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「お菓子な絵本」 あとがき ~ 初めに夢があった


「初めに夢があった」

      -森川由紀子、お菓子な世界を語る



 初めに、夢があった。

 ある日、風邪で寝込んで留守番をしていた少年は、ふと覗いた母親の本棚で「お菓子な絵本」という謎めいた本を発見する。絵本に添えられていたお菓子を食べながら読み進めるうち、いつしか少年は物語の世界に入り込んでしまう。
 チェスの駒のような奇妙なキャラクターが登場してくる中、少年はとてつもなくアホっぽく、はちゃめちゃなプリンスと共に、塔に閉じ込められたプリンセスの救出に向かう羽目になる。
 塔の最上階の部屋を目指し、お城の迷宮で右往左往する少年とプリンス。らせん階段の途中、隠れた物置き部屋で鎧を身にまとったガイコツに襲われたり、掘に落ちたりしながら、色んな連中に出くわす度に路を尋ねるも、皆らちがあかない連中ばかり。

 少年は知っていた。自分が食べた者は味方で、食べなかった者は敵だと。

 だけどいわくありげなビショップだけは、食べたかどうだか思い出せない。とりあえず信用できる者の言葉を頼りに、何とか王子を助けつつ、先へ進んでいく__。
    
 そのうちに少年は、プリンスが敵を欺く為にアホな振りをしているだけで、実は頭脳明晰、天下無敵のすごくかっこいい王子であることに気づくのであった。だが残念なことに、少年はプリンスとプリンセスのハッピーエンドを見届けることはできなかった。

 夢から目覚めてしまったから──


 つまり、わたし自身が目を覚ましてしまった、ということ。

 これは遥か昔に見た夢で、主人公の少年はこのわたし。今でも複雑なお城の迷宮、掘や、らせん階段(夢では左回りの階段でした)、とぼけたキャラクターの様子が目に浮かびます。
 以前の執筆裏話でもお伝えしましたが、わたしは夢の中で、勇敢な騎士や、恋するお姫さまになったり、小林少年(少年探偵団)、ダルタニヤン(三銃士)、カーク艦長(スター・トレック)、ストレイカー司令官(謎の円盤UFO)といった、お気に入りのキャラクターになりきっていたり、ちょっと危険で楽しい冒険ばかりしています。
 ちなみに物語は吹き替え映画のように日本語で進行します(悲笑)。
 吸血鬼に襲われたり、タイタニックに乗っていたり、ナチスと闘うレジスタンス活動に身を投じていたり、絶体絶命の恐ろしい目に合ったりもしますが、複雑リアルなストーリー展開に、どんでんが返し、ラストの落ちまでしっかり付いているものが大半で、いつか夢日記を脚色ナシで一冊の本にまとめてみたいなと思っています。

 さて、先のお菓子な夢の話に戻りましょう。

 朝、目覚めて、当時4才だった息子に話してあげると大変気に入ってくれたので、

「いつかこのお話を本にしてあげようね」と約束。

 以来、息子は年に一度くらいのペースで突然思い出しては、「ママ、あの夢の話どうなった?」と催促し続けてくれたのでした。幼児であった息子が、母親のたわいない夢の話を、どうしていつまでも覚えているのか不思議に思いつつも、ついつい先伸ばしに。
  
 そして数年後、謎の自作ピアノ曲を披露させて頂くという恐ろしき光栄に預かり、内容はともあれ嬉しくてすっかり自己満足し、さて次の目標は? と思い始めた矢先のこと。
「ママ、あの夢の話……」と、再び息子に持ちかけられ、今こそがその時だ! と、ようやく取り掛かり始めたのです。

 夢の物語をベースに、構想、キャラクター設定、下調べに3ヵ月。馬にも乗りましたし、エクスカリバーのレプリカを入手して振り回してみたり、洞窟探検……は、家族に阻止されたので洞窟は資料のみで。他にも、鷹、チェス、暗号、城の構造等々、沢山の情報を集め、延々と空で語り続けられるくらい知識を得て、あとはひたすら眠り続け、映画を観るように物語の全貌をすっかり見通し、目次を設定してからワープロに向かいました。

 短編も、長編も、小説なるものの執筆は初めてでしたが、周到な準備のおかげと、長年綴っていた夢日記の長大版のノリで、まずはプロローグから最初の3章、いきなりラストの3章、そして中間の「あの子が行ってしまった!」、「憧れの星」、「初めに唄があった」と、好きなところから自由に書き始めます。
 何しろ思い浮かんだ情景や、とめどもなく聞こえてくる印象的なセリフを、忘れないうちに書き残しておかないといけないので、スピードが肝心なのです。
 最初の夢そのものからは、物語は遥かにかけ離れて発展していきますが、その後は大方順番どおり書き進め、全体を見直して誤字脱字をチェック、言葉尻を整えたり、漢字とひらがなの表記を統一したり、おまけの資料を作ったり、約束していた息子の誕生日に何とか間に合わせることができました。

