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オパールの少女 第四章

第四章 井沢法律事務所

(1)
ダイヤと出会って数日。
彼は空気のようにまったく邪魔にならない。
本人も無理をしている感じではないので、私達は相性がいいのかもしれない。
ダイヤは貪るようにテレビを見続けていた。
「呪〇術回戦」や「ス〇イ・ファミリー」など巷でメジャーなアニメは軒並み制覇したらしい。
「アキラさんも初めて会ったボクを躊躇なく助けてくれたし、ヒメもボクを気遣って声をかけてくれたよね。地上の人ってさ、なんか優しい。情が深いんだね。アニメを観てても絆とか大事なんだな、って改めて考えさせられたよ」
「それは人によるんじゃない。悪い人はどこにでもいるし、ダイヤだって地上に来て危ない目にも遭ってるでしょう」
「そうでしたww」
「地上ではね、この数年にわたる未曽有のパンデミックが蔓延して世界がまったく変わってしまったの。慈しむ心とか倫理観、正義感が見直されてきているのかもね」
 
CVD-19がこの世界を席巻して何をもたらしたのか。
それはまるで生体系の頂点である人間を戒め、これ以上の繁栄を許さないかのように多くの人が死んだ。
それを神の配剤だと皮肉る者もいたが、それでは生き残った者は神に選ばれたとでもいうのか。
それこそ傲慢。
人を想い遣る心を亡くした人間たちが戦争を始めて殺伐としたこの世界は生き残るのに値するものなのかどうかも疑わしい。
もしも人の真価が問われるとするならばそれは辛い境遇に陥った時にどう振る舞うかではないだろうか。
パンデミック以外でも天災や戦禍、人為的であっても、そうでなくともあらゆる禍が生きているものを襲う。
私は日本人はとても優しい民族だと感じたことがあった。
それは3・11の巨大地震に遭った人たち。
手持ちの資材を持ちより、食料を分け合いながら助け合う人々の姿だった。
体に不自由な人があれば手を貸し、被災地から離れた土地からは人を助けるために物資を車に積んで駆けつけた人もいた。無償で瓦礫などを撤去するために集うボランティアの姿も清々しく尊く思われたものだ。
この国の助け合う人々の姿が世界中に映像として流れ、人々は略奪の無いことに賞賛の声をあげたのだった。
私はスマホから寄付をしたが、それはそんな人たちに顔向けするためにした言い訳のようなもので微々たることに相違ない。
人はどこまでも残酷にもなれる生き物であり、どこまでも優しくもなれる生き物であると思う。
鬼狩りの話が世間でもてはやされたのを私は前向きさと優しさを尊ぶ風潮だと感じた。そして、この世界はまだまだ捨てたものではないと愛しく感じたのだ。
「なるほど、鬼狩りの話にはそんな社会的な影響が垣間見られるんだね」
「これはあくまでも私の意見よ。人がいればそれだけ別の考え方があるから私が正しいわけでもないわ。ただ、この世にある限り、希望を見いだせなければ終わり、ってことよ」
「人とのつながりや思い遣り、って大事だと思うよ。キレイごと上等じゃん。ボク、今までどうやって生きてきたんだっけ。それは着るもの、食べるものにも困ったことはなかったけれど、人はそれだけでは生きていけないのにね」
ダイヤはどこか寂しそうで孤独な目をしている。
「そういえば、ダイヤのご家族の話を聞いていなかったわね」
「一人っ子だったし、お父さんしかいなかったからなぁ」
「お父さんはどうしてるの?」
「元気にしてるんじゃないかな。新しい彼女を作って家にも帰って来なくなったから。ボクが不治の病にかかったのも知らないし、家を出たのも知らないだろうね。自分勝手で薄情な人なんだよ」
「そうか」
ダイヤはずっと独りで不安だったに違いない。
「ダイヤ、私と家族になる?」
「家族ってそうやってなるものなんだっけ?」
「他人同士でも助け合いながらお互いを敬い、これから先もずっと一緒にいる約束をするってことよ」
