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[#わたしのチャレンジ] オッチャンのチャレンジ人生記

自分で言うのも何ですが、私はチャレンジの多い人生だったと思います。この1年だけでも漫画を基本とすれば、日本語と英語で漫画を描いて、日本&海外の色々な国の人と毎日メッセージのやりとりをしています。単なる漫画の感想だけではなく、人生観や悩みについてお互い結構オープンに話をします。

去年のはじめにはスウェーデンの友人の紹介で、スウェーデンのサブカル誌に漫画が掲載されたり、そこのコミック雑誌に原稿を送った事もありました。(残念ながら採用はされなかったので、いつかどこかで載せようと思っています。)

日本の出版社にも漫画を投稿し続けていました。DAYSNEOという講談社のサイトは直接編集者とやりとりができるので、定期的に投稿しています。

https://daysneo.com/


また、今年の始めには「闇子ちゃん」シリーズを同人誌にまとめたりグッズを作ったりしました。現在は「オッサンの気づき」シリーズで同人誌を作っています。同人誌は大学生の時にも作ったことがありました。

そもそも漫画は20代の頃からずっと持ち込みを続けていて、さらに高校生の頃は美大受験をしていたので、絵に関してのチャレンジは16歳から現在の46歳までの30年、ずっと続けているのです。漫画以外にもLINEスタンプを作ったり…

WEB番組に出演していた事もありました。10年以上前です。

絵から離れた部分では、自分で会社やお店を始めていました。お店は妻ちゃんと一緒に現在も生活のメインとして続けています。

https://note.com/yuki1192/m/mc91e32b10c3b
https://note.com/yuki1192/m/mba96e2f2675e

それ以前からバイトは、コンビニ、カラオケ、ファミレス、服屋、本屋、塾の先生、などの接客業から、イベント設営、雑誌のモデル的なこと、似顔絵、コミケ的なイベントのスタッフ、エロゲームの色塗り、TV番組のちょい役など、変わった仕事もたくさんやりました。初めて経験したバイトは中学生の時の新聞配達です。スーパーファミコンを買いたくて始めました。


それ以外にもちょっとしたチャレンジは、友達とバンドを組んでみたり、レコード会社のオーディションに歌を送ってみたり、タレント事務所に入ってみたり、美大に落ちたあと浪人してランクの高い大学を受けてみたり、田舎の不良だった中学生の頃、友達と頑張って原宿まで行ってみた事など、楽しい思い出が多いです。ただ、チャレンジの割にそれが社会的に成功したことは少ないです。漫画はプロデビューの経験はありませんし、バイトが将来につながったわけでもありません。バンドとか歌は遊び半分です。会社とお店、LINEスタンプがヒットしたくらいが成功と言えば成功です。

でもそれでいいんです。私にとってチャレンジとは、何か目標を達成するようなものではないからです。「何それ!面白そう」で、実際にやっているだけなのです。現在、我が家は私がご飯を作る機会がだんだん増えてきて、今では私がご飯も家事も全部やっています。それも、「面白い」からやっているのです。

私は小さい頃から「受け身の娯楽」にあまり興味が無い子供でした。絵本を読むよりも粘土や折り紙、レゴを一日中いじっていた記憶があります。TVもあまり観ませんでした。他人が作った物を受け取って楽しむ事よりも自分で作る、言い換えれば「自分でやる」事のほうが好きだったんです。小学校からはファミコンが発売されて、ゲームは他人が作った物を「自分で操作する」ものなので結構はまりました。…が、それも中学生くらいから家でRPGをプレーするよりも、ゲーセンで格闘ゲームのほうが好きになってきました。RPGは他人の作ったお話に乗っかって楽しむ感があるのに対し、格闘ゲームは他人の作ったゲームを使って本質的には「自分と相手のバトル」であるという感じがあったからです。実は現在も、漫画を描いていながら漫画自体はそんなに読みません。Youtubeすら単体で観た事はほとんど無くて、漫画を描きながら丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニーとかを音だけ聴いているのです。何かの強力なファンになった経験もありません。漫画や音楽などで、この人の作品が好きという物はもちろんあります。けれども最近でいう推し活だったり、何かをコレクションしたり、それによって人生が救われたり、いきすぎて依存したり、大きく価値観を変えたこの人/一冊/一曲みたいな経験も無かったのです。また、夕ご飯を食べながら妻ちゃんとTVを観るのが毎日の楽しみなのですが、それもヒューマニエンス(科学系の番組です)とかダークサイドミステリー(オカルト系の番組です)とかを、妻ちゃんと「えーそうなんだー!」とか「えっこれってこういうことじゃない!?」とか言いながら観るのが楽しいのです。番組を介して「自分達が気づいた事を話したり聞いたりする」のが好きというか。また最近、庭のある家に引っ越したので、そこでガーデニングをするという新しいチャレンジも始まりました。きれいな花を咲かせるために、「自分でやる」のが楽しいのです。これは私の父ちゃんも似た所があって、例えば本は小説は全く興味が無く教養系の本がメインですし、TVもやっぱり教養系か、好きなジャズコンサートのライブくらいしか観ません。それよりもDIYや家事、楽器演奏のほうが好きなようです。隣の家の犬がケガをしたので車いすを作ってあげたこともありました。