 ここまで読み進まれた方は、おそらくお菓子な物語の迷宮を突破された方とお見受けしますが(中には、あとがきから、あるいは、あとがきのみ読まれる方もあろうとは思いますが)、読者の皆さまには本当に頭の下がる思いです。

 というわけで初めての作品ということもあり、自分の大好き! や、こだわりも沢山盛り付けてしまいましたので、いくつか紹介させて頂きます。


真秀シュヴァルツ

 明智探偵助手の小林少年、「クオレ」のエルネスト・デロッシ、「飛ぶ教室」のマルティン・ターラー、「ドラえもん」の出来杉くんに代表される、真面目な秀才くんはわたしの永遠の理想の少年像です。
 かつて摩周湖を訪れた際、発音は少々異なるけれど、大好きな俳優、マシュー・ブロドゥリックと同じ名の湖なんだなぁ と思ったことがきっかけで、真秀と言う名のキャラクターが生まれました。


ジャンドゥヤ・ブラン

 こちらは、はちゃめちゃくん。
 ふだんはのんびりしていて何も考えていないようだけど、ひとたび本気になると、底知れぬパワーを発揮する天才型。
 ジャンドゥヤはお菓子の代表格、チョコレートの中でも、一番おいしくてかっこいい名前だったから。ブランはフランス語で「白」という意味のつもりでつけましたた。
 後になって、ジャンドゥヤがイタリア語では「仮面」の意味もあり、ブランがフランス語で「二分音符」の意味もあると知って、偶然とは不思議なものだなと驚きました。ジャンドゥヤはアホ王子の仮面をかぶっているわけですし、ブラン王家の紋章には音符が描かれているのですから。

 余談ですが、この物語の note での公開を終えるタイミングで、友人からイタリア土産にチョコレートを頂きました。何と、カファレル社のジャンドゥーヤです。1865年創業の老舗の、定番のお土産とはいえ、友人は「お菓子な絵本」も王子のことも知らないので、サプライズなご褒美に感激でした⭐︎


アルヴィン・シュヴァルツ

「アルヴィン風の幻想曲」(1982作・未発表)という20ページの短編マンガに既に登場している、わたしにとっては非常になじみ深いキャラクターです。
 3作だけ描いたストーリーマンガの2作目で、無謀にも少女雑誌に投稿したところ、ほんのささやかな賞金を頂けて嬉しかった記憶があります。
 当時アルヴィンは学生で、ヴァイオリン科の主人公(真利江ではありません)に惚れられるけれど、自分の世界を貫き通す堅物といった役どころでした。アルヴィン、今も昔もマンガでも小説でも、全然変わらないです。

 真秀とジャンドゥヤの両親の物語「アルヴィン風の幻想曲」は、ロマンティックで、ちょっぴり切ない中編(原稿用紙350枚程度)音楽ファンタジーです。
 noteでは、この先、果てしなく続く大長編の音楽物語「オケバトル!」が控えているので、「アルヴィン〜」の公開は1年くらい先になるかも知れません。
 アルヴィンや真利江のことを、皆さまが覚えていて下さいますように。


鷹は舞い降りた、鷹は飛び立った

 ジャック・ヒギンズファンならピンとくるタイトル。鷲を鷹に変えただけのこと。
「鷲は舞い降りた」はロマンティックな愚か者のドイツ軍将校、クルト・シュタイナ中佐率いるドイツの落下傘部隊がチャーチル暗殺に挑む話。
「鷲は飛び立った」は前作で暗殺に失敗し、ロンドン塔に幽閉されているシュタイナ中佐を救い出そうという冒険物語。
 ヒギンズ作品の人間の描き方がとても好きです。人がむやみやたらと死なないし、主人公の男性陣はこぞって有能で、カッコ良すぎる! ロマンスの描写も控えめなので、安心して読めるのです。
「双生の荒鷲」を読み終えた時など、思わず本を抱きしめてしまう程でした。わたしもいつか誰かに抱きしめてもらえるような物語が書けたらな、と憧れます。

 敬愛作家へのオマージュとしては、他にもドイツ・ロマン派 E.T.A.ホフマンの「黄金の壺」風に仕立てたシーンも。気づかれた方には拍手をお送り致します。


シューマンと音楽新報

 劇中にちらほら登場するシューマンの影。
 わたしが熱烈なシューマニアーナであることは、プロフィール記事で告白しているので、ご存知の方もいらっしゃると思います。これを機会に皆さまが少しでもシューマンの音楽に興味を抱いて下されば、わたくしもシューマン協会の長年の幽霊会員としての使命が果たせるというものです。
 30「初めに唄があった」や、34「風の唄が聞こえる」の章などで出てきた〈音楽新報〉とは、シューマンが創刊し、編集長として自ら批評記事を書いていた雑誌です。
 ジャンドゥヤ王子 & 黒すぐりの愛馬の名で、シューマン本人のペンネームの〈フロレスタン〉と〈オイゼビウス〉については本文でも触れてますが、このシューマンの性格の二面性は、わたし自身の性格にも通ずるところががあるようです。普段は電波も届かない無人島で過ごしたいくらい1人の世界で集中していたいのに、ひとたび人に会うと、たとえ初対面どうしでも延々喋り続けるような性質を持っておりまして……。