「そうなれたらうれしいな」
ダイヤは涙を流してはいなかったけれど、泣いて笑っていた。
この時私は翡翠同様この子を独りでは死なせないと決めたのだ。
「よし、私たちは家族になる。いいわね?」
「うん」
そうして私たちは三度目の握手をした。
 
そうとなれば、何でもやることは早い方がいい。
私は馴染みの電話番号をコールした。
「ダイヤ、明日の夕方出かけるわよ」
「どこに行くんだい?洋服はこの前たくさん買ってもらったけど」
「ふふふ、現代社会を生きるのに頼りになる先生に会いに行くの」
その先生との出会いも高遠家にいた頃だから、そろそろ百年以上の付き合いということになる。
つまりその先生も人ではないということなのだ。
「ダイヤのIDを作る依頼をしたの。もう頼んじゃったけど、高遠の姓でいいかしら?」
「『高遠金剛』になる、ってこと?」
「そうね。字面がかなりゴツイけど、ダイヤ、って読ませればいいんじゃない?」
「いわゆるキラキラネーム、ってやつ?・・・悪くないね」
ダイヤの適応力は半端なく、もうその辺にいる地上の男の子たちと変わらないようだ。
「翡翠も『高遠翡翠』になったのよ。従姉妹ってことにしてね」
「ボクに家族ができるなんて。なんか不思議だな」
ダイヤの笑顔は邪気が無い。
少し頬が赤らんで本当にうれしそうだった。
「ダイヤの誕生日っていつなの?」
「2003年4月20日」
「あら、もうすぐ。8日後?この国では晴れて成人よ」
「あ、でも『太陰暦』上だから、もうちょっと後かな?」
「いいのよ、アバウトで。成人のほうがなにかと都合がいいしね。お酒も飲めーる!」
ダイヤはプッと吹き出した。
「それにしても『太陰暦』なんて懐かしいわね。太陽暦が採用されたのはつい最近の明治時代のことだもの。それまでこの倭の国は月の暦で生きていたのよ」
「地底では月の満ち引きによる海流の変化とか重要だから今でも太陰暦なんだよね。ところで、女性に年齢を聞くのは失礼だと思って遠慮してたけど、ヒメの設定ではいくつなの?」
「そうねぇ。この体になったときに美沙は28歳だったから、28でどう?」
「うーん、相変わらず聞きたいことはたくさんあるけれど、一度に聞いたらパンクしちゃいそうだなぁ」
「まぁね。何せ私が地上に来たのは敦仁親王が春宮に冊立された頃だったから・・・」
「ボクそれなりに地上の歴史を勉強してたんだけど、敦仁親王って誰?」
「醍醐天皇。延喜の治世よ」
「それって平安時代だよね。千年以上前じゃないか。じゃあ、実質年齢千百歳くらい?」
「そうなるわねぇ。その生きてきた歴史をすべて語るには膨大すぎるのよ」
ダイヤのキョトリとまん丸に見開かれた瞳が可愛くて、私も笑む。
こうしてダイヤとの時間を積み重ねてゆけばいい。
 
 (2)
井沢法律事務所はいわゆるビジネス街一等地・丸の内一丁目の大きなビルの一階をまるまる占拠していた。
とても繁盛しているということなのだろう。
この法律事務所が昼と夜の二つの顔を持つことを知る者は限られているのだ。
私達が訪れるのはもちろん夜の部、担当弁護士の井沢先生は吸血鬼だから夕方からの勤務になる。
午後五時五分前。
約束の時間より早く到着した私達は麗しいヴァンパイアレディに案内されて応接室に落ち着いていた。
「いきなりガブリ、はないよねぇ?」
「ない、ない。ジェントルマンの井沢先生に失礼なこと言わないでよ」
「はーい」
吸血鬼を初めて見ることになるダイヤは尻込みしているようだが、もっと怖いバケモノが隣にいることに気付いていないところが天然なのだ。
五時ジャスト。
相変わらず時間に正確な井沢先生が応接室の扉を開けた。
「先生、ご無沙汰しております」
「高遠様、いつもご贔屓にしていただきましてありがとうございます」
井沢先生の眼鏡を直す癖は健在で、神経質そうな顔は血色が悪い。
そもそも血色の良い吸血鬼など存在しないだろう。