https://note.com/yuki1192/m/mb8c5d1e85ada

以前父ちゃんは、「親に認められたいってのはずっとあったなー」と言っていました。父ちゃんの両親(私から見ると祖父母)は離婚しており、母親に育てられていました。女性が一人で働いて子供たちを育てるのは今以上に厳しい時代だったと思います。親とのつながりが薄いと、認めてほしい欲は上がりますよね。子供が親の愛情を求めるのは多くの生き物で共通している事です。さらに子供にとっては親が最初の社会なので、それに認められる事は、社会に居場所が出来るのと同じ事でもあります。親や社会が居場所として機能しないと多くの生き物の幼体は死んでしまうので、それを求めるのは生き物の本能でもあります。鳥の赤ちゃんが結構大きい声でピギーピギー鳴くのも、その本能の強さゆえですよね。そして我々人間が、大人になっても親を求める感覚が残るという事はよくあります。直接誰かに親的存在を求めるパターンもあれば、代替行為として何かに没入することもあります。父ちゃんも親に認められる事の代替行為としてDIY等をし続けているのかもしれません。これを読んでくれている人の中でも、思い当たる人はいるのではないでしょうか?欠落した親子関係の代替行為として、何か承認を得るために頑張ってしまうような。

そしてその、「親に認められたかった」を聞いて、あーやっぱ自分と似てるなーと思ったんです。私の場合、両親には恵まれていましたが、以前のブログに書いたASD傾向のせいか、周りとのずれをずっと感じていました。なんだかいつも周りとずれている、社会に居場所が無い感覚です。そして居場所を作る一つの手段が「自分でやる」だったのです。自分でやって社会に認められれば、居場所が出来ると思ったのです。何かにチャレンジする事が、自分はここにいるとアピールする事だったのです。それは「漫画家で大ヒット作を描いて日本中にアピールしたい」も、「描いた漫画を持ち込みして目の前の一人の編集者にアピールしたい」も一緒です。だから今でもWEB上の読者に向けて描き続けているのです。

https://note.com/yuki1192/n/nacbe66fb843e?magazine_key=m1e33821197a1

それとは別にもう一つ、自分と世の中を知るためにチャレンジをするという感覚もあります。例えばお花を自分で育てると、近所の家や公共施設に飾られているお花は管理する人がどういう手順でやっていたかを知る事ができます。バイトもそうですよね。その分野にはどういう人がいてどういう事を考えているのかがわかります。そしてそれらを自分でやる事で、自分とそれらとの関係性も分かり、それを通して自分がどういうタイプの人間なのかが分かるのです。まめに水やりができる人間なのか、カラオケのバイトでドリンクを作るのが遅くてそれは冷蔵庫にいろいろ入っていると選ぶのに時間がかかる人間だからなのか、といった具合にです。それにより自分が社会に居場所を感じられない理由、どういう部分がずれていて、ではどこなら居場所になりえるのか、そういった事をわかりたいという感覚があるのです。なので、私には何かをする時に面倒だという感覚が薄いです。元をたどれば生き物の幼体が居場所が無いと死んじゃうピギ~と鳴いている本能を大人になっても持ち続けているような感覚なので、面倒を超えた欲求なわけです。

