オパールの少女 第七章
第七章 秋平享
(1)
私は今日アキラとデートをする。
とはいっても、スイートラブラブな話ではない。
先程井沢法律事務所から届いた書留には私の予感が当たったことを示していた。
アキラは曲者の匂いがプンプンしたので、念のために身辺調査を依頼したのだ。
さて、アキラには私に近づく理由があるのだろう。
何か手土産を用意しようか。
まぁ、なるようになる、というのが私のスタイルなので、とりあえずアキラに当たってみることにしよう。私には腹芸などできないし、どストレートなのが功を奏することもあるのだ。
アキラが私を呼びだした場所は、驚くべきことに新宿御苑だった。
まさに都会のオアシス。
しかも夜の世界とは真逆のド日中。
ピクニックでもする気なんだろうか?
私はバースデーナイトとは打って変わり、ストライプのシャツにジーンズ、スニーカーというラフな服装で出かけることにした。
緑が陽に眩しくて、ここに井沢先生が呼び出されたならば、一瞬で干乾びるに違いない。
てっきり会員制のどこかとか、ホテルの一室に連れ込まれるかと考えていた。剣呑なやりとりを想定していた私は、なんだか毒気を抜かれる気分だった。
新宿門の前でヒラヒラと手を振るアキラはカジュアルな服装だけれども、背が高くてその美貌のせいでものすごく目立っている。しかし本人は周りの視線などおかまいなしなようで、ますます毒を抜かれる。
「やぁ、ヒメ。時間厳守なんだね。意外と真面目なんだ」
「約束はできるだけ守るよう心がけているのよ」
「それは守れる約束しかしない、って聞こえるね」
「そうよ。良心ってものがあるから苦しむのだもの」
アキラはじっと私の目を探るように見つめた。
「アキラのその視線、不快だわ。聞きたいことがあれば素直に聞けばいいのに」
「亨だっていっただろ、本当の名前」
「今、それ意味ある?」
「あるよ。君とちゃんと向き合おうと思っているんだから。とりあえず俺のお気に入りの場所に案内するからね」
亨はそう言うと、手をつないで、なかば強引に門をくぐった。
「亨もジーンズなんて履くのね」
「まぁ、ホストにとってスーツは制服みたいなもんだから。オフには必要ないでしょ」
「まぁね」
ふと見渡すと、山吹があちこちに群れをなし、訪れた人々は思い思いの場所にレジャーシートを広げてお弁当を食べている。
亨は慣れたように勝手知ったる道をゆく。
「もうすぐ、スゴイ場所があるんだよ」
繁みを分け入るという風でもないけれど、奥まったところに進んで行く。
そうして鬱蒼とした視界が拓けると、白い桜が散っているのが見えた。
「この時期に桜?」
「うん。四月下旬に咲く『普賢象』って品種。あでやかな八重咲きなんだ。でも、見せたいのはこっち側」
普賢象を振り返ると、目の前には松に絡み付いた白と紫の花房がみっしりと下がった藤の花が、山吹の黄色が、そして散りゆく桜の清廉な香りが辺りに満ち満ちていた。この景色を何と言おう。
「まほろば・・・」
自然と零れ落ちる言葉に心の鎧が剥がされてゆくようだ。
「今が一番いい時期なんだよ。普通なら桜と藤は同じ時期には見られないからね」
「そうね。源氏物語で六条院の紫の上の春の庭が描かれる場面を思い出すわ。桜と藤の両方を見られる晩春の宴の場面。庭池には両頭鷁首の舟が浮かべられて、楽人たちが奏でる春を言祝ぐ調べが天に吸い込まれてゆく・・・ってね。艶やかよね」
いつのまにかレジャーシートをセッティングし終わった亨はもう寛いでいた。
「なかなか教養があるんだね」
「それはどうも。平安の宮廷では兵部の君と呼ばれて才女と誉れ高かったのよ」
私のドヤ顔に当然だけど亨はちょっと驚いている。
