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短編小説「巡る観覧車」

 記憶を遡っていって最後に突き当たる行き止まりで、私はいつも祖母に出会う。
 近所の小さな遊園地にある赤い観覧車に乗って、当時4歳だった私は自分達の住む小さな街を高い所から見下ろすのが好きだった。向かい側の席には祖母が乗っていて、ゴンドラの窓に張り付いている私をいつも優し気な顔で見つめていてくれた。

「祖母ちゃん、登り始めたよ」

 と私が言うと、祖母は、

「まだまだこれからよ」

 と笑っていた。私は乗り込んだばかりにも関わらず、早速ゴンドラの透明なガラスに張り付いて離れていく地面を見下ろしていた。胸がわくわくして無意識に小さな体が飛び跳ねる。

「・・・美鈴」

 不意に、祖母に名前を呼ばれたので「なぁに?」と返事をすると、

「大好きよ」

 と祖母が言った。私は思わずふにゃりと顔が綻んで、優しい祖母の懐に飛び込んだ。

「私も祖母ちゃんのこと、大好き」

 ゴンドラに塗り立ての赤が、日曜日の朝日をきらきらと弾いていた。

 小学生になって、私には好きな人ができた。同じクラスの笹原くんだ。彼は他の男子と一緒に居る時には決まって女子に悪戯ばかりしてくるが、私と二人きりでいる時はいつも優しかった。私が転んで膝を擦り剝いた時には直ぐに水で洗ってポケットから取り出した絆創膏を貼ってくれたし、授業中に体調が悪いのを我慢している私に気付いて、「先生、山崎さんが具合悪そうです」と手を挙げて報せてくれたりした。足はそんなに速くないけれど、優しい笹原くんが私は好きだった。

 小学3年生の時、私は笹原くんと近所をデートしてそのついでに赤い観覧車に二人で乗った。私は小さい頃から何度も乗っていたから慣れたものだけれど、笹原くんは少しだけ高い所が苦手な様で、終始青褪めた顔をしていた様に思う。

 そんな日々の最中、彼は5年生の秋に親の転勤で東京に引っ越すことになった。お別れするのはとても悲しかったけれど、笹原くんが「絶対また会おうな」と言って、いつまでも電車の車窓から手を振っていてくれてたのを私は今でもよく覚えている。

 中学生になると、私は殆ど両親と口を利かなくなっていた。何か明確な理由がある訳ではないのだけれど、家族と居るのが心なしか嫌で恥ずかしくて、家にいる時以外はいつも友達らと過ごす様になっていた。ある休みの日に3人の友達らと近所をぶらぶらして、小さな遊園地の赤い観覧車に乗った。4人乗りのゴンドラは満員で狭く感じたけれど、ふざけてゴンドラを揺さぶる友達らとわいわい騒ぎながら二周も観覧車に乗るのはとても楽しくて、あっという間に時間が過ぎて行った。

 高校生になったある日、私は一人で赤い観覧車のゴンドラに乗り込んだ。ぐっと感情を堪えた口元はきっと「へ」の字になっていて、受付の人は変に思ったことだろう。地面から少し離れて背の高い木々の半ばまでゴンドラが昇る頃、私は両手で顔を覆ってボロボロと泣いた。

「・・・最低」

 高校一年の冬から付き合い出した一つ年上の彼氏に、「他に好きな人が出来たから」と言われて、交際期間が半年も満たない内に私は振られてしまったのだった。甘い思い出もあるが、よくよく考えればキザな奴だったとも思う。
 一頻り泣いた私は観覧車の天辺を過ぎる所で、徐に住み慣れた街の様子を見下ろした。制服のスカートをぎゅっと握りしめながら鼻を啜った私は、

「大学に行く時はこの街を出よう」

 と一人呟くのであった。

 それから大学生になって久しぶりに地元に帰郷した私は、赤い観覧車に再び乗り込んでいた。思う様に事が運ばない就職活動にすっかり草臥れ、社会に出る前から私の胸は潰れてしまいそうになっていた。
 その日、私は久しぶりに祖母と観覧車に乗った。祖母はすっかり年老いていたが、「美鈴と一緒に観覧車に乗りたい」と言うものだから、私は祖母と手を繋いで赤いゴンドラに乗り込んだのだった。しばらく二人で黙り込んだままゴンドラに揺られていると、

