『スチームプリズン』フィン・ユークレースについて語る

 FD発売おめでとうございます!!!???
 なぜ「?」が入っているのかと言うと、情報社会不適合人間すぎるせいでそんなものが決まってたことをこの発売直前時期になって知ったからです。好きな作品の情報はちゃんと追うべきですね。そんなわけで、note登録したからにはいつか書く予定ではいたフィンについての話を急遽前倒しにすることにしました。
 
 スチプリは私自身はSwitch版が初プレイだったのですが、元々彼が攻略不可だったことは知っていたし、実際プレイ始めて早々に「いや何が一番不条理ってこいつがオリジナル版でルート存在しなかったことだろ」と思ったものです。が、ゲームを進める内に、ああだから彼は攻略できなかったんだなという理由がなんとなく見えてきたんですよね。
 この記事は、フィン・ユークレースというキャラクターを軸に本作の感想をひたすら語りつつ、彼の作劇上の役割と当初攻略不可だった理由についての個人的見解を述べています。あくまで個人的見解なので色々と異論はあるとは思いますが、こんな見方もあるよということで。
当時個人的に付けていたプレイ日記を元に書いてるので、もしかするとちょっと間違えている部分もあるかもしれませんがご容赦ください。あと上記のように新参寄りなので古参ファンの感覚からは色々離れてるかもしれないことと、作品外の企画やスタッフ発言等についてはほぼ知らないので、的外れなことを言っている可能性はあります。あくまでSwitch版のゲーム内情報のみから組み立てた文章となります。
と真面目に前書き書いてるけど本文はのっけからふざけてるので(内容は真剣に考えてます)、あとめっちゃ長いので読み流す程度にお付き合いいただければ幸いです。



1.本編の振り返り


〈キルスとフィン〉


 検索で「スチームプリズン」って入れたらサジェストに「ヤンデレ」って出てくるのが本当に笑える。皆どれだけ印象深かったんだよいやもしかしたらフィンのことじゃなくてユネ様に埋まった石のことなのかもしれないけど(んなわきゃない)
 フィンはゲーム開始時点で主人公キルスにとって一番身近な存在。スチプリという物語は二人の日常から始まり、共通ルート前半は基本的にずっとキルスとフィンのコンビで行動し話を進めていくことになる。そして、キルスが冤罪をかけられ離れ離れになる所から、不条理に立ち向かうキルスの物語が動き出していく。
 プレイ当時本当に驚いたのが、二周目以降に追加されるフィン視点シーンの多さ。個別ルートにすら追加シーンあったのでプレイ方法によっては見逃す人いるんじゃなかろうか。キルスの物語が動く裏で常に「HOUNDSのフィン」の物語も動き続けていて、そんな二人が再会する時には、お互いにそれまでとは別物の存在になってしまっている。


〈各個別ルートでの印象〉


 これ読んで下さってる方はプレイ済だと思うので細かい説明は省きますが。
 フィンといえばバッドエンド担当キャラと言ってしまっても異論を唱える人はそんなにいないのではないかと思っている。まあプレイすればわかる通り実際の所は「意外とそこまででもない」のだけど、やはりあのヤンデレムーヴはいちいちインパクト大なのでね……。
 以下はキャラ紹介順ですがそのまま私の攻略順でもあります。
 
