監査人による分析的手続
1.初めに
blanknoteさんが、Advent Calendarを主催頂けるとのことで、参加してみました。
周りのエンジニア含め、よくやっているのを見かけますが、私自身初めて参加しますので、拙い文章ですが、お付き合いいただけますと幸いです。
また、私はたかだか監査歴4年目になる若造なので、誤っている点があればご指摘ください。
2.簡単な経歴
私は、大学院修了後、ベンチャー企業で経理を含むバックオフィス全般の業務、業務フローの整備、IPO準備、監査対応や主幹事対応等々やりつつ、公認会計士の勉強をしてまして、合格後の今は監査法人で上場企業の監査やIPOの監査、IT監査に携わりつつ、複数の兼業先でアドバイザリーやコンサルをやってます。
3.本記事の位置づけ(読者)
監査法人に入って行う、分析的手続。結構大事な手続である一方で、監基報上もふわふわしていて腑に落ちていない方も多いのではないでしょうか。
例えば、コンサルティングファームなどに行くといわゆる思考のフレームワークだったりを習うかと思いますが、監査法人では会計基準、監査基準などは当然にやるものの、どうやって思考するか、また思考のフレームワークなどは先輩を習って学ぶくらいしかないのではないかなと思っています。
そんなフレームワークを紹介しつつ、読者の方が一歩踏み出した分析をできるよう力添えが出来ればと思います。
そんなこんなで、昨年修了考査の勉強の休憩時間に色々と考えて作っていた資料を寝かせていたので、改めて掘り起こして書いていきたいなと思った次第です。
主に監査法人に入所した新人向けに書きたいと思いますが、監査法人ってこういう視点で分析しているのか、また経理の方も趣旨を理解できるように心がける気持ちです。
(余談ですが監査人側も事業会社に資料依頼する時はなぜその資料が必要なのか趣旨を丁寧に説明するように心がけてもらえると良いかと思います。)
後段にも記載ますが、特に経理の方もこういった分析を行うことで業務上のメリットは沢山あると思いますので、是非とも参考にしてみてください。
※この記事に記載の内容はすべて個人の見解であり、現在または過去に所属した組織の意見を代表するものではありません。また、本記事を踏まえたうえで、監査調書を作成した場合でも各監査法人の内部基準を満たすかは別の話であるため、ご了承ください。
【参考】用語の定義
主査:監査現場における現場責任者を指します。インチャージだったり、主任など監査法人で呼び方も異なるほか、負っている業務範囲も結構法人によって色がありますが、本記事では、サインはしないけれども、現場でクライアント全体を統括している責任者程度に思ってもらえると良いかと思います。
監基報:監査基準報告書の略。会計監査人が監査を行う上での監査の実務指針に当たります。必ずやらなければならない要求事項やその解釈に当たる適用指針に分けて記載されてます。2022年に組織変更で監査基準委員会報告書から監査基準報告書に変わってますが、だいたい省略してしゃべることが多いので、知らない人も多い模様。
監基報ってどれくらいあるの?という方は「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語(監査基準報告書(序))」を読んでもらえるとその体系だったり用語の定義が分かるかと思います。
重要な虚偽表示リスク:監査が実施されていない状態で、財務諸表に重要な虚偽表示が存在するリスクをいい、誤謬による重要な虚偽表示リスクと不正による重要な虚偽表示リスクがある。(財務諸表監査における総括的な目的(監査基準報告書200))
4.なぜ監査人は分析を行うか
少し監査をやったことのある方へ
なぜ分析的手続を行うのでしょうか。
入所後とりあえず分析をしたときは以下のように考えてしまうことも多いのではないでしょうか。
また分析をしておいて!と主査から言われても、何をどこまでやるの!?みたいなことも多く、気づいたら朝なんてことも。。。(私だけです)
ちなみにここでは主に増減分析について取り上げたいと思います。多くの監査法人では、P/Lは前年同期比、B/Sは前期末比と増減を取って検討していることも多いのではないでしょうか。ちなみにこの期間比較は、開示書類に揃え、その期間で分析しているという認識です。これはあくまで監査人が、経営者が作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて(適正性の観点)監査を行い、その結果を監査意見として表明するために行っているで、財務諸表本表に異常が無いか検討するか把握するためには開示書類に揃える趣旨です。