「それって前世の話?」
「いいえ。ガチの過去です」
亨は一瞬考えを巡らせて、急に核心に迫る質問をしてきた。
「じゃあ、財前美沙は?」
「それもガチの過去です」
私もレジャーシートの上にゴロリと身を横たえた。
「そうか、やっぱり君が『塔の魔女』なんだな」
『塔の魔女』と恐れられたのは財前幸彦が現役を退く前までのこと。
私は愛人の幸彦によってタワーマンションの最上階のメゾネットに部屋を与えられていた。上の階に続く螺旋階段があったことから、その住まいは「塔」と呼ばれていたのだ。そこに棲む私が「魔女」。
魔女は人前に姿を見せることは滅多にない。
塔に引き籠り人の運命を左右する魔性、財前グループが喰い込んでいる政財界の影の人脈達が口さがなく噂したのが、いつしかまことしやかに広まったらしい。
私の異能のひとつに人の性質を見抜く眼がある。
それは直感といってもいいものだが、長い間人と交わり続けた経験値が役に立っていたのだろう。それに気付いた幸彦は、よく色々な人間を塔に連れてきて私に引き合わせたものだ。
どんな立場の人間かも聞かされずに、他愛もないおしゃべりをして食事を共にする。ただそれだけのこと。
私がその人を好きか、嫌いか。
幸彦はそれだけを基準にして人を選んだ。
それはもう幸彦の手腕なのだが、現在財前グループを堅固にした人材や、政財界で重鎮になった者はこの選別と幸彦の庇護によって今の地位を手にしたといわれている。
それが「塔の魔女の選別」なのだという伝説を作った。
政財界にはよく知られた伝説だが、それを知っている者は只者ではない。
「『塔の魔女』なんて、ずいぶん懐かしい話じゃないの。おとぎ話じゃあるまいし。そんなの人が勝手につけたあだ名よ。それで、あなたはやっぱり潜入の警察とか公安なの?」
「それは俺が認めちゃいけない質問でしょうよ」
亨は恍けるつもりのようだが、それはそうだと認めているのだ。
「ふーん。相棒はあの厨房の英明さんね」
亨の右眉がピンと跳ね上がった。
正直者め、それで本当に警察か?
「財前幸彦のことを聞きたかったわけ?」
「いや、死んじゃった人より、今は君のほうに興味があるな。資料で見た財前美沙の姿は三十年以上前のものだったけど、今の君と変わらない」
亨は荷物からグラスを取りだし、お重を広げている。
「没シュートされなくてよかったよ。ここお酒禁止なんだよね。でもさ、悪いことって蜜の味なんだよねぇ」
亨はミニクーラーボックスから氷とトニックウォーター、透明な液体の入ったオレンジジュースのボトルを取り出した。
※良識のある大人と良い子 絶対にマネしてはいけません。
※※絶対に子供はお酒を飲んではイケマセン。
「あ、このツマミは相棒の英明からの差し入れね」
なんて、すんなり認めるところがなんとも、しかもスマート。
「これ、お酒なの?」
「ジントニックを作ろうと思ってね」
亨は優雅にオレンジジュースのジンをグラスに注ぎ、驚くべきことにキュウリのスライスとブルーベリーを入れるとトニックウォーターを注いだ。
「ブルーベリーはわかるけど、キュウリ?青臭くないの?」
「ふふふ、これがイケるんだな」
グラスを受け取ると、カチン、と軽い乾杯をした。
とりあえず騙されたと思って、ひと口。
青臭いどころか、口当たりサッパリ。
さわやかでトニックウォーターとジンの苦みがたまらない。
「あら、おいしい」
「でしょ。焼酎にもカッパ割りって飲み方があるんだよね。そのオシャレ応用かな」
お重の中身はとても豪華だった。
そしてひと口で食べられるように工夫がしてある。
「英明さんて気遣いが細やかよね。それに彩りもきれい」
ホタテをベーコンで巻いて、ソテーしてある串をパクリとひと口。