妻ちゃんはよく「私みたいな面倒臭いメンヘラとよく一緒にいれるね~偉い偉い」という意味の事を言います。それも同じで、面倒というよりはメンヘラ性というのは私にとって新しい世界だったので、それについて勉強して新しい世界を知る行為にチャレンジ性があるのです。そしてその勉強した事を活かして妻ちゃんのケアをするのも、チャレンジでありやりがいのある事なのです。言わば人生を使ったチャレンジですよね。それが自分を知る事にもつながりますし、noteに大量に載せているような漫画のアイデアにもなって新しく人間関係も出来るしで、少し自分の居場所が広がる感覚もあります。良い事です。

https://note.com/yuki1192/n/nbf1f85292b02?magazine_key=m0b7b30a5d458

最後に、ここまでいろいろ書いてきましたが、結局のところ私は絶望感の方が強いです。もちろん毎日楽しく過ごすようにはしています。でも、「楽しい」と「絶望」は相殺し合う要素では無いのです。「楽しいけど絶望」は成り立つのです。それは、楽しいは現在の事で、絶望は未来の事で、全然別の事だからです。妻ちゃんは昔と変わらずずっと体調が悪いですし、むしろ悪化しています。我々には子供がいないので、未来につながるポジティブな何かもありません。そして両方の原因は妻ちゃんが生育過程で受けて来た歪んだ思考パターンの押し付け、要は欠落した親子関係、そしてそれによる世の中のとらえ方の悲しい歪みです。そしてそれは思いのほか根強く、私が解決する事はできないんじゃないか…と思い始めました。ピギ~ピギ~と鳥の赤ちゃんが鳴くのは親鳥の愛を求めているからであって、よそのサルか何かがエサを運んできても、本質的な満たされにはならないのです。でも人生を使ったチャレンジなので、サルの私はエサを運び続けるわけですが、私の体調も良くは無いですし、いつか私が先に死んでしまったらこの子はどうなってしまうだろうかという気持ちが何をしていても抜けません。私の方がずっと年上なのでその確率は高いです。

https://note.com/yuki1192/n/n4702767bb6d7?magazine_key=mba96e2f2675e

そして単純に、これから先は親しい人たちは死んでゆくし、実際にポロポロ何人か死に始めているというのもあります。妻ちゃんの父親の介護をしていた頃から、毎日死の事を考えながら眠りについています。死ぬのが恐いわけではありませんが、ぼんやりとした寂しさというか、最終的には居場所というものは存在しないのだろうかとか、そういった一連の流れが、私の絶望感の根底にあるものです。妻ちゃんの存在も、私にとって一つの居場所ではあるのですが、それよりもエサを運びの使命を持ったサル感が強いのと、やっぱり悲しみと隣り合わせの感覚は消えません。

https://note.com/yuki1192/n/nbf1f85292b02?magazine_key=m0b7b30a5d458

時々、自分が何か「受け身の娯楽」に夢中になっていればこの絶望感はましになるんだろうな、と思います。何かアニメやYoutube、スマホのガチャをひくゲーム、アイドルのコンサート、豊富な食文化など、日本は受け身の娯楽にあふれていますよね。そしてそれらの多くは「麻酔」として機能するものです。現代の日本は精神的に生きづらさを感じている人が多く、だから麻酔が発展したのは間違いないです。私もみんなと同じようにそれらに夢中になれば、麻酔が効いて少しましなはずです。でも残念ながら何かの強力なファンになった事はないし、小さい頃からの基本マインドとして、受け身でいる事に安心感が無いのです。なので、そのかわりに「自分でする」、要はチャレンジをし続けるわけです。元々は居場所を見つけるためだったチャレンジが、今は絶望感の落としどころを見つけるためのチャレンジに変わってきています。なので、これからもずっとチャレンジは続くのです。

最初に私は、自分のチャレンジを紹介する時に「自分で言うのも何ですが」と謙遜ぽい前置きをしましたが、チャレンジをする事は偉い事ではありません。チャレンジしなくてもいい人生は、それだけ安心と安定に包まれている証拠だと思うんです。親が離婚して貧乏ゆえの欠落した親子関係もないし、周りとのずれも無いし、絶望感も無いという表れですよね。でも、チャレンジしたいけど勇気が出ない的なパターンの場合は、安心安定が無いけど動く事もできないという辛い状態だと思います。そしてその勇気が出ない原因の一つに、チャレンジが世の中的に偉くてすごい事認定されているせいがあるような気がするんです。チャレンジ例として目立つのが、自分を磨くためとか世の中を変えるためとかの立派ぽいものが多いからです。でも私のように、大して立派でない理由でチャレンジする人も大勢いるのです。私のブログを読んで「なんだチャレンジする人も結構ジメっとしてるな」と知る事でチャレンジのハードルが下がって、よりよい自分につながるお助けになれば嬉しいです。

[おまけ]
似たようなテーマで以前にもブログを書いていました。ちょっと違った視点なので、こちらもぜひどうぞ。


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