 アルヴィンの演奏会の批評記事の冒頭の一文、「深夜のめずらしい星として……」のくだりは、ショパンの作品25の練習曲に対する、シューマンの実際の批評記事よりの引用。執筆者ユリウス・クノールとは、音楽新報の初代編集長に予定されていたものの、病で実現とならなかったシューマンの友人の名を拝借したものです。


♪ エンディング・テーマ 〈End of Dream〉


 
 一番大事なことを見落としていたなんて……。
 真秀はベッドに残された「お菓子な絵本」をぼうぜんと見つめた。
 風でページがはらりとめくられ、ジャンドゥヤとマドレーヌの幸福なエピローグが語られる。同時によみがえるのは、お菓子な世界の果てしなき情景。懐かしい冒険の数々……。

 今回もまた、テーマ曲を ピアニスト安斎 航 さんが 優しく、美しく奏でて下さいました ♪   

 これまでのストーリーが、静かに夢見心地の状態で回想され、ラストにふと風の唄が漂ってきます。ハイトーンの風の声もオブリガートで重なりますが、これは楽譜に記されているだけで、ピアノでは演奏されません。舞台で奏する際は、袖からソプラノの声を乗せて頂くと、素敵な効果がもたらされます。

 収録時、安斎さんのピアノがあまりに優しくて誠実で、お菓子な世界での情景の数々が一気にあふれ出し、涙が止まらなくなってしまいました。小説の世界が音楽化されてリアルに目の前に現れたようで。完全なる自己陶酔ですね(笑涙)。

 エンディングテーマを、どのような形で紹介すべきか? まずは文章だけ先に公開するのが筋というものでしょうけれど、せっかくの note という形態の利点も活かして、お好みで、テーマ曲を聴きながらエピローグを読めるよう試みた次第です。
 何の形式にもとらわれず、淡々と流れる即興的な詩のような、とりとめのない音楽が4分弱。長めなので、物語を先に読み終えてしまうのですが、余韻を楽しんで頂ければ……♪
 音楽と物語は常に一緒に感じている自分にとって、BGMを添えて公開できたことは、この上なく幸せなこと。
「バイエルレベルで弾けるロマンティック」をコンセプトにしてますので、ピアノ初心者の方でも、上級の方でも、気軽に弾いてみて頂けましたら、なお嬉しいです。

 演奏のみならず、譜面のデータ化や動画の作成、YouTubeの公開まで快く引き受けて下さり、「アレンジはご自由に」のリクエストに「原曲は尊重したい」と返しつつ、響きが少し弱かった部分にキラキラっと魔法のヴェールをかけて、夢のように美しい効果をもたらして下さった 安斎航さんに心から感謝致します。  


スター・サファイア と 続編、続々編のこと

 宝石よりも文房具類が好きな安上がりのわたしの、唯一憧れの宝石。
「お菓子な世界三部作」の各々のテーマは、このスター・サファイアに浮かび上がる、運命、希望、信頼の、3条のラインをモティーフにしています

 本作「お菓子な絵本」は、〈運命〉の章。

 第二部〈希望〉の章「初めに唄があった」では、真秀が再びお菓子な世界を訪れ、戴冠式を控えたジャンドゥヤ王子と兄弟としての再会を果たし……(あとは秘密)。

 第三部〈信頼〉の章「選ばれし者の子たち」では、
【ジャンドゥヤ・ブラン死す!】
 という衝撃的なタイトルの絵本が真秀の元に届けられ……(あとは秘密)。

 続編についてはストーリーを把握しているだけで、まだ文章化してないのですが、既に大半は執筆済みの長編たち、
「オケバトル!」(音楽物語)、
「双生の預言者」(SF冒険物)、
「彼が宇宙であなたは太陽」(SFロマンス)、これらを書き上げ、順次投稿しながら、じっくり取り組んでゆきたく思います。

 note を始めて、もうじき1年となります。
 多くの素敵な方々の記事から様々な想いにも出会え、感動に涙に、微笑みに、おかげさまで、すっかり世界が広がりました。
 投稿は本当に楽しくて、頂くコメントもスキも嬉しすぎですし、コンタクトは無くとも、どこかで誰かが読んで下さってるなんて、どんなに素晴らしいことでしょう。

 長~い「お菓子な」物語に長らくお付き合い下さいました方々に、そしてこれからお読み下さるかも知れない方々に、心からの感謝を込めて……⭐︎
 いつも本当にありがとうございます。

 Precious Planner
 森川 由紀子



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