「う~ん、ジントニックと合う♡」
「そうそう、あいつ。天才的にいい味覚センスしてるんだよな。って、それよりもさっきの続き。あんた美沙なんだろ?」
「そうよ。幸彦が死ぬまではね。そういう契約だったの。私は不老不死だから」
「不老不死・・・まさか、本当に魔女なのか?」
普通はまさか、と思うわよねぇ。
「魔女ではないけれど。もしもこのジントニックに毒が入っていたとしても、一旦死ぬかもしれないけど数時間後には生き返るわよ。だから解剖は絶対禁止ね、痛いのはヤだから」
そういって私はぐびりとグラスを干した。
「イヤ、別に毒入ってないし・・・」
亨はちょっと困っている。
「まあね、私の事情や半生を語ると時間なんていくらあっても足りないわ。ただ私が千年以上生きていて死なない、ってのが事実よ」
「世の中にはさ、詮索しない方がいい、ってこともあるよな。それがまさにアンタだと俺の直感はいってるよ」
亨の口調が心なしかぞんざいになっている。
「賢明な判断だわね。私も相談があるのよ」
「さてさて、そんな無敵のヒメちゃんが俺に相談て、なによ?」
「ダイヤのことに決まってるじゃない」
「ああ、そうだよな。なんかブッ飛びすぎて思考が追い付かなかったわ。ゴメン」
亨も一気にジントニックを煽った。
前髪をクシャクシャにして無防備に足を組んで、やや力が抜けている。
これが亨の素なのだろう。
「アンタに構えたって無駄な気がしてきた」
「仲良くなれそうね、私たち」
「たしかに。アンタは敵に回すより友達になった方がいいな、んで?何を悩んでんのさ」
地の亨はちょっとだらしないダメ男っぽい。
「ダイヤが地底人だって聞いたんでしょ?」
「うん。ビックリしたけどね」
「信じたんだ」
「職業柄嘘を言ってるかどうかわかるからね。んで?」
亨は私の膝を枕にして見上げている。
「もう、甘えんな」
「いいじゃん、俺に膝枕させるなんてたいした女だよ。アンタ」
全然褒められていないのに、嫌な感じもしない。
こういう男が一番タチが悪いというのを私は経験上知っている。ペースを乱されてはいけない。
私は深く息を吸うと、ニュートラルにシフトした。
「私は前にも地底人に会ったことがあるのよ。ダイヤのあの髪の色は化石化特有のものなの。翡翠も同じ病気で死んだわ」
そうして私は翡翠のことを亨に話した。
あちこち端折ったりしてるので、理解するのも大変だと思う。
一番肝心なところを隠しているので的も得ない。
亨は眉間を右手の平でぐいぐいと押しながら考えを整理しているようだ。
「つまり、翡翠の死を看取ったのはアンタなんだね。それでダイヤのことも最後まで面倒みるつもりというのはよくわかった」
「私はダイヤに何をしてあげられるのかしら?翡翠の時はただ彼女の体が石に変わってゆくのを傍らでじっと眺めてることしかできなかったのよ」
想いが溢れてきて、うまく言えない。それほど翡翠に関しては泣き所なのだと自分でも情けない。
「もしも享がもう長く生きられないと知ったら、その病気がどう進行して死に至るのか知りたい?」
支離滅裂な私の問いに享はフッと息を吐いた。
誠実な人らしい。じっと押し黙るとそのシチュエーションを真剣に考えている。
「俺は知りたいな。そして、自分が生きてできることを考えたい」
「そっか」
そうだろう、とは思っていた。
私はダイヤの問いに応える覚悟を決めなければならないのだ。
と、その刹那、亨は私をその胸に抱きしめた。
「やだ、タバコ臭い」
「じゃあ、享の時にはもう吸わない。ジタバタすんな」
享の声は低くて、甘い。そして思考を奪う。
ホストというものは、そんなにも女のツボを心得ているのか?
