お金をもらっても行きたくないと思っていた私が、コーチングアカデミーに参加を決めた話。
2024年10月から、プロコーチ養成アカデミーに通い始めました。
これから半年間という長くて短い時間、何度自分に絶望しどれほど変わるのだろう。
パートナーがアカデミーの3期生なので、アカデミーの存在や認知科学に基づくコーチングについては、3〜4年前から知っていました。これまでの間、"傾聴・共感はしないコーチング"がどのようなものなのか、コーチングの威力や魅力は何なのか、何度も聞かせてもらう機会があったし、彼自身が大きく変革していく姿を横で見させてもらっていました。実際にコーチングを受けたこともあります。
彼の紹介でコーチングアカデミーに入学する人も周りに増えて、コーチングの存在に触れる機会も多かった。それゆえ「ゆかりさんはコーチングアカデミー行かないんですか?」と聞かれる場面も度々あったけれど、私は「いや、私は行かない。お金もらっても行きたくないんですよね〜。」と答えていました。「なんでそこまで行きたくないんですか?」と聞かれても「いやー、そこは言語化できないんですけどねー。」とふわっと切り返していて。
感覚的に興味ないと感じているけど、明確な理由が言えるわけではない。そんな感じでした。自分もコーチングの技術を習得したら会社の事業にとってプラスになるかもしれないけれど…と義務感しか浮かばなかったんです。
だから、こうしてアカデミーのメンバーに名を連ねている状況が、私が1番びっくりしています。本当に、こんなことになるとは思っていませんでした。
なぜ、コーチングを学ぶと決めたのか。
そのきっかけは、今年の4月から受けていたコーチングセッションでした。
2ヶ月目が過ぎた頃のセッションで「ゆかりさんはこれから何をしたいですか?」という問いに対して、私はこう答えた(らしい)。
「人に教えたいとかは興味がないんですよね。自己受容だけにとどまらず、自分の存在や言葉によって、本当はどうありたいのか?に向かってその人自身の時間の使い方や優先順位が変わったらいいなと思います。」
すると、「その職業、私知っています。…コーチですね。」とコーチの言葉。「コーチの定義をめちゃくちゃ的確に話してくれてましたよ」と(笑)
・・・・
え????
私の頭の中は大混乱。私から1番遠いものだと認識していた「コーチ」と言う言葉が出てきて、処理がまったく追いつかない。
それと同時に、気づかないフリをすることができないくらい、分かりやすく体温が一気に上がりました。
「わー、うそー!私、これがやりたいことなのか…?そうなんだよな、きっと。わーどうしよう〜!」と頭の中がうるさい中で、「アカデミーの次回開講の説明会の案内が出たら申し込む」と決断して、その回のセッションは終わりました。
そこから申し込みボタンを押すまでの1ヶ月半の間で、やっぱりやめようかなと何度も揺り戻しが起きて。けれどその度に周りの人にフォローしてもらったおかげで、現状に留まろうとする自分を断ち切れました。
「やっぱりアカデミーへの興味が薄れた気がします」とコーチに相談したときは「セッションの中で決めたことはぽっと出のアイデアではなく、簡単に辞めていいものではないはずです」とバシッと切ってもらいました。(感謝)
「通常業務をしながらコーチングの勉強するの大変そう」「アカデミー卒業できるかなあ(不安)」と彼にぼやいたら、「卒業はあくまで過程。卒業後にコーチとしてあり続けることの方が何倍も大変だよ」と言葉を投げてくれて、「おっしゃるとおり…何をビビっているんだ、私は〜〜!」と認知が変わりました。(感謝)
そして、プロコーチのプレゼンイベント『Human Element』に参加させてもらって、その場でアカデミーに申し込むと決断しました。コーチングを受けたクライアントさんの変化が鮮やかで感動したのはもちろん、舞台に立つコーチのみなさんの立ち居振る舞いから溢れる覚悟や生き様が本当にかっこよくて、「私もそっちの世界の住人になりたい」と強く思ったからです。
10/26、27に開催された#1の講義から1週間が経ちました。
東京から福岡に帰ってきて風邪を引いてしまい、寝込んでいた時間もあったけれど、この文章を書きながらカレンダーを眺めてみたら、「まだ1週間か」といい意味で意外に感じます。
アカデミーは、知識を学んで終わりではありません。超実践型で、実際にコーチングセッションを行い、卒業課題の基準値を満たさない限りプロコーチと名乗ることができない。そして、コーチングセッションを提供する前に、3ヶ月間徹底的に「自己適用」に集中します。コーチ自身が変革を起こしチャレンジし続ける実践者でなければ、他人の変革の伴走をすることなんてできないからです。
・自分自身の認知(モノの見方)のエラーを紐解く
・変化を拒むマインドと向き合う
・今まで棚上げしてきた問題に立ち向かう
・抽象度を上げる
・ワクワクするけどゾワゾワする(「行き先」は分かるけど「行き方」は分からない)現状の外のゴールを設定する
今は、自分がとらわれていること・自分の嫌なところ・隠そうとしてきたこと・自分ではまだ気づいていない思考の偏り…そういったことをひとつずつ片付けていく作業から始めています。「今の自分を受け入れよう」でも「やりことリストを叶えていこう、いぇーい!」でもない世界線です。
先日こっそり公開した「自分史」は、実はアカデミーの課題のひとつ。
「まだ1週間か」といい意味で意外に感じるのは、ポジティブな感覚で。講義を受けて以来、絶望と希望が連なっているからです。
↓こちらが、私が今置いている仕事のゴール(叶ったら最高だけど、どうやったらいいのかまったく分からないこと)
・自分がいかに教育に関する解像度が低いのか、ということ
・子どもだけでなく、親や先生へのアプローチも重要であり、やろうとしていることがあまりにスケールが大きいこと
・自分のことをまだまだまだまだ掴みきれていないこと
・人と比べて落ち込む悪い癖
絶望することがたくさん。
でも、私がいつも大きく変わるときは絶望感が常にあって、そのエネルギーを味方にしてきたので、今のこの心地悪い感じやもがいている感じは、また大きく変われる予兆なのだと、ワクワクもしています。
教育のことを知りたくて、「知り合い紹介してほしい〜」と頼んだり、直接メッセージを送ったり。今までの私だったらしなかった行動を自ら決断して実行したことで、教育に関する情報が飛び込んできたり、見つけられていなかった素敵なYouTubeチャンネルを見つけたり、新しいアイデアが浮かんだりしていて、時間の使い方や優先順位が変わっている感覚を得られています。その影響か、通常業務の取り組みやチームメンバーとの関わり方も、アップデートした気がします。(ここの言語化ができていないので、内省深めたい。)
私が私と向き合う過程やその中で得られた気づきは、noteでも書き溜めていきたいと思っています。
そもそも、「忙しいから」などと言い訳をして、感受性を発揮して言語化することの重要性をあまりにも下げていたので、向き合うことと言語化すること、自分を表現することから逃げず、コーチングに関することだけじゃなく、仕事のことや普段考えていることも書いていきます。(宣言)
…そして、このnoteを公開することになぜかドキドキして、現実逃避してしばらくXを眺めていた私がいたことも、書き残しておきます。(ドキドキの奥に何があるのかも観察します。)