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世界は、美しくないからこそ、愛しくて綺麗で、今日も輝く。

旅はそう教えてくれている。
 
ぼくらが不完全であるが故に。

「ぼくはね、ずうっとひとりで旅をしていたんだよ。

そうしたかったんだ。」

「それはどうしてなの?」

「どうしてだろうね。」

そよ風に吹かれながら君が話し始めたのは、夜が深くなり、そろそろ焚火の日が欲しくなった頃だった。

こんなにも澄んだ空気なのに、空は曇って星が見えない。

「…結局、ぼくは深く関わるものぜんぶ、嫌いになってしまうからかもしれない。」

君の目にふわりと浮かぶ悲しみの色に、僕は静かに焦りを感じた。静かで、でも深い、君の隣にいることへの焦り。

君は雲の上の星を見通すように空を見た。
君の眼の色は、今、夜の色だ。

「好きなものを、好きな人を、好きなままで居られた試しがないんだ。生きる為に必要なことを考えていると。」

一言一言、選ぶようにゆっくりと声を出す。

「そんなぼくを、ぼくは嫌いじゃない。

でも、何かを、嫌いになる瞬間の気持ちは、どうしても嫌でね。目の底に、好きだった頃の光景が浮かぶ。そこへ、薄い涙の膜が張って、滲むんだ。そして遠ざかる。

見えるすべてを嫌いになる前に、離れたかったんだ、ぼくは。」

つづいた一言は、僕には祈りのように聴こえた。

「世界は綺麗なままがいい。」

僕は、黙っていようかと思ったひとことを、静かに君に投げかける。

「…その中に、いつか僕も入っちゃうのかい。」

君は眼を空からこちらに向ける。
まんまるい君の眼も一瞬静かに焦った。
でもすぐに細くなり、穏やかで暖かい色が広がった。

「きみと出会ったのが、旅の途中でほんとうに良かった。」

僕の焦りの端も、その色にゆらりと染まる。

「ぼくが、ぼくの国できみと出会っていたら、嫌いになっただろうな。

ぼくはそういうやつだから。

だからぼくは旅に出たんだもの。」

君は僕の視線を柔らかく包むように話をした。空を見ていたときのような、夜の眼ではなかった。

「ぼくがぼくを嫌いにならずに済む世界で出会

ったきみと、旅をするのはとても楽しい。」

「明日も、明後日も、いっしょに行こう。

いっしょに見よう。綺麗なものも、そうじゃ

ないものも。」

僕の声が空に広がる。
いつのまにか、雲は晴れていた。

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