サンドイッチひと切れ
クタクタで帰ってきた。
まだ午後18時だというのに。
移動が続いて、コーヒーを飲んで空腹をごまかして、気づけばお昼を食べるにはもう時間が遅くなっていて、特別食べたいものもなく、わざわざどこかのお店に入る気にもなれず、もう帰ろうと思った。
今朝は早かった。
時計代わりにつけていたテレビの情報番組で、今朝は今年1番の寒さだと言っていたような気がした。
家を出たのは朝6時30分ちょうどで、空は夜明けの薄暗さの名残と冬の低い曇天とが混じりあっていて、地面が少し湿っていた。霧雨かと思って着込んだダウンジャケットのフードをかぶったら、小さくパラパラパラパラと音がして、それは霰だった。
朝一番の仕事先につくと、やはり霰の話題になり、今日が東京は初雪を観測したらしいですね、と誰かが言っていた。
仕事が終わり、再来月の仕事の打ち合わせをして、今年もお世話になりました、良いお年をお迎えください、と挨拶するたびに、また仕事が続きますようにという不安が心の奥底のどこかで疼くのは、フリーランスで仕事をはじめた20代前半から抜けることはなく、いつまでこの不安と二人三脚をするんだろう。
挨拶をして移動をして、また次の仕事先へ。今日はそれを3回繰り返し、合間に2度、時間を調整するためにコーヒーを飲んだ。
最後の打ち合わせのとき、仕事の話を始める前の世間話で朝の霰の話をしたら
「野上さん、今朝雪にあたられたんですか?初物に当たって縁起がいいですね」
と言われた。何の気なしに見てしまった占いがやたらよかった、みたいに、ちょっとうれしくなった。
今日入っていた仕事の予定が終わった時は午後も半ばになっていて、空はよく晴れて、すれ違う人たちは霰が降ったことなんて知らないような顔をして歩いていた。
お腹すいたなあ、と思って、駅までの道すがらもし食べたいものがあったら食べよう、と思っていたけど、結局食べたいものもないまま、改札を通り、寄り道する誘惑もなく、帰りの電車に乗った。
今日の朝ごはんは、卵とツナのサンドイッチだった。
昨日の夜、うちの中学生に「明日の朝、ママは早く出るから、サンドイッチつくっておくから、それを食べて学校行って」と声をかけて寝た。
朝起きて、サンドイッチをつくって、学校に持っていく水筒にお茶をいれて、ついでに私も1切れツナサンドをつまんで、お茶を飲んで、家を出たら霰だったのが、ずいぶん前のように思えた。
こうしてクタクタとペコペコを抱えて家に帰り、真っ先に冷蔵庫を開けたら、朝ごはんの卵サンドイッチが1切れだけ残っていた。
冷蔵庫から取り出し、立ったままかじりついたら、おいしくて思わず目を閉じた。
大袈裟だが、救われたような気がして、サンドイッチがじわじわーっと、しみた。
家のごはんの尊さが、ここにあった。