(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十一話】
目ざとく私たちの、ぎこちなさを見つけた征之介様は、更に追い詰める。
「あれ? 俺、なんか悪い事言ったか?
もしかして、孝ちゃん……新婚なのに、若奥様に淋しい思いをさせてるんじゃないだろうね?
だったら、かわいそうだな。
こんなに美しい妻を放っておくなんて」
征之介様は、長いソファーにゆったりと背をもたれかけ、脚を組んでニヤニヤしている。
なんで、そんなことまで分かるのかしら?
まったくもって、征之介様の言う通りだわ。
まるで千里眼(※なんでも見通す超能力のこと)みたい。
お義父様たちでさえ、仲良くやっていると孫の誕生を待ち望んでいるくらいなのに。
なぜ出会ったばかりの征之介様に、藤孝様と私に夜の関係がないことが分かったの?
「ハハハっ。本当に君たちは考えていることがわかりやすいな」
私の心の疑問に答えるように、征之介様は笑った。
こんな風に、ズバリと夫婦関係のことを聞かれたことなんてなかったから、まさか、自分の表情に『毎晩なんて愛されていません』と、ありありと出ていることにも気づかなかった。
すぐに何でも顔に出てしまう私たち夫婦の、微妙なギクシャクした様子を、征之介様は読み取って、カマをかけて言っただけらしい。
まんまと引っかかってしまった。
「おおかた、アレの手順や女の扱い方を、どうしていいかわからないと言ったところだろう?」
征之介様はフフっと鼻で笑った。
「昔からそうだったもんな、孝ちゃんは。
まじめで、理知的で、子どもなのに感情で動くことがなかった。
今や、妻のことでこんなに激情するようになったなんて、人間らしくなったもんだ」
藤孝様を見上げると、顔を真っ赤にしていて、私と目が合ったが、そらされた。
手順や、私をどうしたらいいかわからなくて、四か月も夜に避けられていたというの?
藤孝様って、おかしなところで遠慮深いんだわ。
私にどうして欲しいのか、お聞きになったらいいのに。
そう思ったが、自分から「ここに触れて欲しい」なんて言うのは、恥ずかしくて言えないような気もする。
「征さんに、関係ないでしょう……」
子どもの時の呼び方なのか、藤孝様も征之介様のことを愛称で呼んで、唇を噛みしめる。
「とにかく、肖像画のことは父様に言って、別な画家に変えます。
征之介さんなんて、危険すぎる」
藤孝様は、抱きしめていた手を緩め、私を右腕だけで抱き直すと、余裕の笑みを浮かべた彼に向き合った。
「俺は別に、構わないが。
男爵から是非、俺に描いてもらいたいと依頼を受けて来たんでね」
ソファーにゆったりと背もたれた征之介様は、袴の脚を組み替えた。
「だが、せっかく忙しい中時間を作ってきたんだ。
せめて、描いた素描だけでも見て、画家を変えると言ってくれないかな」
征之介様は、自信があるようにきれいな微笑みを浮かべ、まっすぐに藤孝様をとらえていた。
「絵なんて、描いていないじゃないですか」
藤孝様も負けじと見つめ返し、反論したがすぐに返される。
「描いたよ、ほら、そこにある」
スケッチブックを置いたテーブルに向かうと、藤孝様と私は息を飲んだ。
これが素描?
もう完成ではないの?
鉛筆だけで描かれたスケッチブックの中には、ソファーに物憂げに座る私の姿そのものがある。
紙をめくると、手や顔などを部分的に大きく焦点を当てた素描や、背景のソファーと大きな窓の装飾が描いてあった。
すごい……。
ずっとお喋りして、笑っていらしたのに、こんなに精細に何枚も素描なさっていたなんて。
これが、天から授かった才能……。
「ワタクシ、征之介様に描いていただきたいですわ」
私はあまりの衝撃で、頭で考えないうちに素直な言葉が出た。
ーーーー
「本当に、櫻子さん、何もされていないのか?」
「な、何もされておりませんわよ。本当ですわ」
藤孝様と、先程から何度もこのやり取りを繰り返している。
そのたびに、なぜ今日は早く帰って来れたのかと尋ねたり、お昼も一緒に食べられるのが嬉しいと話をそらすのに、また藤孝様に同じことを聞かれるのだ。
あぁ、ウソをつくのって、なんだか顔が引きつっちゃう。
征之介様は、スケッチブックしか持ってきていなかったため、今日は本格的に絵に取り掛かれなかった。
「明日、カンバス(※キャンバス、油絵を描く画布)を持ってきて地塗りからここでやる。
もちろん若奥様は、またモデルとして俺と一緒に、楽しいひとときを過ごそうな」
「ぜーったいに、ダメですっ。
征さんじゃなくて、他の画家を……」
再び一井家を訪れると言った征之介様を、藤孝様は断った。
「でもワタクシ、征之介様が描かれる絵を見たいですわ。
だって、この素描をご覧になって。
こんなに素晴らしい絵をお描きになる方の代わりなんて、見つからないのではなくて?」
私自身も、落書きのような絵だが、時々絵を描くので、この素描がどれほどすごい事なのかわかる。
この精緻な素描が、油絵として完成したものを見たい。
藤孝様は、少し困ったような顔をなさったが、ため息をついてしぶしぶ頷かれた。
「じゃあ、絵を描きに来るのは、僕がいるときだけにしてください。
櫻子さんと二人きりになんて、させない」
下描きに来られるのは、藤孝様が休みである次の日曜日と約束して、征之介様はお帰りになった。
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