●エルトクリードルート
 何を隠そう私がスチプリで最初に到達したのはフィンに襲われる(ダブルミーニング)エンドである。選択肢から分岐に入るまでが長すぎるわ。いやでもあれ初見で殺せた人いるの? そりゃ私も自分で選んどいてなんだが「もう引導渡してやれよ」と思ったが。実際引導渡さなかったからこそあんなことになったわけですが……。
そして引導渡す方は渡す方でなかなかえげつないというかキルスがかなり可哀想。ここの選択肢で絞殺を選ぶとフィン自ら「上手い殺し方」を教えてくれるわけなのだが、なんとなくそんな気はしてたけどこれはHOUNDSでザクセン氏に教わったことだというのが別ルートで判明するという時間差ダメージも酷い。
 監禁される方のバッドについてはキルスがだいぶ迂闊というか、フィンに好かれていることを頭では理解していても、色事に疎すぎてそれがどういうことかがいまいちピンときてないんだろうなと感じた。「フィンが狂ったのはキルスのせい」の本質は、HOUNDSに配属された云々よりもフィンがすべてを賭けられるくらいキルスのことを好きだったのにそれに応えることができなかったって部分なんだけど、キルス的にはそこをちゃんと理解できてるとは言い難いようでなんかちょっと会話が噛み合ってないなと。あとこのキルスは既にエルトに心を寄せているので、そういう意味でも二人ともかなり痛々しかった。
 ベストエンドの方ではちょっとマシな末路に……いやマシだったんだろうかあれ……。精神状態は多少まともになってた気はするけど。ただ、エルトルートにおいて色々問題が表沙汰になった直接の発端はフィンの暴走だったので(元々火種は大量にあったのであくまできっかけでしかないけど)、そういう意味ではキルスの手で直接方を付けたグッドエンドの流れの方が個人的にはいっそ納得いくような気もしたりはした。
 振り返ってみると、このエルトルートが一番フィンの暴走度が高かったルートだったと思う。多分いきなり他の男とのキスシーンなんて刺激の強いもん見せられたせいで諸々のストッパー全部ぶっ壊れたんだろう。なお私は初回がこのルートだったせいで、その後他ルートでもいつヤンデレとエンカウントするか常に頭の片隅で危惧しながらプレイする羽目になりました。
 
●ウルリクルート
 基本的にストーリーが対ラファール軸及びフェリエの掘り下げで進んでたので、HOUNDSが絡んでる場合じゃなかったというのもあり、フィン本人は最後まで登場しなかったルート。ただその代わりなのかなんなのか名前や回想はやたら出てきてたので、なんだかんだでずっとフィンの存在を感じながら進めることになった。
 と言うかキルスに恋愛を意識させる小道具として登場したあの小説のキャラ配置、「長年姫を支える騎士」→「亡国の姫」→「途中から現れた王子」という片思い連鎖が意味深すぎる。騎士が姫に片思いしてるけど姫は気付かない(しかもキルスが「なぜ気付かないんだろう」とか言ってる)って描写でフィンが浮かんで仕方なかったの私だけじゃないですよね。
 上記のように本人が出られる余地がなかったからこそ、所々で彼を思い出させるような描写が入っていたのではないかなと思っている。なんというか、結局のところキルスの新しい人生というのは、どこまでいってもフィンの犠牲の上に成り立っているものなのだということをプレイヤーに忘れさせないためというか……さすがに穿ちすぎかな。
 
●アダージュルート
 主人公と関係良好だった元パートナーとの再会に際して抱く感想が「潜伏場所割れちゃったじゃん……(戦慄)」になるのどう考えてもおかしいんですよ。折角のアダージュ先生との甘いシーンでも「今これ絶対ヤンデレがガラス一枚隔てたところにいる……」という焦燥で全く集中できなかった(どうやら垣間見は一瞬でそんな大したものは見られてないと後から発覚したが)。二周目以降の追加シーンも相まってナチュラル狂戦士描写が一番充実してたルートだったけど、隙あらば殺しにくるノリだったエルトルートよりは比較的思考回路はまともだった。ちゃんと攻撃心もセーブしてたし。キスシーン見られてなくて本当に良かった。
 フィンエンドの一つが置かれてるのもこのルート。取ってこいって言われたのは耳なのに抉るの面倒だったのか首ごと採取してきた横着さにはちょっと笑ったいや笑ってられる絵面じゃないしキルスがビビるのも無理ないが。このエンド正直割と好きです。やっぱりなんか……生き残ってキルスを歪んだ形で手に入れるよりも、キルスの手でもしくはキルスのために死ぬほうがいっそ救いになるような気がするんだよね。そういう意味ではフィンにとっては、誤解の末とはいえキルスに撃たれてペンダントも返せて、想いは伝えきれなかったけど少しでも話すことができて、しかも結果的にキルスも後を追うことになった(キルスは可哀想だが)こっちのエンドの方が、正規ルートの流れよりも幸せな末路だったなと思う。
 