「あなたが出奔してから30年、いや40年ですか?酔狂なことなさるから心配しておりました」
「ご心配いただき、痛み入ります。おかげさまで無事に還俗致しました」
「さて、本日はご一緒の方の戸籍、IDの作成という内容でよろしいでしょうか?」
「高遠金剛です。よろしくおねがいいたします」
ダイヤがぺこりと頭を下げると井沢先生はまじまじと彼の顔を凝視めた。
「翡翠様を思い出しますな。雰囲気がとてもよく似ていらっしゃる」
「ええ。私達が出会ったのは運命かもしれないわ」
ダイヤはああ、そうか、とここにも事情を解する人がいるのだと安堵したようだ。
「はい、はーい。お写真撮ります。ダイヤさんはそちらのホワイトボードの前に立ってください。男前大歓迎ですよ~」
「あ、はい」
テンション高めのヴァンパイアレディに促されたダイヤが素直に従うとバシャ、バシャと遠慮なく数カット撮り、彼女はさっさと応接室を出て行ってしまった。愛想があるのか無いのかよくわからないレディである。
「話が終わるころにはIDもできているでしょう」
井沢先生は膨大な書類を取り出して机の上にドサリと置き、几帳面に縦横のズレを正した。
「まずは高遠様の資産について状況を簡単にお知らせしておきます。明細は後日書留で送りますので」
「はい。よろしくお願いいたします」
「投資信託等で順調に運用致しまして、スイスバンクの口座には当初の倍の金額がございます。晴れてVIP中のVIPに仲間入りといった感じですね」
「あら、すごいわ。じゃあ、こちらの事務所にももっとお支払いしなくちゃね」
「その都度手数料をいただいておりますので心配ご無用です。それよりも私の嫌がることをわざとしようというところは相変わらずですね」
井沢先生はとても神経質で曲がったことが大嫌いなのだ。
「井沢先生って、多分な謝礼をもらうと眠れなくなるんですって」
「我々ヴァンパイアは存在自体が罪深く、常日頃から血をいただいて生きているのですから、過剰という言葉に敏感なのです」
「・・・なるほど」
ダイヤは納得したのかしないのか、どうでもよい相槌を打つしかない。
「それにしてもスイスバンクのVIPって。ヒメ、もしかしてすごいお金持ち?」
生きるというのはそれだけでお金がかかるのだ。
蓄財なんて千年も前から心がけているというもの。
「まぁね。金塊もガッツリ隠してあるから」
「そうなの?」
驚くダイヤを尻目に井沢先生はフン、と鼻を鳴らした。
「その金塊ですが、私の忠告を聞いて正解でしたよ」
「あら、どういうこと?」
「あなたは有毒ガスが立ち込める洞窟の奥に隠したから大丈夫、なんてお気楽なことをおっしゃっていましたが、スイスバンクの貸金庫に移しておいて正解でした。だいぶ前に例の洞窟は地殻変動で別の出口ができて、有毒ガスなんかはもうありません。誰かに見つかっていたら盗られてましたよ」
「そうだったの。さすが井沢先生だわね。ナイスアドバイスだったわ」
「恐縮です。ちなみに昨今金の値段が跳ね上がりましてね。お預かりした40年前にくらべると3倍の価値になっております」
「私ってつくづくラッキーね」
「換金されますか?」
「うーん。結局戦争とかになるとお金は所詮紙だから、現状キープでお願いするわ」
「かしこまりました。賢明なご判断ですね」
ニコリと井沢先生が笑ったところで例のヴァンパイアレディがIDや諸々を載せたトレイを持参して戻ってきた。
「ああ、できたようですね。確認をお願いいたします」
私のIDには『高遠媛』と漢字表記してあった。
「先生。この漢字をあてたのはどうして?」
「だってあなた、緋色の魚なんて自分の子供にそんな酔狂な名前をつける親は『〇バカ日誌』の主人公くらいしかいませんよ。平仮名の『ひめ』だと幼稚じゃありませんか。カタカナの『ヒメ』だとIQ低そうですし。平安の宮廷では『才媛』と誉れ高かったのでしょう?」
