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シュレーディンガーのぜんざい
先日レトルトパウチのぜんざいが届いた。某所で注文しておいたやつだ。残念ながらモチは別売り、それでも温めるだけで美味しいぜんざいが食べられる優れモノ――まあレトルトは皆そういうものか。ぜんざいのラベルが貼られているからぜんざいと分かるようなもので、これがカレーのラベルだったならカレーと信じて疑わないだろう。主な材料が小豆で8割から9割ぜんざいでも、とりあえずターメリック入れとけば『そういうカレー』と主張できなくもない気がする。いや知らんけど。
ところでパッケージ表側のラベルには、出来上がりのわかりやすいぜんざいの写真とともに『北海道で作りました!』との文字が躍っている。なるほど北海道で作られたからにはぜんざいそのものは北海道産になろう。しかしながらウラ側の原材料表を見るまでは、この時点では素材までちゃんと北海道産かどうかは不明なままである。つまりこのシルバー眩しいレトルトパウチの内部に存在しているぜんざいは未だ観測されずに状態が定まっておらず、『北海道産の原料によるぜんざい』と『別の場所産の原料によるぜんざい』が同確率で同時に存在しているといえる。
『シュレーディンガーの猫』を超ざっくり説明すると『外からは内部が見えない箱の中に毒ガス発生装置と一緒に閉じ込められたネコの生死は、箱を開けて状態を確認するまで確定せず、中で生きてるネコと死んでるネコが重なり合って同確率で存在している』という、量子力学における思考実験である。そんなこと起こるわけねえだろ、と否定するための思考実験だが、コペンハーゲン解釈によればむしろそちらの方が正しいので、観測されるまでは全ての状態が同確率で重なり合って存在しているわけである。猫を用いた思考実験が許されるならパウチの中のぜんざいにも適用されて然りであろう。つまり北海道産のぜんざいと別の場所産のぜんざいが同時に存在している。
しかしここで重大な見落としが発覚する。『北海道で作りました!』の文字が大いにダンシングする傍らに、大きさにして4分の1ほどの文字で『北海道産小豆使用』の文言が佇んでいるではないか。なんてこった。ぜんざいの原料はほぼ小豆、それじゃあ観測する間でもなく北海道産じゃないか、とも思ったものの今しばらく待ち給えよそこの君。この文字表示はあくまでパウチの外側に張り付けられたラベルのものであって、中身が観測できたわけではない。ネコが放り込まれたハコの表面に『毒ガス発生中!』と書かれているようなものだ。外側がどうであれ中身を観測するまで状態は収束しないのである。封を開けて盛り付けるまでは不確定、何なら『そういうカレー』の可能性だって状態が確定していない以上は否定もされない。言うなれば『こちら側のどこからでも切れます』と書かれたマジックカットの小袋が結局どこからも切れなかった時のように……いやそれはちょっと違うか。
とにかくそういう感じのことを考えながら器に移されたぜんざいを目の前にして、さらなる問題に直面する。残念なことにぜんざいはネコではない。いや当然だけど。ネコが生きてるか死んでるかはひと目で、またはちょっと触ればすぐに分かるが、ぜんざいに加工された小豆が北海道産か否かは見ただけではサッパリ分からない。たぶん食べても断言できるほどの確証は得られないし、となると正確に観測するのは難しく、状態Aでありながら同時に状態Bでもあるぜんざいをそのまま食べることとなる。で、食べたものは自分の血肉になるわけで、となるとコレ書いてる人の体のごく微量な一部分は『北海道産の原料によるぜんざいから作られた体組織』と『別の場所産の原料によるぜんざいから作られた体組織』が同確率で同時に重なり合って存在していることになったりならなかったりするのではなかろうか。いややっぱり知らんけど。こうなるとある程度正確に観測でき得る事象はただひとつ、
ぜんざいおいしい
という主観的事実だけを記しておくことにする。
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