●イネスルート
 拠点の位置的に一番エンカウント率高かったにもかかわらず道中では登場しなかったルート。そしてウルリクルートと同じく、やはり本人出ない代わりに話題はよく出ていた。多分、珍しくベストエンドで真っ当に生き残るルートだったから、本人は出ない=HOUNDSとしての所業はキルスに見せないようにしつつ、話題にだけは出てたんだと思う。
 今までは大抵死ぬ間際とかだったのがようやくまともなシチュエーションでペンダント返せたけど、これこの段階となっては「イネス殿との思い出の品」になってるのがあまりに残酷。しかもこの先はそのイネスとのイチャコラを見せつけられることになるという。まあある意味では上界にいた頃のポジションに戻ったとも言える。
 ちなみにノーマルエンドでのキルスは、上界に戻る以上自由恋愛はできないのでいずれは神官院の決めた相手と結婚することになるけど恋心を封じてパートナーとしてイネス殿の側にいようと決意する結末になってるのだけど……これかつてのフィンの立場まんまなんだよなぁって。別にキルスは何も悪くないけど因果応報というか運命は巡るというか。
 
●ユネルート
 このルートやる頃にはすっかり彼が出てくるだけで警戒する体になってしまっていた。あの会うか否かの選択肢で数分悩んだ。ここで会わない場合、フィン視点ではキルスがフィンを忘れずにいると知ることができないために、会いたい気持ちが暴走してしまいバッドに繋がっていく。一方で会ってきちんとキルスの口から事情を聞いた場合、「大切なキルスは敬愛するユネ様のもとで無事でいる」「自分のことも変わらず大切に想ってくれている」とわかり、完全に正気に返ったかどうかは別として色々吹っ切れはしたんだと思われる。
 このルート何が特殊って、もちろん彼にとってキルスが一番大事なのは一貫してるにしても、言うなれば恋敵であるユネ様もまた「大切なもの」の範疇、上界での幸せな思い出の一部だったんだろうということ。多分あの慰問時のキルスとの再会時点でフィンは、彼女が自分のもとに帰ってくることは諦めていた。だから、二人を逃がして自分自身の復讐を遂げることを選んだ。やろうと思えばザクセン氏だけ殺してキルスを追うこともできなくはなかったと思うけど、それをしなかったのは結局、キルスの側にいるのは自分じゃないという悟りとか、獣に成り果てた自分がキルスの側にいる資格はないとかそういう心情だったのだろう。
 で、その復讐……ぶっちゃけ実に爽快でした。クソ親父ことグリッサードさんはいかにも前座扱いでサクッと殺ってたけど、本人達は知らないとはいえまさにこいつがキルスの仇でありフィン下界落ちの元凶でもあるので、結果的にはキルスの代わりに敵討ちしたことにもなったね。そして真打の対ザクセン氏については……本当に……本当に壮絶だった。ザクセン氏に引き出された狂気でもってそのザクセン氏を倒し、彼の生き様全てを嘲りながら最高の苦しみを与えて死に至らしめ、そのまま自分も死んでいくという。(フィンルート除けば)最終攻略推奨であるこのルートにふさわしい最期だったなと。
 ノーマルエンド二種では無事に上界に帰還して本来の健全な姿を取り戻していた。平和な形でキルスの側にいられる貴重なエンドなのだけど、ifストーリーでは普通に国の決めた相手と結婚することになってたりして製作者容赦ねぇなと思った。まあ、立場は変わったけど元の関係に一番近い所に戻ったエンドだったということだろう。
 
 