「ごめん、ボク今までカタカナで呼んでたよ」
ダイヤがIQ低そう、にすまなそうな顔をした。
「そうだったの?別に何でもいいけど」
「ま、お気に召さなければ変更いたしますが」
「いいえ。気に入ったわ」
それから先生は私とダイヤの名義のクレジットカードを手渡してくれた。
ブラックフェイズにゴールドのライン。
「限度額無しのセンチュリオンカードです。我々のような存在には実に便利ですよ」
「たしかに世紀を生きる私たちだものねぇ」
ダイヤがくすりと笑った。
どうやら井沢先生のお茶目なところに気付いたらしい。
それと井沢先生はダイヤの名義の携帯電話を用意してくれていた。
「助かるわ。IDを受け取ったら即買いに行こうと思ってたの。さすが至れり尽くせり、仕事の早い井沢先生ね」
「恐縮です」
心なしかドヤ顔の井沢先生は、「それともうひとつ」と真顔になった。
「どうやら財前幸哉があなたを探しているようですよ」
「ありがとう。気をつけるわ」
情報収集も卒がない。
まったくたいしたやり手先生なのだった。
こうして私たちは井沢法律事務所を後にした。
 
「吸血鬼っていっても普通の感じの先生だったね」
「まぁね。先生は弁護士だけど、ナイトドクターやってる人もいるとか。昼が平気な吸血鬼もいるらしくて銀行員とか、公務員とか、ともかくお堅い職業の方が世を渡るには便利なんだって」
「へぇ・・・」
今日のダイヤはキャパオーバー甚だしいに違いない。
「このIDってさ、偽造ってこと?」
「ちゃんと戸籍を用意してもらってるし、メイクは政府から発行されているものと一緒だから本物よ」
「戸籍まで作れちゃうのかぁ。スゴイな」
「ヴァンパイアはインテリ&ハイテク集団なのよ。井沢先生のところは特に何でもできちゃうのよね」
ダイヤは一拍、何か考え込んでいる。
やはり井沢先生の最後の言葉が気になるらしかった。
「財前幸哉って、誰なの?」
「私を囲っていた財前幸彦の息子よ。そしてこの体の持ち主だった美沙の息子」
この話はまた複雑で長くなる。
なにせ何十年にもわたる一人の女の人生がそこにあるのだから。
「体の持ち主・・・、ってフレーズ、何回か聞いたね」
「そう。簡単に言うと、私は人を食べることでその人の体も記憶もすべてを受け継ぐことができるの。もちろん私自身の記憶は保ったままでね」
ダイヤは驚きのあまりに言葉を発することができないようだった。
吸血鬼などは何ほどのものでもない。
一番恐るべきバケモノが隣にいるということに気付いたのだろう。
拒絶されるだろうか?
それならばそれで、悲しいけど仕方がない。
それでも私はダイヤと一緒にいたい。
「スゴイな、ヒメ。死なないし、無敵じゃん!」
「・・・まぁね」
ケロッと言い放つダイヤの柔軟な適応力のほうがスゴイ、と私は思った。

 (3)
辺りが暮色に包まれてゆく。
「今日は雲が無さそうだから、星が見えるかな?」
ダイヤは本物の星空に憧れていたので、飽きずに夜空を眺めることが多かった。
「いい場所に連れて行ってあげる」
とあるビルの屋上はずっと鍵が壊れていることから出入り自由。
階段でこっそり30階近くを登らなければならないのが難点だが、地上までガッツで這い上がってきたダイヤには造作もないことだろう。
下界にも満天の星のようなきらめきが広がるこの光景は一夜の宝物。
「すごいや、絶景だね」
「ね、苦労して登ってきた甲斐があったでしょう。私はここから夜景を見るのが好きなんだ」
「うん。それに星が近い」
ふたりで肩を並べて空を仰ぐ。
「星空を直に見られるなんて、本当に夢みたいだよ。星座にはそれぞれ神話があるんだよね。ロマンがあるなぁ」
「あの『W』なら知ってるわよ。アンドロメダ姫の母・カシオペヤ王妃。高慢で自分の生んだ娘の美貌は海のニンフよりも勝っていると公言してポセイドンの怒りに触れた、、、とグーグル先生は言ってるわね」
「傲慢と戒めか、神話らしいね」