そこでまずは、監基報に書いてあるということで、監基報を開いてみましょう。このように監査でまず???となったら監基報を読むことをお勧めします。多くの大手法人だと社内マニュアルが充実していたり、結局はそっちのマニュアルが重視されると思いますが、修了考査は当然監基報ベースですし、あくまでベースはそちらなので、監基報→社内マニュアルと閲覧順を決めておくと、修了考査の監査論はそんなに苦戦しません。
それでは、関連する監基報を見ていきましょう。
分析的手続(監査基準報告書520)第3項
「分析的手続」-財務データ相互間又は財務データと非財務データとの間に存在すると推定される関係を分析・検討することによって、財務情報を評価することをいう。分析的手続には、他の関連情報と矛盾する、又は監査人の推定値と大きく乖離する変動や関係の必要な調査も含まれる。
適用指針
A1. 分析的手続は、企業の財務情報と、例えば、以下の情報との比較についての検討を含む。
・ 比較可能な過年度情報
・ 予算や見込みなどの企業の業績予想、又は減価償却の見積りなどの監査人の推定
・ 業界情報(例えば、企業の売掛金回転率についての業界平均、又は同程度の規模の同業他社との比較)
A2. 分析的手続は、例えば、以下の関係についての検討も含む。
・ 企業の実績が示すパターンに基づいて一定の推定が可能な財務情報の構成要素間の関係(例えば、売上総利益率)
・ 財務情報と関連する非財務情報との間の関係(例えば、給与と従業員数)
どうやら監基報の定義に従うと、推定される関係を分析、検討して財務情報を評価することみたいです。でも何で財務情報の評価を実施するの?というと別の監基報にこんな記載があります。
重要な虚偽表示リスクの識別と評価(監査基準報告書315)
《① リスク評価手続として分析的手続を実施する理由》
A25. 分析的手続は、監査上留意すべき他の関連情報との矛盾、通例でない取引又は事象、金額、比率及び傾向を識別するのに有益である。識別された通例でない又は予期せぬ関係は、監査人が重要な虚偽表示リスク、特に不正による重要な虚偽表示リスクを識別するのに役立つことがある。
A26. リスク評価手続として実施する分析的手続によって、気付いていなかった企業の状況を識別したり、変化などの固有リスク要因がどのようにアサーションにおける虚偽表示の生じやすさに影響を及ぼすのかについて理解することがあり、それゆえ、分析的手続は重要な虚偽表示リスクを識別し評価するのに役立つ。
分析的手続(監査基準報告書520)第2項
《2. 本報告書の目的》
2. 本報告書における監査人の目的は、以下を行うことである。
(1) 分析的実証手続を利用する場合に、適合性と証明力のある監査証拠を入手すること。
特に、重要な虚偽表示リスクの識別と監査証拠の入手のためにやっているようですね。
これで財務情報を評価する目的は分かったかと思いますが、一方の財務データ相互間又は財務データと非財務データとの間に存在すると推定される関係って何でしょうか。
そもそも推定って?ということで広辞苑を開いてみます。
推定:①推測して決定すること。おしはかってきめること(広辞苑第7版)
これでもよく分かりませんね。。。
ちょっと監査現場の視点に戻して考えてみたいと思います。
監査現場で以下のような光景を見た人もいるのではないでしょうか。
新人がクライアントに対して、分析コメントを埋めるために質問したら見当違いな質問で怒られたり、往査初日に分析調書の箱は作ったものの、何から埋めていけばよいかなど困惑した結果、単に前期調書をなぞるだけで済ませてしまう人もよく見ます。これは、そもそもの企業理解もそうですが、なぜ分析をやっているのか、よく分かってないからだと思います。
一方で、主査はどうでしょうか。
主査となると、クライアントから相談を受けても大枠からずれたことを言わなかったり、往査初日にもかかわらず、クライアントの概況を理解している人も少なくありません。(そうでない主査もいるよ!という方は胸に秘めてください)
この違いは、企業理解や会計監査などの基礎知識もそうですが、会社の状況を推定できる力が大きいからだと思ってます。