「美鈴」

 と祖母に名前を呼ばれた。

「何? 祖母ちゃん」

 と私が訪ね返すと、祖母はにっこりと笑って、

「あなたはあなたでいいのよ」

 と言った。私は無意識にぽろりと涙が頬を伝うのを感じ、静かに祖母の萎れた手に触れた。

「ありがとう、祖母ちゃん」

 穏やかな陽光に照らされた祖母は優しく微笑んでいたけれど、その年の秋口、祖母の身体に癌が発見されたことを私は母から知らされたのだった。

 何とか就職口を見付けて社会人となってから3年後。地元に帰郷した私は祖母の葬儀に出席していた。多くの花に囲まれた祖母の遺影を見つめながら、私は自分の手が小さく震えていることに気が付いた。今わの際で、祖母は私の名前を絶えず呼んでいたらしい。私は揺れる瞳を足下に落とすと、喪服のスカートをぎゅっと握りながら必死で涙を堪えた。明日、あの観覧車に乗ってめいいっぱい泣こう。

「ごめんね、祖母ちゃん。最後まで傍に居てあげられなくて・・・」

 その2年後、職場で大きな責任を伴う仕事を任されるのと同時に、私はある岐路にも立たされていた。交際している彼氏に結婚を申し込まれたのだ。彼に心の籠ったプロポーズをされたものの、突然強烈な不安に襲われた私は「ごめんなさい、少し考えさせて」と答えてしまっていた。優しい彼は待ってくれているが、このまま返事を返さない訳にはいかない。

 仕事が峠を越えて落ち着き始めた頃、私は気分転換がてらに帰郷して久しぶりに赤い観覧車に乗った。外は夕暮れで赤焼けが何処までも続く空には緋色の雲が棚引いていた。深いため息が零れ、私は小さく自分の肩を抱きつつ柔らと擦った。

「私に結婚生活なんてできるのかな・・・」

 周りの友達や同世代の同僚の間では続々と結婚する人達が現れ、早く結婚した友人の中にはもう4歳の子供がいる家庭もあった。4歳と言ったら、私が祖母とこの観覧車に乗っていた時の最初の記憶の歳ではないか。
 考えれば考える程に、将来の不安と自分への自信の無さが激しい波の様に押し寄せて来るのだった。

 そうこうしている内にゴンドラは一周してしまい、私は地面に降りた。すると、見覚えのある面立ちの女性が子供と手を繋ぎ、ゴンドラの乗り込み口で待機しているところに遭遇した。

「・・・もしかして美鈴?」

 目が合って、ふとそう語り掛けて来た女性は中学の時の友人の由香里だった。

『久しぶり』

とお互いに言い合った私達は、彼女が子供と観覧車に乗り終えた後、遊園地のベンチに座って少し言葉を交わしたのだった。

 由香里は地元の高校を卒業した後に専門学校へ進み、その後公務員となって区役所に努め、結婚後に退職して専業主婦となったらしい。彼女が連れた子供は今年で4歳になる息子の裕くんだった。

「仕事との両立は難しいって言う人もいるし、掛け持ちしてこなしている人もいるから、結婚生活はどれが正しいのかなんて誰にも分からないわよ。それぞれの家庭があって、それぞれの暮らしがあるんだと思うわ」

 と由香里は言っていた。私はすっかり暗くなった秋口の肌寒い空気を吸いながら、「そうなのかもね」と小さく返すのだった。
 すると由香里の息子の裕くんが「お母さんのお友達?」と私の膝に手を置いて訊ねてきたので、「そうだよ」と返すと、「美人だね、お母さんには負けるけど」と彼は言っていた。
 隣に座っていた由香里は苦笑しながら「ほんと、旦那の血をよく引いてる」と言っていた。私も思わず笑みを零して、大きな瞳をした裕くんの頭をそっと撫でるのだった。