2.フィン・ユークレースの担っていたもの

〈攻略不可キャラクターとしてのフィン〉


 結論から言います。
 本作におけるフィンの役割、キルスにとってのフィンというのは、良くも悪くも上界での生活、平和だった日常の象徴なんだろうなと。つまりはあのフィン出ずっぱりだった共通ルート前半というのは、その「日常」がフィンと共にあったことを強調し、恋愛対象ではなくても彼がキルスの特別な存在であったことに説得力を持たせるための描写だったのだと思う。だからこそ、下界に落とされたキルスにとってフィンは「帰る場所」。ただし、両親を失い上界の歪みを知り変わってしまったキルスには「二度と帰れない場所」でもある。
 一通りルートやればわかる通り、キルスが攻略対象と結ばれるエンドというのは、全て下界(保護地区)で生きていくことになる。言い換えると、恋を知ったキルスが幸せになるためには、恋愛が禁止されている上界を捨てなくてはならなかったということ。そう、フィンがキルスに託され背負ってきた上界での日常を
 ユネルートまでやってそのことに思い至った時、私は心底納得したと同時に、あまりの残酷さに震えました。だからオリジナル版にはフィンのルートが存在しなかったんだと。
 罪人の烙印を押されたキルスに、フィンは「帰る場所」であってくれと頼まれた。フィンは、キルスが心から愛していた日常の象徴だから。でも仮にキルスが冤罪を晴らしてフィンの元に「帰って」きたとして、それはキルスとフィンが恋人になる結末にはなり得ない。なぜならキルスが「帰る場所」としてフィンに紐づけた「上界での日常」というのには、「自由恋愛禁止故にその概念すら理解していない」「だからフィンの想いに全く気付かない」というかつてのキルスの姿勢すらも含まれているのだから
 キルスの物語と同時進行でフィンの物語も動き続けていたのも、彼のこの役割故だったんだろうと思う。キルスが思い出すフィンは、いつだって在りし日の穏やかな姿でありキルスが愛していた日常の一コマ。でも、そんな帰るべき日常の象徴だったはずのフィンは、キルスの見ていない間にどんどんキルスの知らない存在に変わり、取り返しのつかないほどに狂っていく。確かに戻ろうとしていたはずなのにもう二度と戻ることの叶わない日常、そのメタファーとして。
 


〈イネスルートについて〉


 上でも触れたけど、未登場のウルリクルート除けば唯一ベストエンドでフィンが生存しているイネスルート。これも、たまたまではなく意味のある采配だったと思っている。
 キルスは清廉潔白な正義の人なので、本来ならHOUNDSの悪行なんて絶対に許せない性格をしている。たとえそれがフィンであっても。ただこのルートに限っては、恋の相手がそのHOUNDSの一員であるイネス殿なわけで。
キルスはイネスに恋をして、HOUNDSは皆ろくでもないけどイネスだけは違うと盲目的に思っていた。でも実際はイネスだって散々手を汚してるんだという現実を突きつけられて、その上で、彼の選んだ道は正しくはないけどその所業ごと彼を受け入れると決めた。そんなイネスルートだから、同じく手を汚してしまっているフィンでも、また同僚としてキルスの近くにいられる唯一のベストエンドになったのだと思う。
 加えて、このHOUNDSというのは上界の下位組織かつ元警察官の集まりということで、キルスも正式にそこの所属になるというのはある意味かつての「上界での日常」にかなり近い所に収まったとも言える。だからこのエンドでは、正気に返ったフィンがすぐ近くにいるエンドになったんだろう。
 

〈ユネノーマルエンド二種について〉


 こちらも元の関係に近い所に戻ってきたエンド。上界で生きていくことになる数少ないエンドであるこの二つでは、フィンもまたHOUNDSを辞して上界に戻ってきている。この辺からも、キルスにとっても作劇的にもフィンが「上界での日常」の象徴なんだということが感じられる。ただどちらの場合でもキルスは警察を辞めているので、昔みたいに一番身近な存在というわけではない。恋を知ったキルスは生涯ユネ様を想って生きていくだろうし、キルスは知らないし今は落ち着いているけどフィンはHOUNDSにいた頃は手を汚してきただろう。一見元通りに見えるけど決して完全に元通りにはならない、そんな二人の「日常」のエンド。
 細かいこと言うと、そもそもユネルートはキルスが曲がりなりにも上界に留まるルートだったというのもあってかフィンは「帰る場所」と定義されてなかったりする。なので、厳密に言うと二人の作劇的な関係性も他ルートとは微妙に違っている。だからこのエンドは、かつての生活に一番近い所に戻ってはいるけれど、「キルスがフィンの元に帰った」エンドではないのだというのがミソです。
 
