【子育て】母親は強くなっていくんじゃない。心強くなっていくだけなんだ。
なんか真面目そうなタイトルですね。
ゆきママって最近真面目ぶってない?ヒソヒソ。キャラ変でもするつもりかしら。ヒソヒソ。無理なのにね。ヒソヒソ。
あっ、みなさんこんにちは。
今日はここ最近の私の学びをアウトプットしたいと思います。
というのは嘘で、
自分が忘れたくないから、これからの人生で壁にぶち当たったときに読み返す為に書こうと思いまする。そう全ては自分のために。
乾杯。
次男が2度目の手術を終え、
先日、術後2週間の診察へ行ってきた。
視力検査やら色々な機械?を使って調べた後、主治医の診察。というのがいつもの流れだ。
次男と2人で診察室へ入ると、主治医が検査結果を見てうーんと唸り、次男の目を機械で覗き込み、またうーん。と唸った。
あーあまり良く無いんだろうな。
今年の7月から、ほぼ毎週病院に通い
なんども先生と接しているので、なんとなく先生の性格が分かってきた。
あまりよく無いんだろうなー。
先生はこう言った
「うーん。もっと視力上がると思ったんだけどな…充血も結構出てるねー。今次男くんの視力は矯正して0.2だね。それと乱視も強いな…。うーん。もっと見えると思ったのになー。」
何度も何度も次男の目を機械で見てくれた。
先生の説明をあまり聞けず、ぼんやりとあれこれ考えてしまった。
すると先生が慌てて
「失明させない事が1番だったんだから!」
急に励ましてくれた。
先生は横柄で怖いけど、私が落ち込むとすぐに励ましてくれる。
そして実は、めちゃくちゃ次男の目と心の事を考えてくれていることを私は知っている。
次回また2週間後に。
と診察室を出た。
それから次の診察まで、
私は他人に対して優しくなれなかった。
笑っているけど心の底では笑えない。
なんだかなー。
夜中に次男の右目にそっと自分の手を当ててみた。【手当て】という言葉があるけど、私の手から特殊能力が出て、目が見える様になれば良いのに。
次男はサッカースクールに通っている。
いや、詳しくいうならば、通っていた。
事故当日の1回目の手術の日が練習日だったので、手術中にコーチに電話をして全てを話したら、
「休会もお金が掛かってしまうし、お金なんていらないから、この電話で一旦退会扱いにしよう。運動が出来る様になったらいつでも遊びにおいで。待ってるからね。あまり落ち込むなよ。」
たくさん励ましてもらい、
特別な配慮をたくさんして下さった。
次男元気かな?2回目の手術も終わったし、気分転換に遊びに来ないかな?とコーチが言っていたよ。と他の保護者から連絡をもらった。
そんな訳で先日、久しぶりにサッカースクールに遊びに行ってきた。
コーチもお友達も元気かー?!と次男を笑顔で迎えてくれた。ありがたいなと思った。
術後の次男の様子を説明し、今の視力がイマイチ上がっていない事、でも次男も私も元気です!もう大丈夫です!と明るく話しをした。
するとコーチが言った
「母ちゃん、俺はこの仕事を40年やってるけど子供達が信じられない奇跡を起こしたのを、この目で何度も見てきた。」
※あっコーチは私を母ちゃんと呼ぶ
「そして奇跡を起こす子って、みんな共通している気がするんだ。文句言わない子、健気な子、お母さんがとにかく明るくて前向きな人。俺が見てきた奇跡を起こす子に次男が全部当てはまってるんだよ。」
「これから先、目の事で何度も悔しい思いをするかもしれない。でも俺はこの先もずっと次男の事を応援してるからね。母ちゃんも負けるなよ。」
言葉が出なかった。
ありがとうございます。も言えないくらいボロボロ泣いてしまった。泣きながら何度も深く頭を下げた。
でも、この涙は悲し涙ではない。
嬉し涙だ。私は嬉しくていっぱい泣いた。
この話はまだ次男には言わないでおこう。
もう少し先に、なにか悩みが出てきた時に今日の話をしようと思う。
オットに………も言わないでおこう。
オットなんて奇跡が当たり前で必然だと思っている。お前何言ってんだ?と私のメソメソをきっと笑うだろう。
ヤツには絶対言わない。
今年は今までの人生で、1番苦しかったかもしれない。でも、苦しい以上に感謝も多い年だった。
私は今まで生きてきて、こんなにも誰かに感謝したことがあっただろうか?
病院の先生、入院中のサポートをしてくれた両親と義母、一緒に涙を流してくれた友達や幼稚園の先生、サッカーのコーチ、そしていっぱい元気をくれたスタエフの仲間、私の名前も顔も知らないのに祈ります。とコメントを下さったnoteのみなさん。
感謝という意味、身をもって初めて分かった気がする。
そして、お母さんってこうやってたくさんの人に支えられて心強くなっていくんだろうなと思った。決して強くはないんだよな。
#おしまい
#まじめか