「全然魔女でも悪女でもないな、君は。わかっていると思うけど、君はきっと翡翠にたいしても誠実に向き合っていたと俺は信じる。そしてこれから先はダイヤとその都度ちゃんと向き合えばいい」
亨は私の額にキスをした。
「今日はずいぶん甘々なのね」
「俺はいつでもレディには優しい男なんだよ。知ってるだろ?」
「知ってるわ、アキラ」
私たちは顔を見合わせると笑い合った。
「なぁ、ヒメ子。今日はとことん飲むか?」
「いいわよ。うち来る?」
「行く、行く!」
なんだかどこかで聞いたフレーズ。
「じゃ、お酒買いにいくわよ」
とまぁ、そういうことになった。
(2)
自分以外の男物の靴が玄関にある、というシチュエーションが何を意味することか。ダイヤは逡巡していた。
こんな場面、どう考えてもいいことなんてひとつもない。
しかし、あのヒメが男を連れ込んでいる、というのは考えづらい、けど、靴はある。
ボクの彼女ではないし、姉のような存在といっても、お姉ちゃんに男ができたら嫌だなぁ・・・。
「ダイヤ、帰ったの?」
「あ、うん」
間抜けにも返事をしてしまったからには、仕方がない。
リビングへ続く扉を開けて、ホッとしたような、複雑な気分だけど、アキラさんだった。
「おじゃましてるぞ」
鉄壁の紳士とも、ザ・大人の男ともリスペクトするその人がうちのソファで酔っぱらって寛いでいる。
「えーっと。だから。どうしてこうなってんの?」
ボクのカオスな問いに、ヒメはプッと吹き出した。
「だから『意気投合』の矢印⇒で、『酒盛り』の構図でしょ?」
状況は把握できるけれども、恩人で敬愛するアキラさんが無防備すぎるほど隙だらけで、ダラリとは、どうしたことか。
「ダイヤ、大人の事情だ。お前も飲め!」
そしてアキラさんはドン・ペリをグラスに注いでボクに差し出した。
極めつけに、
「冷えてないからこれもね」
そう言ってドン・ペリのグラスに氷をがしゃりと入れた。
「けっこうイケるから。それに悪酔いしないんだな」
不夜城の老舗ナンバーワンのこの人が。
充分悪酔いだろ、と思いながらも逆らえないので口にすると・・・、たしかに飲みやすく、妙に美味かった。
「わかる~。お行儀悪いけど、カチ割りは鉄板よね。うまい酒なら特に絶品なのよ」
「だよな」
アキラさん、もはやキャラ崩壊かと思いきや、どうやらガチで酔っぱらってはいないらしい。
それでも悪ノリでボクのグラスにドン・ペリをドクドクと注いだ。
「ハイ、駆けつけ追加!グビッと一気!」
この人マジで鬼か?
「アキラさんの酒は断れません。いただきますよ」
ボクは腹を据えて、駆けつけ一杯をあおった。
「アキラじゃない。本当の名前はト、オ、ル」
なんか憎めない。
こういうのを天真爛漫、っていうんだっけ。
でも本当の名前を教えてもらえるなんて、男として認められたようで、別の責任が肩にのしかかったようだ。
「ナイス飲みニュケーション。あとは自分のペースでな」
なんて、アメとムチか?
やっぱりアキラさん、いや、享さん、てば大人で余裕綽々だ。
「だーかーらぁ。結局おヒメの正体ってなんなのよ?」
「さっき追及しないって言ってなかった?」
「いいじゃん、ケチ」
享さんが堂々とイチャイチャしながらヒメに絡んでいる。
ちょっとナイトメア。
「だからぁ、人魚だったの」
「あぁ、ナットク」
それで納得なワケ?
ほんと、酔っぱらいって、ワケわからん。
「他に何かできることあんの?」
「誘惑(エロスのチャーム)」
「あ、それ、この間見た。優奈と麗がくらったやつだろ?」
「洗脳(ブレインウォッシュ)、記憶置換(リプレイスメント)、怪力(ヴァイオレンス)、身体能力もそこそこ高いわよ」
「スパイに欲しい人材だな」
「私は自分の為にしか能力は使わないわよ。ひっそり、こっそりと生きてるんだから」
「ひっそりこっそり、ってどこが???」
亨さんは珍しく声を上げて笑っていた。
「そうだ、ヒメ子。財前幸哉があんたのこと探してるぞ」
「知ってる」
なんだよ。
二人でわかりあってるみたいに。
「ねー、やっと慣れてきたんだけど、享さんて何者なの?」
反射神経のように、つい聞いてしまった。
「俺?公安。・・・ナイショだけどな」
ボクはその正体に死ぬほど驚いた。
フリーズレベルでしょ、これ。
「ヒメ子、あんたから見て幸哉ってどんな男よ?」
「それは企業のトップとしてどうかってこと?人としてどうかってこと?」