 

3.フィンルート

〈前置き〉


 フィン個別ルートというのは当初ゲーム内に存在しなかったルートです。つまり、元々はフィンルートを除いた五人分のルート+グランドエンディングルートで、スチームプリズンというゲームは完成していたのです。各個別ルートにはキルスの背景事情や両親の死の真相、上界と下界それぞれの抱える問題と確執などの情報が少しずつ配置されていて、それらが最終的にグランドエンディングルートに集約していくという構成になっていたわけです。
 で。そこに後から追加されたフィンルートというのは、そういう「作品全体における役割」が希薄なルートだった、と感じました。まあそりゃ後から追加されたんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。でもやろうと思えば、例えば折角キルス自身が(これまで意外と語られてなかった)HOUNDS内部に入り込むルートなんだからなんかこうもっと盛り上がりを持たせられたんじゃないかとか思うんだけど、物語の縦軸としての起承転結があんまりなかったなと。
このルート、最初から最後まで本当にフィンのためだけのルートだったんだろうなと。そりゃメタ的な意味でフィンを救うために追加されたルートなわけだけどそれだけでなく。
 

〈キルスと恋愛感情〉


 ルート入って速攻でフィンの恋心を突きつけることでキルスに早々に「恋愛」を意識させてきたのには、なるほどそうきたかと結構びっくりした。
これは全ルートそうなのだけど、キルスはまず「恋愛とは何か」「恋愛感情は人間の自然な心の動きであり罪と断ずることが間違ってる」っていうことを理解する所から始めないといけない。で、今までのルートでは、キルスは共に過ごす相手に好感を抱き大事な人だと思うようになった上で「それは恋だよ」と外部から指摘される形が基本だったわけだけど、正直どのルートでも相手→キルスはともかくキルス→相手の感情は「決め手に欠けるな」と思ってはいた。そこへきてキルスにとってのフィンは元々知り合いで大事な相手であり恋仲ではなくても特別な存在には違いないので、乱暴な言い方すると他キャラがルート内でこなしてきた条件を最初から満たしていた
 そしてこのフィンルート内で語られた所によると、恋愛は罪だという意識から思考停止してただけで、キルスがフィンへ向ける感情は元々恋愛に発展しうる想いだった、とのこと。これ明かされて正直一層残酷だなと思った。要するに、環境がそれを許さなかっただけでどの世界線でもキルスはデフォルトでフィンを半ば好きだった、あのアホな法がなくてキルスの恋愛情緒がちゃんと育っていたとしたらいずれは結ばれてたんだろうということなので。キルスって多分「好きになるハードル」はそんなに高くないんだと思う。惚れっぽいとかそういう意味でなく、劇的な何かがなくても好感が自然と恋心に変化していくような普通の子なんだろうと。だから物語開始時点でフィンを好きになる土台は既にあったし、他ルートにおいてはフィンと離れて他の人物と交流を深めたことによって、言い方悪いけどそっちに関心が移ったと。
 だから言うなればフィンルートってキルスがフィンへの想いの正体に向き合う過程なんだけど、これが本当に「フィンとの恋愛」に徹底的に集中しててそれ以外の要素を全て排除したシナリオになってるんだよ。キルス、両親の仇を探したいとかザクセンには屈しないとか前半までは色々言ってもいたけど、正直ルート全般通して大体フィンのことしか考えてない。そりゃ自分の代わりに罪人になった上にその理由は自分を愛してたからだとか言われたんだから無理もないけど。「恋愛とは何かを理解していく」というのは全ルートに含まれる要素ではあるけど、このルートはそれそのものが縦軸になっていて、HOUNDSに所属したりザクセン氏がちょっかいかけてきたりするのは舞台装置でしかない。
 バッドエンドの地の文ではっきり「復讐」という言葉を使っていたのがとても印象的だった。完全に憎しみから来る言葉で、キルスがこういう感情を全面にするのって珍しい気がする。他ルートで両親の仇目の前にした時すらそこまで直接的な表現はしてなかったはず私の記憶が正しければ。このルートのキルスはそれだけフィンがすべてで、他の事柄に意識を一切割いてないという表現なんだと思う。いやまあ如何せん下手人が元から好感度マイナス∞のザクセン氏だからじゃねと言われれば否定できないのですが。
 そういえばどさくさに紛れて書いちゃうけど全ルートやった結果結局フィンが一番エロ担当だったなって……。初回のエルトルートがあんなんだった割になんだかんだでそれ以降のルートは精々キス止まりでたまにアダージュ先生がアレな発言してた程度だったので、ああこれは確かに恋愛糖度は超控えめなゲームだなって油断してたらこれだよ。上界出身の癖にどこでその知識手に入れたんだよ発禁本でも読んだんか。まあ冷静に考えればフィン云々よりも、エピローグでキルスの側から深い方やってたことの方が衝撃かもしれないが。そういう意味でもこのルートのキルスは恋愛全振りだった。でも結婚してから一年間もの間手出してなかったってのはガチで自制心に感服した。片思い拗らせすぎて我慢が板につきすぎ。「抱く」の意味はなんとなくわかってるのに相変わらず子供できる仕組みは知らないキルスには頭抱えたくなったが。
 

