる
時計を確認しながら席に着く、人を待っている様子
しばらくすると橋詰が入ってくる
誰かを探している様子
望美:あ、橋詰さん!こっちです
橋詰:お
席に着く橋詰
橋詰:ごめんごめん、遅くなった
望美:いえ…、撮影が少し巻きで終わっただけなので
橋詰:素直に待ったって言えばいいのに
笑い合う望美と橋詰
橋詰:今日はなんの番組?
望美:W Meのレギュラーで…知ってます?
橋詰:もちろん。流行りの人物は追うようにしているから
望美:ですよね
橋詰:二ヶ月ほど前に、基くんと取材もしたし
望美:…那央ちゃん、喜んでたんじゃないですか
橋詰:そうだね、とても
沈黙
橋詰:…あれからどうだ
望美:一通り葬儀も終わりまして…、那央ちゃんママと一緒のお墓に
橋詰:そうか
望美:あの…すみません
橋詰:なにがだい?
望美:いや…橋詰さん的には気持ちのいい話じゃないよなって思って…
橋詰:私の復讐は、最初の記事を書いたときに終わったよ
望美:じゃあなんで
橋詰:ん?
望美:なんで、乗ってくれたんですか…
橋詰:…珈琲でも貰おうか、望美ちゃんは?
望美:私が行きますよ
橋詰:いいんだよ、奢らせてくれ
望美:あ……じゃあ、同じものを
橋詰、珈琲を買いに席を外す
望美:…
橋詰、両手に珈琲を持ち帰ってくる
望美:…那央ちゃん
橋詰:後悔しているかい
望美:いえ……後悔は、していないと思います。多分
何か引っかかったような顔をする橋詰
橋詰:そうか
珈琲を飲む二人
橋詰:…基くんが自殺したその日の夕方、別の場所でも飛び降りがあったらしい
望美:え?
橋詰:知らないかい
望美:はい
橋詰:まぁ、ニュースを見る余裕もなかったか
沈黙
望美:…死って、なぜか連鎖しますよね
橋詰:この国は自殺大国だから
望美:そうですけど
橋詰:でも、自殺じゃない可能性があるってネットでは話題になっているよ
望美:それは…
橋詰:もちろんこっちじゃなくてさ
望美:そう、ですか
橋詰:ニュースやメディアで話題になっていないし、ネット上の都市伝説だとは思うのだが…私が見たサイトの情報だと…
望美:?
橋詰:どうやら、遺体の脳みそが持ち去られていたらしくてね
望美:え、脳が?
橋詰:綺麗に頭を開けて脳みそだけが消えたらしい
望美:なんか、怖いですね…
橋詰:これが本当ならショッキングな内容だ、表沙汰にされないのも理解できるが…私の好奇心をくすぐる情報ではあるね
望美:あまり危ないことはしないでくださいよ?
橋詰:大丈夫、私はいま徹底的に調べ上げたい人間がいるから!
望美:人間?
橋詰:…
望美:橋詰さん?
橋詰:脳みそを持ち出して、何をするんだろう
望美:……パッと思いつくところで言うなら、実験とか
橋詰:その遺体は女性と報道されていたのだが、仲の良かったお友だちも同時期に行方不明になったんだと
望美:同じ人の仕業なんですかね
橋詰:もしくはその友だちが犯人か
望美:そうだったとしても、何のために…
橋詰:例えばだけど…そのお友だちが基くんと同じような人間だったら?
望美:……ストーカーですか
橋詰:意外とありふれた物事なのかもしれないね、他人という線引きが消えるって
望美:そうですね…もし、そうだった場合…
橋詰:これは私の勝手な憶測だが、目の前で大好きなお友だちが死んで…例えばだけど、脳を取り出せばずっと一緒にいれる…とか思ったのかもね
望美:でも、腐らせないことも難しいですよね
橋詰:専門家なら別だけどねぇ
望美:それに脳を持ち帰ったところで会話ができるわけでもないのに
橋詰:現代科学的に出来ないことではないだろうが…仮に、脳だけが生かされた状態が実現したとしても実際の五感の返りがない分、気が狂って死ぬのではないかと言われているらしいよ
望美:確かに現実的ではないかも…もしそんな研究をしている人がいたら話題にもなりそうだし
橋詰:「水槽の中の脳」という思考実験はあるが…本当に脳だけで人間を生かすとなると倫理的な問題もあるしなぁ
望美:…私たちが言えたことではないかもしれませんが
橋詰:ま、全てネットの情報だし都市伝説みたいなもんだ。遺体の発見現場が山の中と言われていたから、実際に起きていたとて熊とかかもしれないしね。
橋詰、珈琲を飲む
望美:…あの
橋詰:ん?
