オルフ 《カルミナ・ブラーナ》 解説
※ 過去の公演プログラムに掲載された楽曲解説です
オルフ カンタータ《カルミナ・ブラーナ》
運命の女神に導かれて…
カール・オルフ(1895-1982)の代表作にして、創作歴における事実上の出発点となった作品。
冒頭の重々しいコーラスが衝撃的なこの曲は、歌詞を把握していないと恐ろしい音楽というイメージが強く、映画やドラマなどの戦慄のシーンで効果的に使用されたりしている。しかしこの曲は、迫り来る恐怖を表す類いでは決してなく、歌詞の意味やタイトルの由来を知ると、そのようなニュアンスとは異なると分かってくる。
カルミナ・ブラーナとはラテン語で、
カルミナ=歌、
ブラーナ=ボイレン、
「ボイレンの歌」という意味になる。
バイエルン地方、ベネディクト・ボイレン大修道院で保管されていた中世の写本が、19世紀初めに発見、出版された。
遍歴の神学生が編さんした写本らしく、自然や愛、青年の切なき恋に、怒りや喜び、葛藤、酒やどんちゃん騒ぎといった世俗的な内容、辛辣な社会風刺に加え、宗教に即した典礼や受難劇など、300篇もの古い歌や詩編、散文からなっている。
こうした様々な内容が、当時の教養ある者の共通言語であったラテン語を軸に、古い独仏語、吟遊詩人特有の南仏語などによって自由に綴られていた。
オルフは自身の運命を決定づけた、この書との出会いを次のように語っている。
「運命の女神フォルトゥーナに導かれ、ヴェルツブルクの古書店のカタログが、偶然にも私の元に舞い込んできた。そこに記されていた本のタイトルが魔術的な力で私を引きつける。13世紀の写本『カルミナ・ブラーナ』であった」
オルフは早速この本を取り寄せ、最初のページをめくって大変な衝撃を受ける。
「ああ、運命の女神よ、あたかも月のごとく姿を変え...」という言葉と共に、運命の車輪を操る女神フォルトゥーナの姿が描かれていたのだ。
既にその時、彼の頭に冒頭の壮大なテーマが鳴り渡っていたのだろう。
軍人の父親を持ち、音楽的な家庭環境に恵まれて育ったオルフは、5才でピアノを始め、オルガンやチェロも学び、ギムナジウム卒業後は音楽学校で教べんをとっていた時期もあった。
第一次世界大戦では兵役に就き、もう二度と音楽には関われまいと、いっときは死をも覚悟する。
終戦後は人生観の変化もあり、16~17世紀の音楽、とりわけモンテベルディに興味を引かれ、研究。古典舞踊やリズム体操を教える学校を設立し、教育活動にも力を注ぐようになる。
劇音楽を上演の際、背景にスライド映写を添えるなど、既に聴覚と視覚効果の融合を試みていたオルフにとって、こうした舞踊への関心は、音楽、言語に舞踏的動作も加わったスペクタクル総合劇のスタイルへと導きゆく。
中世叙情詩の連作『カルミナ・ブラーナ』が運命によってもたらされたことにより、構想は見事に開花、場面表現を伴う世俗カンタータ《カルミナ・ブラーナ》が生まれていった。
独唱、重唱、合唱および器楽伴奏からなる多楽章による声楽曲であるカンタータは、教会用カンタータと、演奏会用の世俗カンタータに分けられる。ここでオルフは宗教的なものではなく、「春」、「酒」、「恋」という世俗的な3つの題材を軸に、24の唄を抜粋した。
中世の世界を意識しながらも、古楽器による室内楽といった編成ではなく、スコアは混声合唱、小年合唱、ソプラノ&テノール&バリトンのソリスト3名に、3管編成のオーケストラを採用。そこに2台のピアノとチェレスタ、ティンパニ奏者が5人に多彩な打楽器群が加わるという大規模な構成を選択。
元来は演奏のみならず、同時に舞台で繰り広げられる舞踏を念頭に作曲されており、様々な振付けや演出による見事なバレエの舞台も存在するが、今日では今宵のような演奏会形式が主流となり、編成の規模にかかわらず世界中で親しまれている。