この推定する力を経験値として学ぶのではなく、いくつかのアプローチを用いて、既に確立した手法を元にそのやり方を明らかにしていこうと思います。
「地頭力を鍛える細谷 功著」 では思考方法として、三つの方法が紹介されております。
この具体的な思考方法は是非とも書籍を読んでいただきたいですが、こういった思考法を駆使して、増減分析のコメントを記載している人は、レビュワーから見ても企業の概況がすぐに分かりますし、何より企業理解が進んでいるという印象を与えられるかと思います。また、事前にリスク評価を行えることから、監査の炎上も未然に防ぐことができます。
(炎上についてはこちら)
次にこういった思考方法をどのようにして日々鍛えるかについて記載していきます。
5.考える力とは
(1)フェルミ推定
皆さま、「フェルミ推定」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。よくコンサル会社の入社試験などに出されることも多いため、実際に就活で経験された方もいるかと思います。(余談ですが、監査法人もこういった面接を取り入れれば良いのにとは思いますが)
フェルミ推定とは、例えば「東京都内に郵便局はいくつあるか」「日本中のプロ野球選手は何人存在するか」といった一見すると把握することが難しく、それを把握することに意義を感じないものについて、何らかの推定ロジックにより短時間で概数を求める方法です。
フェルミ推定の詳細な話や実際の問題などは個々人で調べて欲しいですが、この推定方法は上記の思考力をいずれも鍛えられるので、大変お得なものになってます。フェルミ推定は身近なものも題材にできるので、日々のトレーニングにも組み込みやすいと思います。是非興味のある方は上記に記載した書籍などフェルミ推定に関する書籍は多数あるので手に取ってみてください。
(参考)
こういった思考力をベースとして実際の監査調書例を基にどのように記載しているか、一例を書いてみようと思います。
(2)仮説思考力
ものすごいざっくりと記載しましたが、このように監査調書上、監査人の推定を行ったうえで、いざ増減分析を行い、それが監査人の想定通りだったのか、はたまた監査人が理解していない、もしくは誤謬などにより推定と乖離していたのか検証を繰り返すことを行います。これを継続的にやることで、クライアントの業績が変化しうる要因は何なのか、常にアンテナを張ることで、財務諸表をざっと見ただけで異常点だったりを見つけることができると思います。特にパートナーのような長年監査に携わっている方々が財務諸表を眺めるだけで誤謬を見つける場合がありますが、この思考力によっているのだと思ってます。
特に分析は、まず会社の元帳を片っ端から見始める、会社資料を全て目に通すなどやっていたら時間が足りないため、結論から考えて、効率的に情報収集を行うことは必須だと思ってます。
(3)フレームワーク思考力
上記の仮説思考では、PLの売上高や営業利益といった大枠で捉えるために行います。ただ、それだけでは分析の粒度が粗いため、さらに個別の科目単位で分析を行うことが多いです。
例えば売上高というと、どういった切り口での分析が考えられるでしょうか。「商流別」「取引先別」「地域別」など複数の切り口が想定されると思います。また売上高は分解するとP(価格)×Q(数量)の合計額であり、さらに複数のPとそれに対するQの掛け算の合計額で売上高は決まってきます。このように財務諸表を因数分解して分析を行いますが、この分析を行う前提として、企業理解や科目理解が不可欠です。そのため、以下のように分析調書にその前提となる理解を書いておくのが望ましいと思ってます。
このように科目の理解に関するコメントを記載しておくと、当期は○○という企業環境であることから、その結果としてその科目はどのように変化するはずであるという推定ができるようになり、監査人の理解と相反する増減をしている科目について、なぜそうなのか調べることで、さらなる科目の理解や誤謬を見つけることができるかと思います。よく、金額に増減がないことからコメントしない人も見受けられますが、例えば、減損してしまっているにも関わらず、減価償却費が同様に発生していることや、単に売掛金が滞留しているなど科目によっては増減しないことが異常である場合もあり得るため、なぜ増減しているか、またはなぜ増減してなくてよいか理解しておくことが肝要です。