望美:さっきの質問の続きを
橋詰:あぁ、つい。んー、そうだなぁ
望美:…
橋詰:最近、気になることがあってね
望美:気になること?
橋詰:あぁ…それこそ思考実験にとどめて置こうと思っていたのだけど、折角の機会だし具象化させてもらった
望美:…那央ちゃんで、ですか
橋詰:うん
望美:復讐ではないんですよね
橋詰:うん
望美:じゃあ
橋詰:人は、自分自身の過去を抉られたとき、どうなるんだろう
望美:トラウマを掘り起こしたってことですか?
橋詰:それもあるが…基くんのようなタイプは周りの言葉に影響を受けやすい。あの日、あの状況で、今の自分の現状を目の当たりにしたとき…どう行動するのか見たかった
望美:…結果、死にましたが
橋詰:満足のいく答えは得られたかい
望美:いえ…私は
橋詰:やはり後悔しているのだろう
望美:……なんて言ったらいいかな
沈黙
橋詰:…一度起きた事実は、変わらないぞ。どんなに悔やんでも
望美:あぁ、違います
橋詰:ん?
望美:私…この目で、その瞬間を見たかったんだと思います
橋詰:…は?
望美:私がテレビ関係の仕事に就いた理由、いいましたっけ
橋詰:いや…
望美:人の感情を間近で感じることができて、楽しいも悲しいも伝える人の手助けをしたかったんです。ちょっとだけですけど、橋詰さんと似てるかな
橋詰:…
望美:私、自分の感情を言葉で表すのが苦手で。いまどう思っているのか…悲しいのか嬉しいのか怒っているのかの判別がつかないんです。今は少し改善されましたけど、それでも所謂普通の人たちとはどこか違う自分がいる気がして
橋詰:あぁ、だからか
望美:え?
橋詰:君の目がね、時折冷たく見えるから。そこから来るものなのかなって
望美:よく言われます
橋詰:信幸くんと出会って少し変わったけどね
望美:…彼は、おもしろい人ですよね
橋詰:君もそう思うか
望美:理由は少し違うと思いますけど…
笑いだす望美
橋詰:どうした?
望美:いや、橋詰さんが信幸くんに「プロポーズしろ」って言った時のあの表情…忘れないだろうなぁって思って
橋詰:猿のケツより赤かったな
望美:この人と結婚できたら楽しいだろうなぁって、本気で思いましたもん
橋詰:さっさと本当に結婚したまへ
望美:まだ付き合って半年とかですよ?
橋詰:年数なんて関係ないだろ…と、私が言っても説得力ないな
望美:橋詰さんは、いい人いないんですか?
橋詰:生涯独り身ハッピー人間だよ
望美:なんですか、それ
笑い合う望美と橋詰
望美:…私…本当は、人と付き合うのはやめようって思ってました…こんなんだし。今までもお付き合いしたことあるけど全然ダメで。でも初めて、信幸くんにはちゃんと伝えようって思えて…、彼は、初めてありのままの私を受け入れてくれた人なんです
橋詰:そうか
望美:だから…那央ちゃんの存在が……これは、多分恐怖なんでしょうかね
橋詰:…色々と調べさせて貰ったが、基くんの行動は幼馴染と片づけるには常軌を逸していた。家に押しかけたり、引っ越し先の住所を特定したり…盗聴器のようなものもあったのだろう
望美:はい…
橋詰:そこまでいったら、世間じゃストーカーと呼ぶ類のものだ。本人も最初は否定していたが、最後は受けれているようだったし
望美:でも殺す必要はなかったかもしれないって思う私もいるんです
橋詰:誰も手は下していない、基くん自身が勝手に選んだ結末だ
望美:…そうですね
橋詰:さっき
望美:はい
橋詰:この目で見たかったと言っていたが
望美:…安心できるかなって思って。それに…腐っても幼馴染ですから。幼馴染が目の前で死んだら、こんな私でも悲しさを認知して涙を流すことができるのかもって思っただけです
橋詰:望美ちゃんが私の元で働いてくれたらいいのになぁ
望美:いえ、遠慮しておきます
橋詰:そうかい
望美:…橋詰さんって、私と信幸くんには優しいですよね
橋詰:そんなことはない!私はみんなに優しいよ
望美:それはないです
橋詰:…君は本当に、白黒ついているときはきっぱり言うよね
望美:白黒って
橋詰:真面目な話…君ら二人はなんかこう、放っておけない何かがあるというか
望美:親心みたいな?
