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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第九話 第三章(4)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
ある朝、姫の父・中納言が用を足しにでたついでに娘はどうしているかと落窪の間を覗きました。姫は寒さにかじかんだ手で必死に縫物をしながらみすぼらしく震えておりました。
気に掛けてやれない後ろめたさもあってか中納言の顔は冴えません。
そしてこの父親は娘が虐げられているのを知らないのでした。

 惟成と右近の少将(4)

ある朝、父の中納言が用を足しに出たついでにおちくぼ姫の部屋を覗いてみました。しばらく会っていない娘はどうしているかと気まぐれに思い立ったのです。
久しぶりに見る娘はみすぼらしい着物を着て、寒さにかじかみながら縫い物に追われているところでした。
部屋には暖をとる火鉢もなければ薄い衣で寒々しい様子です。
さらさらとこぼれ落ちる長い髪が美しく、輝くばかりの年頃の姫を痛々しく思った中納言でしたが、放っておいた後ろめたさから娘をいたわるような優しい言葉が出てきません。
「しばらく会っていなかったが、元気にしているかね?」
「はい、お父さま」
姫は縫物の手を止めると、声を掛けられたことがうれしくて、にっこりと微笑みました。乙女らしい美しい様子ですが、徹夜続きで青白い顔をしております。
「ひどい着物を着ているね。あちらの娘たちにかかりきりになってしまっているので面白くないだろうが辛抱しておくれ」
ひどい着物を着ている、という父の言葉に姫は何も言えずに項垂れてしまいました。姫は着物を与えてくれない北の方を非難するようなことはしたくなかったので、どう答えればよいか返事に困ってしまったのです。
中納言は返事をしない娘が自分を恨んでいるのだろうと思うと憂鬱になりました。
「もしよい話でもあれば、よく考えて結婚しなさい。このような部屋で縫い物ばかりしているのも哀れだから」
「はい、ありがとうございます」
中納言は溜息をつきながら自分の寝所へと戻りました。
やはり手元近くで育てた子供達とは違い、愛情が薄く、どう接してよいのかわからないのです。
家内の差配はすべて北の方に任せているので、この老人は娘が年頃であることも、裳着を済ませていないことにも考えが及びません。そもそも中納言の姫君がお針子のように縫物ばかりをさせられていることに疑問を感じてもいないのです。あの北の方の気性を鑑みて長年見ぬふりをしてきたことを今さら変えることもできないのでしょう。すでに思考を放棄しているのです。
それでも娘のみすぼらしい様子を目の当たりにした中納言は北の方に尋ねました。
「今おちくぼの間を覗いたら、薄い着物一枚で震えていたが、着物は与えているのだろう?」
さすがに与えていないという返事はできないので、北の方はわざと、
「お好みが難しいのか、あげても着ないんですよ。でも炭は高価ですからねぇ」
中納言が炭の値段など知るはずもない、とうまくごまかしました。
「しかし綿入れの着物はやってあるのだろう?風邪でもひかれたら困るから、着るようにいいなさい」
「もちろん綿入れくらい与えておりますとも」
綿入れというのは着物の間に綿を詰めて防寒すること着物のことです。
そうして、春先の四月一日に綿を抜く習慣があることから、この日を四月一日(わたぬき)と呼ぶのです。

さて、北の方は本当のところ綿入れの着物さえ与えていませんでしたので、これであげないわけにはいかなくなりました。しかしただ与えるだけではよろしくないと考え、蔵人の少将の正装用の袴をきれいに縫い上げれば褒美として与えようと思いつきました。まったくよくもこのような意地の悪いことばかりを考えつく御方でしょうか。
姫は着物がもらえると聞いてうれしくて、丹精込めて縫い上げたので、その出来栄えの見事なこと。
おしゃれな蔵人の少将も満足してほめそやしました。
「うん、とてもよく仕立ててあるね。よい出来だ」
「うちは腕のいいお針子を置いているものですから」
などと、三の君は自慢げに鼻を上に向けています。
阿漕は自分の姉妹を蔑むこの高慢ちきな姫の言葉を苦々しく聞いて、はらわたが煮えくり返るような思いをしていましたが、おちくぼ姫の為にもじっと我慢です。
三の君は北の方にそっくりの性格で気が強く、鼻持ちのならないところがありますが、さすが本家の北の方は堂に入ったもので、
「少将が褒めたことをおちくぼに言うんじゃないよ。ああいう娘は褒めるとすぐつけあがるからね。鼻っ柱を折っておくくらいがちょうどいい」
とさらに冷徹な言葉を吐いたのでした。
そして姫に褒美として与えた綿入れは色も褪せた自分のお古、意地が悪い上になんともケチな北の方なのでした。

阿漕は腹をたてて、蔵人の少将が袴を褒めていたことをおちくぼ姫に話しました。
「北の方さまって、本当に意地悪ですわねぇ。蔵人の少将さまはお姫さまの仕立てを宮中でも自慢していらっしゃるそうですよ。お姫さまの手柄だというのに、こんなお古の綿入れなんてケチくさい」
「まぁまぁ、阿漕。最近冷え込んでいたのでありがたいわ。それに少将さまにも喜んでいただけてよかったわ」
「本当にお姫さまの人の良さには困ってしまいますわ」
「だって恨んだっていいことはないでしょう」
そう微笑まれる姫のなんと清らかで美しいことか。
阿漕はこのような方を神仏が見捨てるはずはないと心から信じております。
おちくぼ姫は手元の文箱に描かれた貴公子と姫の絵を見ながら、ふと漏らしました。
「蔵人の少将さまはきっと素敵な殿方なのでしょうね。この絵の貴公子のように・・・」
姫は恋に憧れる少女のようにうっとりとしています。
「お姫さま、お手紙を下さっている右近の少将さまの方がずっと素敵だという噂ですわ。いっそのこと真剣にご結婚を考えられてはいかがですか?」
そう阿漕が勧めても、姫は困ったような顔をするばかりです。
「人並みでないわたくしが結婚などできるはずがないわ。世の殿方は婿として大切に扱われるのが本望だというではないの。わたくしと結婚しても誰もそのように世話をしてくれるはずもないのに。少将さまはそのことをご存知ないのね」
姫が一向に結婚を考えないので、右近の少将はある程度仕方なしと心を決めていたものの、どうにか姫から返事をもらえぬか、とまた手紙を贈り続けるのでした。





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