「地上は道徳観念が育まれないと目も当てられない世界だものね」
それきり私たちはしばらく口を噤んだ。
春の息吹を孕んだ夜風がぬるく、心地よい。
ダイヤは何を思うのか。
「そういえばさ、ここ数日ニュースで騒がれている潜水艇消失の話聞いた?」
「うん」
一昨日に世界に流れたニュースでは、タイタニック号を探索するツアーの潜水艇が行方不明になっているということだった。
1997年に大ヒットしたハリウッド映画『タイタニック』。
実際に1912年に豪華客船が海に沈んだ話をドラマチックに脚色したラブストーリーだ。
そのタイタニック号はいまだ海底に眠るとあって、映画のヒット以降、海底探索などが行われ、タイタニック号の水中の様子が世界に公開されて話題になった。今回の潜水艇というのはタイタニック号を実際に目にすることができる海底ツアーのことだ。参加費は一名25,000ドルほど。資産家でなければ到底参加できるものではない。
その潜水艇が消息を絶ったというのだ。
約5名の乗員。父子の親子も参加していた。
「ボクは空、宇宙に憧れたけど、深海にロマンを馳せる人もいるんだなって」
「どちらも人がそのままでは生きて行けない空間よね」
「ヒメはその深海から来たんでしょ?どんなところなの?」
「光も届かない真っ暗なところよ。そして水が重たくて肌にまとわりつくような圧迫感のある水底ね。生命が海から生まれたという話は知ってる?」
「うん」
「海の底はまさに生命のスープのように濃いドロドロとした物が横たわっている感じかな。人魚にはソナーみたいなものが備わっていて、空間を把握することができるの。そしてその皮膚は水圧に耐えられるほど丈夫でしなやかなものだった」
「水圧か。たしかにニュースでも潜水艇の耐えうる水圧について解説してたな」
「人魚の私たちでさえ、海上に上る時には何段階も水圧を体に慣らしながらだったもの。潜水艇がどれほど頑丈かは知らないけれど、潮流や天候にも敏感にならなければ危険なのよ」
「聞いて悪かったらゴメンだけど、ヒメは、どうして陸に上がったの?」
「うふふ。それはまさに『人魚姫』と一緒。助けた人間の男に恋をして・・・、ってやつよ。男は私を裏切り、帝への献上品にされちゃったけどね」
ダイヤは何と言ってよいのかわからかなったのだろう。
しかしその瞳には同情の色が滲んでいる。優しい子なのだ。
「知ってる?前に出会った人魚から聞いたんだけど、アンデルセンの『人魚姫』って、人魚族には恐怖の伝説として語り継がれているんですってよ。陸に上がると恐ろしい目に遭うぞ、っていう教訓ね。私がキッカケになったのかしら」
「それはセンセーショナルだね」
「人魚でなくなった者は人にもなれない。その狭間の因果に堕ちて縛られる。だから死ぬこともできないんだわ」
そうだといって悲しいとは思わない。
「長く生きるってどんな感じ?」
「うーん。どうなんだろう。出会った人たちをずっと見送ってきたから、辛いと思うことが多かったかな。でも、心を通わせる人と出会うとやっぱりうれしいのよね」
人は忘れ去られた時が本当の死だと言う人がいる。
そうなると私はいつでも送る側で、出会った人達を記憶に留めていく存在ということになる。
「ボクのこともヒメが見送ってくれる?」
ダイヤの目はやはり死をみつめているのだ。
「もちろん」
「ありがと。なら、ボクはヒメと一緒に永遠に生きることになるんだね。ラッキー」
ダイヤの微笑は時折謎めいていて、それが悲しみなのか、諦めなのかがわからない。
「あ、そうだ。せっかく携帯電話もらったから、アキラさんに連絡したんだ。明日会ってくるね」
「そう。アキラさんによろしく伝えておいてね。どうやって行くかわかる?」
「大丈夫。マップ先生もいるしね」
本当に若い子の順応力はスバラシイ。


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