手がすべってしまう
成田空港へ向かうリムジンバスの中。「この旅はわたしの人生の分岐点になる」そんな言葉が浮かんで、涙がこぼれた。まだ始まったばかりなのにびっくりした。 どうってことのないことばかり。でもとても大切な旅の記録。2016年1月のこと。
手がすべってしまう
街で買い出しを済ませた荷物を、車から降ろして手分けしてロッジまで運んでいた。
公道から細い道をしばらく入ると、ロッジの敷地が広がる。
わたしたちが寝泊まりしている建物までは、車からそれなりの距離がある。「もうこれで終わりかなあ」と話しながら、いづみちゃんと2人で車に向かった。
「いやあ、お腹すいたよね~」なんて言っていると、「あれ?車、動いてない?」といづみちゃん。
うわ!ホントだ!動いてる!!滑ってる!!!
2人してスノーブーツでできる範囲の目いっぱいのダッシュで駆け寄る。
ゆっくりと滑っている車に、必死でつかまる。
でも、止まらない。
雪の上ということもあって滑りながら、車はゆっくりと動いている。
うわー、うわーと声を上げながら、わたしは咄嗟に
たっくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!
とありったけの大声で叫ぶ。
いづみちゃんは冷静で、運転席に入ってサイドブレーキをひいてくれた。
車が止まった。
運ぶ必要のある荷物を最終確認して、たった今繰り広げられた漫画みたいな状況に、女子2人でゲラゲラ笑いながらロッジに戻った。
わたしは、割としっかり者に見えてしまいがちなのだが、いざとなると頼りにならない、役に立たない。
車を捕まえながら、どうしよう!どうしよう!と焦っているとき、ふと気づいた。
こういう時、あきらめが早いことに。
あきらめてしまう、というか、手を放してしまう。
◇◇◇
この時から2年くらい前にも同じような感覚があった。
モニュメントバレーで馬に乗りながら、十数人でトレッキングをしたときのこと。
馬は、ナバホ族のイケメンお兄さんが選んで、各自にあてがわれる。
お兄さんは、人と馬を何度か交互に見て選ぶ。恐らくは相性を見ていたんだと思う。
わたしの相棒は、おとなしくて、賢い子だった。
そしてわたしに似て、負けず嫌い、先頭を行きたがる(苦笑)
「ゆっくりでいいよ」声をかけながら背に揺られていた。
馬に乗ると当然だが、いつもよりも相当視点が高くなる。
それが気持ちよい。
地面の感触も馬の振動を通して、感じることができる。
硬い地面、ふかふかの砂地。
視点が高い分、ほんの少しの下り勾配が結構怖く感じられてしまう。
ふかふかした砂地で、ほんの少し下り気味な道が先に見えた。
不安というのは的中しがち。相棒にも伝わってしまったのかな?
ここでスピードを出されちゃったら、ちょっとイヤだなあと思っていた。
すると、後ろからスピードを上げてくる別の馬の気配がする。
その子に煽られるように、相棒はスピードを上げ始めた。
それまですっかり気を許して、油断していたわたし。
足先をひっかけるところのポジショニングが甘くなっていて、あわてて体勢を整えようと試みるも、踏ん張れない。
あ。ダメだ、コレ。
わたし、踏ん張れない。
えーい、もう、落ちちゃえ~。
手綱を手放して、自ら落馬。
その感覚。あきらめるというか、手を放す、その感じ。
後ろにいた友人曰く、「見事な受け身の姿勢での落馬だったよ」とのことで、ふかふかの砂地だったこともあって、ケガもなく済んだ。
無理をして馬にしがみついていたら、私が力んでいた分、腰や脚の筋に変な負荷をかけてしまっていたのではないかな、となんとなく言い訳。
◇◇◇
完璧主義を狙うくせに、ぷいっと手を放してしまうのは、これに限ったことではない。
小学校の時習っていたソロバン。楽しかったけど1級合格まではやれなかった。2級どまり。
大好きなエレクトーンも、高校卒業まで続けたけど、演奏グレード5級合格には至らなかった。5級合格をすれば、店頭のデモンストレーターやら指導者の資格の一部やら、それなりの結果として認められるのだけど、「即興」が苦手で壁を越えられなかった。
英語の勉強も好きで、早々に英検の級を上げていったけれども、準1級合格には至らなかった。2級どまり。
自身の天井らしいものを見つけたとき、勝手に天井と思い込んで、ぷいっと手を放してしまう。
車がずずずと滑り動くのを目にしたとき、大声で叫ぶまではしたけど、ぷいっと。
こんなわたしは生命に関わる窮地に立った時、ぷいっと手を放してしまうタイプなんだろうなとぼんやり思った。
実際、東日本大震災の時も揺れを感じながら、「ああ、こうやって死んじゃうのかなあ」と怖さの向こう側で割と冷静に感じていたっけ。
空っぽの棚のコンビニでぽかーんとし、無力だなあと思ってしまったら、その後、スーパーでの買い物も買いだめをしようとは思えず、とりあえずその日の分しか、選んで買うことができなかったっけ。
大丈夫か?オレ?って自分にツッコミを入れたものね。
手を、放してしまう。手が、すべってしまう。
大病も大けがもなく、守られて、生かされているのだと思います。
大変ありがたいことです。