〈「二度と帰れない日常」の「攻略」〉


 上界に戻ることも両親殺しの真犯人を見つけることも全て捨てて……というか途中からは実質忘れて、フィンと下界で生きていくことになるこのルート(まあ事件の真相追うのやめたエンドは下界二ルートでもそうなんだけども)。
 フィンはキルスにとって上界の日常の象徴だったからこそ攻略できなかったと言ったけど。ではそのフィンを攻略するにあたりどうしたかと言えば、その上界を、というか人生の全てをフィンの方に先に捨てさせたという
 キルスを守るために、自分の意思でキルスの側を離れたフィン。つまりこのルートのフィンは、キルスにとっての「上界での日常の象徴」としての立場を自ら放棄した……というよりその概念を自分自身ごと壊したと言うべきか。その結果として、このルートでは他のどのルートとも違い、終始キルスの方がフィンを追いかける構図になっている。そして、フィンと共に生きるために、キルスもまた彼以外の上界の全てを捨てた。恋愛は罪だという上界の法に忠実に18年生きてきたキルスが、フィンの想いを知り、今まで知っていたようで知らなかったフィンを本当の意味で理解しようと奮闘し、フィンへの恋愛感情を自覚し、そして恋愛のためだけに生きることを決めた。
 かつて愛していた幸せな日々の象徴だったフィンだけを連れ出して、これまでとは違う新たな日常を構築していこうとする物語だったのだろうと。上界でのしがらみを全て上界に置いてきて自分と愛する人のためだけに生きていくことを選んだ、上界という檻から自らの意志で抜け出した唯一のルートだったのだろうと思っている。
 
 

4.グランドエンディングルート


〈守り抜いた日常、変わりゆく日常〉


 両親の死を回避しクソ息子をとっ捕まえるところから芋づる式に悪人達をふん縛るルート(あまりに端的な説明)。なんかあのたったひとつの選択肢で全てが変わったと思うとほんとままならないというか人生ってそれこそ不条理の連続だなというか。この一件で一念発起したユネ様が真面目に上界の改革に手を付けると宣言、から流れるように各地の攻略対象達が集合するのがちょっと面白かった。
 板挟みの中頑張ったフィンはとてもかっこよかったけど、臨時でとはいえ警察のトップに立つことになったのは驚いた。コルドア殿捕縛の功を見込まれたんだろうし相応のポテンシャルもあるんだろうけどあれ正義感からというよりはキルスのためだと思うの。ザクセン氏と立場ある者同士の対等なやり取りしてるシーンは謎の感慨深さがあったな。
 本編の〆を担うことになるあの青空の下のキルスとフィンのスチルを見た時、やっぱり彼ってキルスにとって「何より大切にしている平和な日常」の象徴として置かれていたキャラだったんだと改めて思った。世界の在り方の変化に伴いその日常も少しずつ変わっていくけど、その変わりゆく日常の中をこの先も隣同士で歩いていく存在。攻略不可ではあったけど、ある意味攻略キャラ以上に作品上重要な役割を与えられていたんだろう。
 ……と思うとまあ個別ルートが存在しなかったのはADVとしては納得いくけどだがしかし乙女ゲーとしてはちゃんと恋愛したいとなるのは当たり前なのでやはり攻略できなかったのは酷いと思う(台無し)ルート追加されて本当に良かったです。
 

