大学時代に不登校になったこと⑧~今、大学へ行けない人へ~
12.自分がそうなっている人はどうするべきか
もしかしたら、今この記事を読んでいるあなた自身が不登校になっているかもしれない。もしそうであったとき、あなたは自分一人の力で現状を何とか解決しようとしていないだろうか?
残念ながらそれはとても難しいことだ。
なぜなら、あなたは今、精神的に不調に陥っている可能性が高い。そして、精神的に不調に陥っているとき、人は正常な判断を下すことができていないからだ。それをまず認識しなければならない。
あなたはきっと毎日、布団の中で「どうして大学に行けなくなってしまったのか」とか「これからどうすればいいのか」とか悩んでいることだろう。そのような思考の渦は決して具体的で実行可能な前向きな結論を下さない。過去への後悔と将来への不安がぐるぐると負のループを下っていき、後ろ向きの袋小路の中であなたを苛ませているのではないだろうか。
そして、そういった中で
・自分はダメな人間だ、もう大学を辞めてしまおう
・明日から研究を120%でやって遅れを取り戻そう
こんなことを考えてしまってはないだろうか。
あなたが下す結論は、ただただ自分を否定するだけの内容であったり、前向きにみえて実行不可能なプランを考えてはいないだろうか。それでは、ますます状況を悪化させるだけだ。
巷にある心の相談室には決まって「ひとりで悩まないで」と書かれている。なぜか?
―――それは、いったん不登校という状態まで陥ってしまうまで精神的に参っているとき、あなたのマインドは決して前向きではなく後ろ向きになってしまっていて、すでにあなたは正常な判断を下せなくなってしまっているからだ。
だから、自分一人の力で現状を何とか解決しようとせず、周りの人の力を頼ってほしい。
具体的には精神科や心療内科を受診する。研究室の先生に現状を報告する。できれば保護者や友人、周りの信頼のおける人にも現状を報告する。そうやって自分の現状を多くの人に知らせて把握してもらったほうが良い。
でもあなたは思うはずだ。「迷惑をかけたくない。心配をさせたくない。こんな自分を見せることが恥ずかしい」
本当にそうだろうか?
考えてみてほしい。小学校から大学まであなたの周りに不登校の人がいなかっただろうか。あなたはその人のことを迷惑だとか思ったことがあっただろうか。あなたはその人のことを心配こそすれ、その心配はあなたの負担になるだろうか。そんなことにはならないはずだ。
今までこの文章には当時の私のありのままを書いたつもりだ。この文章をここまで読んで、あなたは不登校の当時の私のことを恥ずかしいやつだと思っただろうか。別にそんなこと思ってないはずだ。
べつに周りは迷惑ではないし、恥ずかしいとも思っていない。
むしろ逆だ。みんなが、あなたの「助けてくれ」という声を待っている。
周りはみな、あなたを助けたいと思っている。ただ周りもどうしていいかわからないのだ。最近あなたが元気がないことも分かっているし、悩んでいることも、大学に行けなくなっていることも分かっている。しかし、あなたが「助けて」と言ってくれないと、どうしても手を差し伸べることを躊躇ってしまうだけなのだ。
あるいは、心療内科、精神科を受診することに抵抗がある人がいるだろう。しかし別に心療内科や精神科を受診することは何らおかしなことではない。
外部環境やストレスで胃腸が異常をきたせば、内科で整腸剤をもらって飲むだろう。それと同じで、外部環境やストレスで脳が異常をきたせば、心療内科や精神科で精神薬をもらって飲むことに何か違いがあるだろうか。
うつ病や適応障害を「こころの病気」と呼んで、目に見えない「こころ」に帰着した問題ととらえるから変な抵抗感が出てしまうのだ。「こころ」というのは脳のはたらきであり、脳のはたらきの不調は、医師によって原因を取り除き、医薬品を用いて治療したり症状を緩和することができる(もちろん医療にも限界はあるが)。
それに身体的な病気の治療と同じように、精神上の病気を治療するには原因の解明と対策がなければ改善しようがない。カウンセリングを通じて、原因を明らかにして要因を取り除いたり、環境を変えることも必要になる。それはあなた一人だけでなく、周囲の協力が必要なのだ。
だからこそ、専門家や周囲の人への相談を躊躇わないでほしい。
〇これからカウンセリングを受ける人たちへ
これから専門家によるカウンセリングを受けてみようと考えている人たちに心に留めてほしいことは、精神の回復は少しずつであり、焦らないでほしいということだ。
カウンセリングを受ければ、治療薬を服用すれば、翌日から元気よく研究室に戻って研究だ、とはならない。
不登校が長期になれば、不登校から回復したとしても、いきなり研究室に戻って研究を以前と同じようにできるようになることを期待してはいけない。研究活動というのは、人とのコミュニケーション、肉体労働、頭脳労働、専門性などが組み合わさった高度な活動だ。不登校の間、その研究の基礎となる社会活動や身体運動をしなかったのだ。朝起きて外に出て人と会話したり、一日中立ったり座ったりする、そういった平時は当たり前と思っていることですら、とてもハードルが高くなっている。
症状によっては、
・研究室に行って簡単な本を読んだり掃除をしたり、負荷の低い活動から始める
・アルバイトやサークル活動など研究とは別のことからはじめてみる
・いったん実家に帰って生活リズムを整える
と、研究の前段階から始めることも必要かもしれない。
また、私と同じように回復の途中で、不登校が再発するかもしれない。私以外の人でも再発のケースを知っている。
脳機能は必ずしも一直線に回復に向かうものではない。回復期にあっても昨日より気分がふさぎ込んでしまう日もあれば、先週できたことが今週出来なくなっていることもある。そのことに決して傷つく必要はない。
不登校になった期間と同じくらい、回復には時間はかかる。就活や卒業といったスケジュールはあるが、それに執着して焦ってはいけない。研究室の先生や医師、カウンセラーなどのアドバイスを受けながら自分のできる範囲で取り組んで行こう。
〇不登校で休学・留年してしまった人へ
大学までは1年の留年や浪人に敏感になってしまいがちだ。しかし、社会人になればわかる。1,2年の浪人や留年は誤差。ほぼ存在しないに等しい。社会に出れば大学を中退して再入学した人、社会人を辞めて大学に行く人など色んな人がいて、そういう人たちも支障なく社会人をやっている。
不登校になって留年になったとしても人生に傷がついたと気にする必要はない(そんなことを気にしていたらますます大事な時間を失いかねない)。
休学したって別に構わない。いったん休んで、またやり直したいと思えば大学に戻ればいい。大学はあなたの人生のほんの一部でしかないのだ。
ただ、10代や20代は学歴くらいしか自分が何者であるかを証明できるものがないから、大学なんて人生のほんの一部という気持ちでいなさいということは酷かもしれない。
私は30代なので、卒業した大学や最終学歴は英検2級くらいの価値しかないことをもう知っている。だから今は、遠い10年後の将来には、学歴なんて関係のない世界にいけるということをただ知っておいてほしい。
休学や留年を人生の汚点などと気に病むことは全く必要ない。
(⑨に続く)
はじめから読みたい方はこちらから