初演の際は、ダンサーのみならず歌い手も特別に用意された衣装をまとい、演技による視覚的効果も演出された。
己が表現したかった世界の集大成ともいえる舞台の成功に、
「この作品こそが自分の本当の出発点になるのだから」
と、オルフはそれまでの自作品の全てを破棄してしまう。それほどまでの達成感を《カルミナ・ブラーナ》はもたらしたのであった。
楽曲構成
全体を占めるのは「春、酒、恋」による3部構成。
第1部では 春の訪れを喜び、
第2部では 酒場でのうっぷん晴らし、
第3部では 切実なる愛の誘惑が 繰り広げられる。
最初と最後は同じ曲〈ああ、運命の女神よ〉でまとめられ、作品全体の主題として大いなる運命について歌われる。
2曲ずつで構成される導入部分と後奏部分については、元々説明の表記はないが、ここでは分かりやすいよう、プロローグ、エピローグとして紹介する。
プロローグ
〈運命の女神、世の支配者〉
1 おお、運命の女神よ
2 運命の女神に傷つけられて
冒頭から衝撃の大合唱に重厚な響き、深刻な音調、続く歯切れの良い強烈なリズムと、打楽器も多用した、あまりの迫力と迫り来る気迫に圧倒される。運命の女神フォルトゥーナの支配する、残酷にして気まぐれ、強大すぎる運命にあらがえない者の葛藤が語られる。
2曲目は、運命の女神に翻弄される人生のむなしさが、滅ぼされたトロイアの王妃ヘクバになぞらえる。
第1部
〈春の訪れ〉
3 春の楽しい顔立ちが
4 太陽は万物を整える
5 見よ、好ましき
〈草原で〉
6 舞踏(演奏のみ)
7 高貴な森は花ざかり
8 小物屋さん、紅を下さいな
9 輪舞
10 世界を手中に収めるも
厳しき冬は去り、野原に春が訪れた。
花々は咲き乱れ、小鳥たちが楽しげに鳴いている。浮き立つ春に心は躍り、草原では若者らが楽しいダンスに興じている。
合唱と独唱が、自然の美しさや、春ならではの切なく甘い恋のさやあてを歌い上げる。
第2部
〈酒場にて〉
11 怒りに燃えて
12 かつては湖に(白鳥の嘆きの歌)
13 我は大僧正様ぞ
14 我ら酒場に居る時は
酒に任せて怒りを吐き出し、むなしき運命を丸焼きにされた白鳥の嘆きの重ね、酒飲みの愉快さや羽目外しと、酒場はすっかり殿方の世界。
テノール、バリトンの独唱、男声合唱によって、時に辛辣に、時に豪快に歌われる。
第3部
〈愛の誘い〉
15 愛の神は何処へも
16 昼も夜も、全てのものが
17 少女は佇んで
18 我が心はため息に満ち
19 若者が乙女と共に
20 おいで、おいで、来ておくれ
21 迷う心を秤にかけて
22 今こそ悦びの季節
23 愛しい方よ
春の軽やかな甘く切ない恋どころではなく、ここでは更に切実に愛が迫ってくる。
ソプラノが愛の賛歌や清らかな想いを歌い、テノールやバリトンによって、1人身のむなしさ、遙かな憧れ、高まる期待に、燃え立つ心が、彼らの想いに同調し寄り添う合唱も交えつつ展開される。
エピローグ
〈ブランツィフロールとヘレナ〉
24 祝福あれ、絶世の美女よ
〈運命の女神、世の支配者よ〉
25 おお、運命の女神よ
「白き花」という意味のブランツィフロールは、コーンウォールの王妃。
ヘレナ(=ヘレン)は、トロイアの王子パリスに誘拐され、それがトロイア戦争の勃発を招いたスパルタの王妃。
そして美の女神ヴィーナスと、ギリシア神話の3人の絶世の美女に例えて女性の美しさを賛美し、愛を讃える大合唱で大団円を迎えるかと思いきや......、
続いて容赦なく冒頭の音楽が鳴り渡る。運命にあらがえない現実が否応なしに突きつけられ、圧倒的迫力の中で全曲を閉じる。
解説;森川 由紀子