「うーん。悪いことしそうな奴?」
ヒメはごろりと天井を仰いだ。
「そうだなぁ。本性はいたって肝が小さくて、大きなことができるタイプじゃないんだけど、コンプレックスが強かったのよね。幸彦の側近たちからの支持が薄かったからすべて首をすげ替えた、って聞いたわ。老獪さは幸彦のほうが上だったし、父親に憧れていたから小悪党くらいのことはするかもね」
「なるほど。でも、なんでヒメ子にそんなにこだわってるんだ?」
「この体は幸哉の母親のものだもの。しかも年をとらない私の存在は普通じゃないでしょ。私に会って幸哉は正気を失った。そのくらい気が弱い男だったのよね」
享さんはじっと押し黙った。
「ヒメ、ダイヤ。あいつの執念は尋常じゃない。危なくないか?」
目付きが険しい。
「そうねぇ。いっそ海外にでも逃げるかな、ねぇダイヤ」
「ボクは、世界を見られるなんて、大歓迎だけど・・・」
なんだか話がワールドワイド。
「それならまずは豪華客船で日本脱出がセオリーね」
「海か。ボク見たことないや、素敵だね」
「それから後は携帯とパスポート、センチュリオンカードさえあれば何とでもなるものね。行き当たりバッタリの珍道中。ハプニングもウェルカムよ」
ボクは堪えきれずに腹を抱えて大笑いした。
なんて素敵なボクのバタフライ。
「野生のフラミンゴもね」
「なんだか楽しくなってきたね」
「そうそう、人生を楽しむのよ」
享さんが除けものにされたのを拗ねて口を尖らせている。
「俺も行きたいけど、仕事を放り出すわけにはいかないしな。気を取り直して、二人の船出に乾杯するしかないね」
そうして3人でまた乾杯して、三々五々、リビングで雑魚寝みたいなことになった。
(3)
夜半過ぎ、享さんがボクを揺すり起こした。
「どうしたんですか?」
「ちょっと話をしよう」
と、ネムネムなボクに容赦がない。
そうして気怠そうに髪をクシャクシャとしていても、享さんの背中はかっこいい。
「学生時代に戻ったようで楽しかったよ」
享さんは甘党のボクにおしるこを買ってくれた。
今まで飲んだことのないような甘さで、どろりと体が温まってゆく。
「それな、小豆っていう豆を煮詰めた飲み物なんだ。邪を祓う効果がある。なんて、こんな豆知識はヒメのほうが詳しそうだよな。不思議な子だよ」
「そうですよね。でも、ボクたちよりずっと年上ですよ」
「うん。まさかあの財前美沙と関わりを持つことになるとは思わなかったよ・・・。ダイヤ、お前は引きが強いな」
「はあ」
享さんは公安警察だって言っていた。
そしてあの穏やかな英明さんが相棒だとも・・・。
財前グループは日本屈指の大企業だから色々と闇も多いのかもしれない。
彼等はホストの顔を持ちながら、一体何をしている人達なのだろう?
「俺達の仕事が気になるか?」
「いや、詮索しない方がいいな、と今考えていたところです」
「賢明だ」
享さんはベンチに腰を掛けて、ブラックの缶コーヒーをぐびりと飲んだ。
「あのさ、ヒメには遠慮するなよ」
あまりに唐突で、この公安に籍を置く人が何を言っているのか理解ができなかった。でも、この人はやっぱり人タラシで心底ボクの心配をしているのだろうと感じた。
「ボク、今幸せすぎるんです。ヒメの存在はただありがたくて。だから死ぬとか考えたくないから逃げてるんです」
「ヒメと一緒に向き合って何でも話し合いなさいよ、って言ってんの」
それが家族というものなのだろう。
「ボクの家族はみんなバラバラで、ボクは家族ってよくわからないんですよ」
「ヒメはもう覚悟してるぞ。色々な覚悟をさ。二人だけの形を作って行けばいいんじゃないかな」
それができたらどんなにいいか。
ボクはたしかにどこかで彼女に遠慮しているのだと思う。
「男と女として愛し合ってもいいんだ」
そんな享さんの言葉が心臓にリアルにズキン、と突き刺さる。
この胸の痛みはどうした感情からくるのだろうか。
愛、なんて知らない。
だから今はまだこの気持ちに蓋をしておこうと思うんだ。
「じゃ、またな」
享さんはポンポン、と優しくボクの肩を叩いた。
「そうだ。ヒメの電話に俺のプライベートの番号登録しておいたから、って言っといて」
ロック解除したの?
やっぱり公安なんだとビビった。
享さんは悪びれもせず、後ろ背にヒラヒラと手を振っていた。
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