暴露されども真実は謎のラブレター 「新たなショパン像」あとがき
読み上げられたラブレター
あなたは最高のリーダーで、
みんながあなたを頼りにしてる。
あなたは友だち思いの優しい人。
あなたはマジシャンみたいに何でもできる。
あなたは天才的なアイディアマンで、
仲間の為に命も投げ出せる勇敢な人。
あなたはハチャメチャすぎる一匹狼だけど、
絶対に諦めないところが本当にカッコ良すぎ!
原文はとうの昔に失われてしまったが、ラブレターのおおよその内容は、こんな感じであったろう。
大学ノートの最後のページにそっと綴られていた、少女の憧れに満ちた想いを、ある日、意地悪な姉が妹の机の引き出しから見つけ出す。そして勝ち誇ったように声高らかに、家族の前で読み上げた。大げさすぎる抑揚もつけながら。
腹を抱えて大笑いしていたのは姉だけで、居合わせた両親と妹は何故か気まずい沈黙を保ち、そしてラブレターの書き手であるノートの持ち主の私自身も、完全無視を貫いた。
当時、私は小六か、中一くらい。
クラスメイトに好きな男の子がいるのだろうと、当然のごとく家族は思ったようだ。
ふっふっふ。
そんな素敵な男の子は残念ながら存在しなかった。
けれど架空の想い人がでっち上げられることで、秘密は守られたのだ。
そもそも「仲間の為に命を投げ出せる」といった辺りで、??? と気づきそうなものだが。彼らが現実の身近な男の子などでないことに。
そう、彼ら。
ここでいう「あなた」は、実は全員異なる人物で、半実在のキャラクター。半実在というのは、実在の人物をモデルにした、史実に基づいた映画のヒーローだから。
我がプロフィール記事や、それに続く熱きコメントをお読み下さった方々の中には、ははあ~とお気づきになられた方もいらっしゃるかも?
白状すると、5人の「あなた」は、往年の名作映画『大脱走』で活躍の、とりわけ印象に残り、彼らの不屈の心意気にも心底憧れていたキャラクターたちだったというわけ(爆笑)。
同じ屋根の下で暮らす家族ですら、ラブレターの本当の相手が誰であったか知る由もなかったのだ。遥かな作曲家の想いなど、どうして計り知れよう。
例えば作曲家の遺品から宛名の書かれていないラブレターが出現し、何故この手紙は送られなかったのか? 相手は誰? と様々な憶測が飛び交ったとしても、実は手紙はしっかり投函されており、出現した手紙は下書きとして本人が大切に保管していただけだった、という可能性だって、なきにしもあらず。
⑦「恋人」のマリアの項でもお伝えしたが、若きショパン自身の手によって書かれた「我が哀しみ」が、生涯に渡る永遠の哀しみであったとは限らない。
そもそも本人でさえ、自身の真の想いを分かっていないことすらあるのだから。
しかし偉大な作曲家の貴重な名曲が大量に残されていて、現代でも演奏され、聴かれ、愛され続けている以上、作品や作曲家について多くを調べ、語り合い、理解しようと努める姿勢も大切には違いない。
確かな史実に基づき、手紙や日記などに残された本人の言葉や行動の記録を、可能な限りひもといて様々な角度から推測し、誤解や偏見が生じないよう配慮しつつ、少しでも近づくことができたら良いのだが。
ちなみにショパンの恋人として、デルフィナ・ポトツカ伯爵夫人やジョルジュ・サンドを「ファム・ファタル(=運命の女性、魔性の女)」として紹介したが、この「ファム・ファタル」の習性についても、是非お伝えしたい自説があるので、いつか「彼女の宇宙は白血球」という謎のタイトルの小話を書けたらと目論んでいる。
10週に渡って紹介した今回の記事では、ショパンの人格形成や作曲生活に大きな役割を果たしたであろう者を優先し、伝記で良く知られた人物ながら取り上げなかった者もいるが、愛すべき厳選の人物らとショパン本人との深き関わりから、あまり知られていなかったショパンの一面や、お気に入りの人物を見いだして頂けたら幸いである。
損な役回りの印象を受けがちな人物らについても、少しでも誤解が解けるよう願っている。
とはいえショパンに限らず、ロマン派音楽の世界に浸るには、何においても、⑩「夢の王国の住人」で紹介した、クラシックの音楽家にとっては常識とも言える、ハイネの詩に触れることを断然お勧めしたい。