〈とはいえ〉


 続編がグランドエンディングの後と明言されてる以上はあそこからルート分岐していくことになるわけだけど、そこを加味せずにあくまで本作だけで見るなら、敢えて曖昧なまま終わらせてるだけで実質フィンが一番有利なエンドだったとは思う。
 自由恋愛解禁された途端に死ぬほどモテてるのは笑ったしそれに対するキルスが無反応もいいとこなのはまああれだけどここのキルスは恋愛の概念が怪しいキルスなので仕方ない。名前書くの忘れたとはいえ一応お見合いの申し込み(というかラブレター?)は送ったみたいだしって思ってたら一年経っても一ミリも進展してないらしくてもうちょっと頑張れよって思った。キルスが仕事と結婚しそうな勢いなのにかまけてたらマジで横から掻っ攫われるぞ特に一番警戒しないといけないイネス殿がすぐ近くにいるのにって……。そして実際ここから更に一年後に誰かしらに搔っ攫われる未来が七人分生まれたわけですね……。
 この時点では、もちろん皆キルスに好感は抱いてるんだろうけど、エルトは進展してる方に賭けてたらしいし(「どこまで行ったんですか」→「ほら言っただろ一ミリも進展してないって」→「貴方にはがっかりです」の流れツボった)アダージュやイネス殿もあんなこと言ってはいたけど本気で口説こうとしてるというよりはフィンをからかってるというか発破かけてる雰囲気だったからね。全員に可能性を残しつつまあフィンが一番可能性高いかなぁ、という、乙女ゲーの大団円ルートとして絶妙な所に落ち着けてたと思う。
 実際こうして曖昧にしてたからこそ続きの物語も展開できるわけですしね。楽しみにしています。
 
 

5.余談:エルトとの対比


 『悠遠』の歌割りとかSwitch版のパッケージ絵とか見るに多分公式も近い認識だと信じてるんだけど、フィンって、メインヒーローであるエルトと対になる、言うなれば裏メインヒーローだと私は思っている。
 この「裏メインヒーロー」と呼びたくなるのは、まずは単純にフィン自身が、ここまで散々語ってきたようにキルスの動きの裏側で常に物語を動かし続けていてなおかつキルスにとって重要な役割を担っていたからというのが一番大きくはある。つまりは恐ろしいことに本人ルートの存在しなかったオリジナル版時点で既に「そう」だったんだろうな(上記のようにフィンの役割は全ルートで一貫してるので)というのがアレなんだが。まあだからこそというか、元々はグランドエンディングがめっちゃ遠回しなフィンエンドという位置付けだったんじゃないかと勝手に思っている(今は明確な本人ルートが生えたしこのたび続編も出るということでそうではなくなったんだろうが)。
 で。元々なんとなくそういう風に思いつつあった所で読んだフィンルートのifストーリー。なんか表裏メインヒーローの一対一の対談って感じだなあと思って、そしてなんとなく、エルトルートでの対決と対になってるような雰囲気も感じられて。ああこの二人、もしかして色々と対比関係になってたのかもなぁと思った。
 博愛主義だけど実際の所は誰に対しても一線を引いてて、自信家の癖に自分のことは大事にしない、自分以外のすべてのために自分のすべてを犠牲にできるエルト。愛を与えるのも愛を欲しがるのもキルス相手だけで、根っから卑屈だけど自分の欲望は理解している、キルスだけのために自分含めたすべてを犠牲にできるフィン。改めて思い返すと生き方や精神構造が正反対だなと。
 だから、フィンが明確に恋敵ポジションに置かれていたのはエルトルートだけだったのかもしれない。フィンルートは最初から最後までフィンとの恋愛そのものが軸になったルートだと書いたけど、エルトルートも他に比べれば比較的パーソナルな話題に終始してたというか恋愛模様がメインだったので。エルトがお偉いさんだから起きるイベントの規模がいちいちでかかっただけで、軸になっていたのはエルトという人間の人となりをキルスが理解し好きになっていく過程だったし。などと思ったりしたのでした。
 