また勘定科目は、相関性のあることも多く、例えば売上高が大きく増加した場合、手元の在庫は掃けることから棚卸資産は減少する可能性が高いです。このようにある科目が増加/減少した場合に他の科目が相関して動いているか検証を行うことも大切です。
こういった科目理解は担当者が変わってもすぐに企業理解にも役立つことから、監査工数の削減や引継の効率化にもつながると思います。はじめこそ作成は大変ですが、是非ともチャレンジしてみてください。
分析のコメントの粒度は(2)仮説思考力では大きな切り口で見ていますが、こちらではより粒度が細やかなになってます。このように大きな切り口で全体をとらえる一方で、よりリスクがある項目は社会的要因といった外部要因から事業会社内部の要因とより細かく分析することで、当期の事業の動きや異常でないかどうか(=説明可能か)といった観点で見ることができます。
切り口も自分自身で決めていくことは大事ですが、まずは会社がどういった視点で見ているのか、セグメントだったり予算や会議資料に合わせていく方が良いです。不正するにしてもその動機の多くが、こういった資料と辻褄をあわせるためなので、その切り口から異常が無いかどうか見ていきましょう。
留意点としては、この科目の理解を前期調書から延々と引き継いでいる場合、更新がされてなかったりで前提と異なっている場合もあります。
やっぱり前期調書なんて信用できないこともあるので、本当に変化していないか、あまりにも固執せずにあくまで参考情報として分析しましょう。少しでも違和感を持ったら深堀していく姿勢は大切です。
(4)抽象化思考力
上記では、主に会社内部の要因に目を向けていましたが、業種によっては会社外部との要因の影響が著しく大きい業種も存在します。
特に小売業などはその典型だと思いますが、同業他社の売上高と強く関係性があるような会社の場合、まず売上全体について、外部のレポートと比較して、クライアントの売上高がそれと乖離していないか、乖離している場合はなぜ乖離しているのか調べてみることで、会社固有の事象が起きていることや、誤謬または不正だったりの発見に寄与すると思います。
これには、会社の理解だけではなく、業界全体の理解であったり、経済活動全体を常に把握する必要があるので、ニュースや新聞のほか、業界情報を調べたりとその知見を常日頃からブラッシュアップする必要があります。
この分析方法の留意点は、外部データと整合していればいいやとその後の分析を掘り下げず、思考停止する可能性がある点です。深堀すると、数字がいり食っていたりして誤謬が生じていたなんてこともあるので、上記で説明した方法をうまく組み合わせつつご活用ください。
5.監査の現場に入る前に
いくつか思考方法を紹介していきましたが、こういった思考・分析は、往査前にできることから、往査初日はその仮説が正しいか検証する時間として使い、その推定と乖離するならクライアントの方々と積極的にコミュニケーションをとってその解消に時間を使いましょう。
主査は特に分析が監査計画時におけるリスク評価と乖離していないかどうか特に注意を払ってください。
6.財務諸表分析は監査人が行うものか
これまで監査人としての分析手法をいくつか記載してきましたが、これらは監査人だけの手法なのでしょうか。私は会社の経理こそ、これらをやるべきだと思ってます。それはあくまで財務諸表の作成責任は会社にあり、会社が責任を持って積極的に誤謬、不正を見つけ適正な財務諸表の作成を行ってほしいことや、監査の一環として、監査法人の質問が行われますが、これらを事前に分析して監査法人に提出することで、その後の監査人からの質問を大幅に減らし監査工数を削減できるためです。結果として、会社決算の早期化にもつながるのではないでしょうか。監査人はあくまでその検証する大半をクライアントから受領したデータで分析している以上、クライアントのほうが分析のために使用できる情報量は多く、より深度ある分析を行えると思います。是非とも、経理の方はやってみてください。
7.終わりに
監査における分析はどの場面で行うのか、何のために行うかなどは監基報等に記載がある一方、分析それ自体のやり方って何処にも書いてないよね?普段どう心がけてる?と同期と話していたことがきっかけで作っていたメモを文章化しました。偉そうに思考法をいくつか紹介したにもかかわらず、文章量や粒度が違うやんと突っ込みを受けそうですが、ご容赦ください。ご質問等あれば、QuerieなりDMなり気兼ねなくお送りください!
改めてお付き合いいただきありがとうございました!!