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水槽のパノプティコン
空白は埋められた。
眼前には怠惰の潮流が、忌々しくも粛然と流れ、私たちが作られた存在であることを自覚させられる。
この場所は半球状の空間で、等間隔に埋められた白燈はコンクリートの無骨な色合いを鮮明に映し出し、壁に空いた無数の小さな穴からは、数多の眼光がどこでもない何かを睨んでいる。それらは細かな粒子の如く、液体や身体さえも貫通するように、私たちを通り過ぎてどこかへ消えていった。
翻ることもなく、抑揚なく漂うこの体が、外にいる彼らの人生を彷彿とさせること以外においては、私たちは完璧な存在とも言えるが、私たちもまた、この世界の住人であると自覚してからは、もはや尾鰭を優雅に靡かせることもなく、鉄の臭いで充満したこの水槽に沈むことを恐れながら、世界を知ったつもりでいる少年のように深海の底を溺れるようにもがいていた。
「朝になれば花が咲くだろう」
誰かがそういった。
彼らは夜に眠り、朝になれば這い出てきて、死者のごとく行進するのだという。
私たちは夜を待ち侘びた。夜になれば水源へ向かう。
彼らの日常は惨憺として陰鬱で、それでも彼らを突き動かす原動力は欲望である。
だが私たちに欲望はない。あるのは失望と諦念だけだ。
錆びた体、暗礁の目。ぎこちなく泳いでいる。沫に捕まらないように。
壊死した珊瑚礁のようなトンネルを潜り抜けると、一段と強い光に照らされた。光は色を反射した。
初めての色彩は花だった。
彼らの行進が始まる。惨憺で陰鬱で、欲深い。
私は見ている。欠片と花を。
私はずっと見ていた。彼らの偽りのない罪を。