橋詰:と言われるほど歳の差は開いていないがな、まぁそんなところか
望美:へぇ
橋詰:え、興味ない?
望美:いえ…那央ちゃんも、こんな気持ちだったのかなって
橋詰:ん?
望美:誰かを、慕う気持ち
橋詰:…それは、私を慕ってるということ?
望美:…
橋詰:え!そういうこと!可愛いね!
望美:言うんじゃなかった…
橋詰:可愛いね!
望美:ちょっ、うるさい
ひとしきり言い合った後、沈黙
橋詰:…答え合わせはできたかい
望美:はい
橋詰:それはよかった…そんな望美ちゃんにお願い事が
望美:来ると思いました
橋詰:話が早くて助かる
橋詰はポケットから折りたたまれた茶封筒を取り出す
望美:え、汚い…
橋詰:鞄持つの面倒くさくて
望美:封筒の意味ないじゃないですか
橋詰:ごめんって
望美は封筒の中から一枚の資料を取り出す
望美:満村晃司
橋詰:うん
望美:…
橋詰:W Meの満村晃司だよ、知らない?
望美:いや、レギュラー持ってるって言ったじゃないですか
橋詰:だからこそのお願い
望美:なんで満村さんを…
橋詰:野暮なこと聞くねぇ
望美:…
橋詰:おもしろそうだから
望美:ですよね
橋詰:あっさり!
望美:そうですか?
橋詰:それ以上は聞かないんだ?
望美:めんどくさい彼女ですか
橋詰:そうじゃなくてさ
望美:橋詰さんの行動原理は、もうわかってますから
橋詰:ふむ
望美:いつも通り、単独取材で大丈夫ですか?
橋詰:うん……あと、信幸くんねぇ
望美:はい?
橋詰:私のもとに来ることになったよ
望美:え
橋詰:聞いてない?
望美:…はい
橋詰:心配かけると思ったのかなぁ
望美:そうかも
橋詰:大丈夫、基くんのようには絶対しないから
望美:…
橋詰:心配かい?
望美:心配…はい、心配ですね
橋詰:そうか
望美:こんな私でも、大切な人ができてしまったみたいで
橋詰:…
望美:橋詰さんを信じてないわけじゃないですけど、信幸くんを危ない目には遭わせないでくださいね
橋詰:もちろんだよ
望美:あと、橋詰さんも
橋詰:ん?
望美:身体は一つしかないんですからね
橋詰:君くらいだよ、私を心配するの
望美:信幸くんは良い人ですけど、彼、危なっかしいから。橋詰さんでも手に負えるかどうか
橋詰:…彼は、私を超えていくさ
望美:え?
橋詰:ま、信幸くんがケガをすることはあっても私が何かあることはないから大丈夫!
望美:どこからその自信が来るんですか
橋詰:確かに…自信の錯覚か
橋詰、珈琲を飲む
橋詰:あ、なくなった
望美:じゃあ…そろそろ
橋詰:そうだね
望美:さっきの件は後ほどご連絡しますね
橋詰:ありがとう
望美:では
橋詰:あ
望美:どうしました?
橋詰:望美ちゃんはね、自分で思っているより人間らしくなったよ
望美:…そうでしょうか
橋詰:あぁ。物事には全て始まりがある。もちろん人間にも、君の感情にも、状態にも…一つ一つ解明すれば、確実に答えがあるのに人はそれをなぜか見落とすんだ
望美:…
橋詰:焦らなくていいと思うよ、君の歩調で。好きなように生きなさい
望美:…橋詰さん
橋詰:じゃ、お先に
橋詰、去っていく
※望美はその時感じたままに行動してもらって構わない
暗転
終幕
作:たにかわ夕嬉
上演する場合は yukitani209407@gmail.com までご連絡ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?