 その後、彼氏で会社の同僚でもあった博司さんと結婚した私は、二人の子供を儲けた。長女は晴美、長男は啓介。私は子育てのために会社を辞めたが、夫の博司さんも仕事で忙しい最中に家事や育児をしばしば手伝ってくれた。時々酷い喧嘩もしたけれど、心根が穏やかで優しい博司さんは、決して私を突き放すようなことはせず、いつもどっしりと腰を下ろして私や子供達と対話をしてくれた様に思う。
 たまに子供達を連れて実家に帰ると、私は晴美、啓介と共に赤い観覧車に乗った。二人はきゃっきゃとはしゃいでゴンドラを大きく揺さぶっていたが、慣れた私はちっとも怖くなかった。

 やがて子供達も育ち、中学、高校、大学へと進学し社会に出る頃、心なしか晴美が私と同じような挫折を抱えていることに気付いた。私は地元に彼女を連れ帰り、黙ってあの観覧車まで引っ張って行って一緒に赤いゴンドラに乗った。「懐かしいね」とすっかり大人びた晴美が頬杖を付いて溜息を零していたので、私はその頬を軽く抓ってやった。

「いいのよ、あなたはあなたのままで」

 私が瞳を覗き込んでそう言うと、晴美はぽろりと涙を零して「ありがとう」と照れ臭そうに言っていた。
 啓介は工専を卒業し、工学系の大学に進学した。子供の頃はとても甘えん坊だった彼はすっかり無口な青年に育っていたが、自分の道を寡黙に突き進んでいる後ろ姿を見て、私は柔らと安心するのだった。


 子供達が巣立った後、『空の巣症候群』に陥って酷い無気力と憂鬱に悩まされていた私に、博司さんは私の地元に戻って暮らすことを提案してくれた。定年までまだ少し期間があるが、会社に頼み込んで私の地元の近くにある支社に配属先を異動することができるという。
 私は「そこまでしなくていい」と何度も断ったが、博司さんは「君と幸せな暮らしがしたいから」と言ってくれた。元々マンション暮らしだった私達は結局、懐かしい地元へと移り住むことになったのだった。

 その後、晴美が28歳で結婚し、3年後に男の子を授かった。晴美ら娘夫婦が名付けた一人息子の名前は翔太。翔太は私にとって初孫になる。私もとうとう、お祖母ちゃんになってしまったのだ。

 そして翔太が4歳になったある日、私は彼と共に近くの小さな遊園地にある赤い観覧車に乗った。私が幼い頃から乗っていた観覧車は今でも現役で動いているが、すっかり古びて塗装は所々剥げ、支柱がぎしぎしと鳴っていた様な気がする。翔太はとても怖がりで、ゴンドラに乗り込んだ当初は必死に私に身を寄せて座っていたけれど、次第に透けたガラス窓に身を張り付けて街の様子を見下ろす様になっていた。

「お祖母ちゃん、とても高いね」

 と翔太がきらきらとした瞳で言ったので、

「天辺はまだまだこれからよ」

 と私は返すのだった。
 その時、不意に小さな目眩が私を襲った。微かな頭痛も感じてそっと額に手を当てていると、

「お祖母ちゃん、どこか体が悪いの?」

 と私の膝に手を置いた翔太が顔を覗き込んで来た。やがて遠ざかって行った目眩を見送った後、私はにっこりと翔太に微笑み見せて、

「心配ないわ、お医者さんが治療して下さるもの」

 と返した。それでも心配そうな顔をした翔太は私の隣にぴったりとくっ付いて座り、小さな腕でぎゅっと抱き寄って来た。

「お祖母ちゃん、これからも一緒に居てくれるよね?」

「もちろんよ、いつでもあなたの傍にいるわ。だから寂しがらないで、あなたはあなたらしく生きなさいね」

 私が彼の頭を撫でながらそう言うと、翔太はにっこりと笑って「うん」と答えた。

「ねぇ、お祖母ちゃん」

「なぁに?」

「大好きだよ」

 そう言った翔太を、私も優しく抱きしめた。

「私も、あなたのことが大好きよ」

 静かに揺れるゴンドラが、ゆっくりと赤い輪を描いていた。それはいつまでも巡り続けて、私の中に滲む大切な思い出になる。
 きっと私の大好きだった祖母も、この静かな温もりをそっと胸の中に抱いていたのかもしれないな・・・。


〈 終わり 〉

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