(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十話】
「ワタクシ、藤孝様が大好きなんですの。
離してくださいませっ」
上等な着物の上から、征之介様の腕を思いっきりつねりあげ、そのアブナイ雰囲気から脱出する。
つい、征之介様の魅力に取り込まれてしまうところだったわ。
藤孝様、ごめんなさい。
「いたたたっ。 ひどいなぁ、画家の右腕をつまみ上げるなんて」
大げさに痛がるように冗談めかして、征之介様は私を離した。
そうだった、この方は将来有望な、天才洋画家。
怪我させたら大変だっ。
「申し訳ありませんっ。腕はお怪我ありませんか?」
私は青くなりながら、征之介様の袖口のボタンを開け、紬と共に右腕をめくりあげる。
「ごめんなさい、ワタクシ夢中で……」
つねったところは、何ともなっていなくて、少しホッとした。
「君、まだ十五歳なんだって?」
征之介様は、袖をまくったまま、ひじ置きに白い腕をついて、うっとりと私を見つめる。
「先月十六になりましたわ」
「蕾が花開く瞬間のような、美しさだ」
懲りない天才画家は、私の頭を撫で、一筋の髪を先まで指でなぞった。
「孝ちゃんとはお見合い結婚なのだろう?
子どもの頃からまじめで、学校の勉強ばかりしていた孝ちゃんが、君のことを満足させられているのかい?」
「そ、それは……」
私を再び抱きしめようと、征之介様が肩に手をかける。
満足できていると言いきれないところが、もどかしい。
だけど、きっと今夜こそは上手くいくように願っている。
「それは、これから……」
その時、バンっと大きな音を立てて、サンルームの扉が開いた。
ビックリして入口へ目を向けると、男らしい一文字眉をつり上げた藤孝様が、湯気が出そうなくらい睨みつけて、仁王立ちになっている。
「藤孝様っ!?」
藤孝様が帰って来られて嬉しい。
だけど、さっきまで征之介様に抱きしめられて、そのうえ手首に口づけをされ、うっかり雰囲気に飲まれてしまったことの気まずさで、私の心境は複雑だった。
もしかして、先程までの征之介様とのやり取りを見られていたの?
浮気しているところを見つかってしまったような、心持ちさえしてしまう。
私が好きなのは、藤孝様ですわ。
浮気……じゃない。
心の中で唱え直した。
「征之介さんっ。
僕の櫻子さんに、何をやっているんですか」
つかつかと歩み寄った藤孝様は私の腕を掴んで、征之介様と並んで座っているソファーから立たせ、私をその大きな背中に隠す。
「フフフっ。孝ちゃん、久しぶりだね。
結婚式の時は、あまり話せなかったからな。
背もずいぶん伸びたんだな。 元気そうでよかった」
藤孝様の背中から覗いていると、征之介様はシャツを手首までおろし、ボタンを留めながら話している。
征之介様は問いかけに答えずに、懐かしむような優しい声で、きれいに微笑んだ。
藤孝様は一瞬調子を狂わされたように黙りこむ。
「……櫻子さんの肖像画を、征之介さんが描かれると聞きました」
今度は藤孝様が征之介様の挨拶を無視して、低くうなるように声を出す。
「父様に、『櫻子さんを娶りたい』なんて仰ったそうじゃないですか」
お義父様が藤孝様におっしゃったのかしら?
んもう! お義父様ったら余計な事を……。
ゆったりと余裕の笑みでソファーに座っている征之介様を、睨むように目を細めた藤孝様は、私を掴んだ腕に力を入れて言葉を続けた。
大きな手でがっちりと握られている右腕が、少し痛い。
「征之介さんは僕が持っているものを、何でも欲しがったけど、櫻子さんは子どもの時のおもちゃじゃないんだ。
櫻子さんには、指一本触れさせませんっ!」
最後は征之介様に噛みつくように叫んで腕を引き、今度は私を胸の方に抱きしめ直す。
すでに私には、指どころか、征之介様のきれいな唇が、頬や手首に触れてしまっているけど……。
馬鹿正直に言ってしまわないように、藤孝様の胸にしがみついて口をつぐんだ。
「ハハハ。 孝ちゃんは、俺が『頂戴』って言えば、何でも『僕はまた買って貰うからいいよ』って言ってくれてたのにな」
眼力強く睨んでいる藤孝様に反して、征之介様はニヤリと口の端を上げる。
「だけど、孝ちゃん。
おもちゃじゃないからこそ、フラフラとよそ見をして、こちらに来てしまうこともあるかもしれないぞ」
楽し気に笑う征之介様の煽る言葉に、藤孝様はバッと私の両肩を掴んで顔をのぞきこんだ。
「そうなのかっ?」
藤孝様の見たこともない剣幕に押されて、私は黙って首を激しく横に振った。
どうしましょう。
抱きしめられたり、口づけされたなんて言ったら、怒り狂って私のことも嫌いになってしまうかもしれないわ。
やっぱり、言ってはいけない。
絶対にバレないようにしないと。
「ほら、孝ちゃん。
愛しの若奥様を縛り付けては、早く飽きられてしまうよ。
こんな調子じゃ、きっと夜の方も孝ちゃんが毎晩愛してるんだろう?」
征之介様が、意地悪く言ったことに、私と藤孝様は気まずく見つめあい、視線をそらした。
この場面で、なんてことを聞いてくるのかしら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?