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器用・不器用の話

「着付け」などという手を動かすジャンルものをお教えしていると、必ずと言っていいほど、器用かそれとも不器用か、という話になる。

自己肯定感の低い日本人にあっては、ほとんどの方が、自分は器用だとは言わない。(実際に思ってもいない)
世界的に見れば、日本人はなかなか器用な人種だと思うが、当の本人たちは全くもってそう思っていないらしい。

教室を始めた当初は、ほとんどの人が口にする、私は不器用なので…。という言葉は、ある種すぐに習得できなかった場合のエクスキューズというか保険なのかと思って聞いていたが、どうやらそうではないらしい。

私も何を隠そう、長い間、自分が不器用だと思っていた人間だ。

皆、本当にそう思い込んでいるのだ。
私は、不器用だ、と。

育児を始めてから、さまざまな育児本を読むようになった。
ほとんどの育児本に、「自分はできる」ということを思い込めるように褒めて育てなさいと書いてある。
「こんな簡単な折り紙も綺麗にできないの、不器用ね」とでも言われようものなら、その子はずっと「私は不器用で、折り紙が下手」と思い込んで生きていくかもしれない。

日本で、褒めて育てよう、という育児になったのはごく最近のことだから、我々やその上の世代であれば、大なり小なり「自分は不器用」と思い込むだけの材料がこれまでにあったのだろうと、思う。

つまり、「器用・不器用」というのは、ほとんどが思い込みなのだ。
私は不器用だからあまり手先のことはできない、と思った瞬間に、不器用の道を突っ走っていくことになる。

ただ手を動かせば良い。できなければ繰り返せば良い。繰り返してもできなければ考えれば良い。自分で解決できなければ、人に習うなり、本を読むなりすれば良い。そして、また手を動かす。ただその繰り返し。

あなたも私も、私は不器用ではない、と思い込めた瞬間に、いつでも新しい道が開ける。

★きものスタイリスト 森 由香利★
Yukari Mori Kimono Studio
Instagram: @yukarin_kimono
公式Line: https://lin.ee/OHPyC3n

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