 

6.終わりに


 こんなこと言うのもあれですが、フィンはわざと非攻略キャラにしておいて完全版商法……みたいな邪推も見かけなかったわけではないんですよね。でも実際プレイしてみると、フィンというキャラクターは設計段階から明確な役割を与えられていたであろう人物であり、攻略できないことにも意味があったのだ、と私は感じました。そして、いざ攻略ルートを開通するに当たっても、その元々彼が持っていた「役割」を損なわないままに別の道を歩めるよう模索されたのだろうと思います。フィンルートのシナリオアプローチ、そして移植にあたってもザクセンのルートを敢えて作らなかったであろうことには、本作のシナリオ構築やキャラクター造形に対する製作者さんの強いこだわりや誠意を感じました。
 だからこそ、間もなく発売となる新作に収録されているという新説編……まあ十中八九ザクセン攻略ルートなわけですけど、一体どういう展開になるのか……正直不安な気持ちもありつつも、この製作者さん達なら彼のキャラクター性を蔑ろにすることはないだろうという信頼もあるので期待値を高めて待機していたいと思います。
 もちろん正統続編にあたるカイナベル編も! 変わりゆく日常のその先の物語、まさか見られる日がくるとは思っていませんでした。またキルス達に会えるその時を楽しみに待っています。こんな直近になって知ったから焦ったけど無事予約できたよ!!
 
 

おまけ:主題と全く関係ない雑談


 グランドエンディングにおける対警察集団戦での「アダージュ君俺から離れるな」「気持ち悪いことを言うな」のシーン見て、そういえばアダージュだけ戦闘の心得ないからこういう場だと守られポジションになるわなまあ彼は治す専門だもんな、と思ったまではいいもののそこからふと「RPGだったら攻撃手段皆無のヒーラーだな」と思ってしまい、あの戦闘がちょっとパーティ戦感あったのも相まってRPGパロ妄想とかしてた。敢えて剣と魔法の王道ファンタジーっぽいやつ。
 本気でくだらない話なのですが、私の脳内だけで終わらせておくのもちょっと寂しかったのでついでに供養しておきます。誰かこの設定でパロ書いてください。
 
キルス:勇者と言いたい所だけど彼女は物理攻撃しかできなさそう(ドラクエ的には勇者と言うと大体魔法もちょっと使える)なので普通に剣士で。前衛専門のスピードタイプ、攻撃力はそこまでだけど手数が多い系。
エルト:銃の代わりに弓矢持たせるか。命中率くっそ高い。強力なバフ・デバフ系の魔法が使える。攻撃系もある程度使えるけどウルリクほど強いのは使えない。回復系は使えないイメージ。
ウルリク:魔法使い。全属性の攻撃魔法使えてくそ強い。回復系もちょっと使える。補助系も持ってはいるけどエルトほど強いのは使えない。得手不得手を補い合ってほしいという個人的な趣味。武器は投げナイフとか。
アダージュ:僧侶。回復魔法全振り。補助系は防御タイプだけ使える。武器は無難に杖とか?(刃物は治療のためにしか使わない)ただし攻撃力は雀の涙で実質攻撃手段皆無。
イネス:キルスと同じく前衛専門で物理一辺倒。一撃の攻撃力が大きいタイプ。剣以外の武器も使える万能戦士だと私が嬉しい。総合的なパラメータがパーティトップ。
ユネ:スポット参戦限定で自分では防御コマンドしか使えないけど常時無敵&全攻撃反射特性ありとかそんな感じで(笑)
フィン:剣士でバランス型。ちょっとだけ回復魔法使える。あと状態異常付与系とか即死系とかのえげつない魔法使える。ピーキーなユニット。
 
 
 以上で本当に終わります。長文にお付き合いいただきありがとうございました!

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