新潮文庫の『ハイネ詩集』(片山敏彦 訳)は、私にとってのまさにバイブルで、少女時代から愛読しすぎ、本の端が擦りきれてボロボロになり、すっかり変色もしてしまった為、定規を当てて、カッターで周囲を精巧に削り、ひと回り小さくしてしまったほど(笑)。
気に入った詩はイラストを描いたり、森の幻想世界をモチーフにストーリーマンガに仕立てたり。
新潮文庫版の片山氏の分かりやすい名訳による厳選された詩の数々は、ロマン派の入門書としては完璧とも言える充実した内容で、私が現実離れした人間になってしまったのも、この『ハイネ詩集』とロマンティック・シューマンの音楽のせいと認識している。
そのようなわけで、普段からロマン派だとか、SFやファンタジーの異次元世界、あるいは『大脱走』もどきの冒険世界に生きている者にとって、機械オンチは当たり前の状況で、いまだにパソコンは使えていない。
かつてはワープロなるもので執筆していた為、過去の原稿は音楽仲間の友人にフロッピーディスクからパソコンでデータ変換してもらい、それを自分でスマホで微調整してから、note に投稿するという原始的な手段をとっている。
近年は「ポメラ」という実に扱いやすいカシオの電子手帳を愛用している。本体にプリント機能がないだけでワープロ操作とほぼ変わらず、文字を打つことだけに集中できて、持ち歩きにも大変便利。
しかしながら基本的に、note に投稿した記事の修正や追記はスマホでのチマチマ作業になるせいか、時々ヘマをやらかすことがある。
一度、未編集の下書きを誤って投稿してしまい、数分後に気づいて大慌てで取り消したりも。
今回の「新たなショパン像」の紹介記事、「人物表&目次」のイラストをうっかり消してしまったのも、スマホ操作で勢い余ってのことであった。
折しも前日、「星の王子さまと★けいこさん」でもお馴染みの、尊敬する作家、おかのきんやさんから
「登場人物のイラストがあると、ものすごくわかりやすく、親しみやすくなりますね」と、大変ありがたきコメントを頂いて、とてもとても喜んでいた矢先だったので、尚更パニックに。
お助けマンの音楽仲間が不穏な事態を察したか、たまたま連絡をくれて(芸術家の邪魔をしたくないので自分からは連絡しないようにしている)、その日のうちに対処してもらえたものの、どうにもならない妙な下書きが消えてくれないせいで、結局、元の記事は削除せざるを得なくなり、言い訳を添えて新たに投稿し直した次第。
大先生からの貴重なコメントは、「削除された過去の記事」として自分だけは今でも確認することができるのが、せめてもの救いといえようか。
混乱を招いてしまったことをお詫びすると共に、改めて「スキ」して下さった方々にも、大変感謝している。
19世紀ロマン派の世界に生き、ネットでの調べ事より、いまだに図書館通いが好きな、このような古い人間ではあるが、今後も気長にお付き合い頂けたら嬉しい限りである。
さて、冒頭の余談に戻るが、妹のラブレターを面白がって勝手に読み上げた姉は、トンデモナイ意地悪姉さんという程ではなかったことを、一応弁護しておきたい。当時の私も、姉というものは往々にして、そんな存在であるのだと割りきっていた。
この「ショパン像あとがき」を投稿するにあたり、姉には悪役として登場してもらう旨を告げて了承を得たのだが、当の姉はラブレターを暴露したなんて記憶は皆無で、「そんなヒドイことしたんだ」と、全く覚えていなかった──反省もしていなかった──。
かくいう私も、両親の留守中、まだ幼児だった5つ下の妹に「あなたは実は大根で、畑から引き抜いてきて我が家で育てている」と図解付きで説明し、泣かしてしまった前科がある。可愛がってはいたのだが。
姉とは、そんなものではなかろうか。
今はちょくちょく一緒に楽しく行動している仲良し3姉妹なので、ご安心あれ。
次週からは、ウィーンが舞台の『額縁幻想』3部作を、恒例のトンデモ裏話も交えながら、1ヵ月に渡って紹介の予定。どうぞお楽しみに♪
・+.☆. 心からの感謝を込めて.*+.※*☆.
Precious Planner 森川 由紀子