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空と海と、17日目

2019年5月12日
今朝おはようございますと言ったとき、お婆ちゃんの前髪がクルンッと、不自然に内側に入っていたのが妙に可愛かった昨夜、カーラーで巻いて寝たんだな。
昔はみな巻いていた。こうして日々身だしなみに気を遣うことが、大切なんだと思う。

今朝の朝食も期待通りに美味しかった。その後お婆ちゃんと少し話すと、
おばちゃんは、昨日のことがまだ尾を引いている様子。そりゃそうだ。

この宿はネットでも人気だという話題になると、意に反していろいろ書かれるそうだ。ネットも善し悪しだな。


お遍路さん以外の宿泊客もあると言う。この周辺に稚魚を育てる会社があり、その研究員の方が宿に使ってくれるそうだ。それは海外にも輸出していて、その方たちの話が興味深くて面白いんだとか。

そう、日替わりでお客さんから色んな話を聞けているのだ。それが楽しいと思う。

誰でもこんなに美味しいごはんと人柄に触れると、フ~ッと気が緩んで居心地がいいのだ。

『運が悪い』私は、ここに泊まれて運がいい。

おばあちゃんは私のこれから先の不安を察してか、「お大師さんが守ってくれますよ」と朗らかに笑いつつもその優しい微笑みの中に一本の筋を感じるのであった。

この先にいくつかのルートを尋ねると、景色が良いからとの理由で昔からの「へんろ道」を薦めるのだ。遠回りになってもきつい思いを避けたいので車道を歩きたいのだが、地元の人は昔からのへんろ道を大切にしている。

しかし私は、きつくない方がいいのだ。きついのは懲り懲り🦍

最後に「嫌なことがあったときは、どうされているんですか?」と訊いた。興味があったのだ。すると、おばあちゃんも嫌なことはいっぱいあって、夜は眠れなくなることもあるらしい。

「そういうときは本を読むんですよ」と。

      読書❓

あんまり参考にならない対処法だったけど、私は貴女にお会いできてよかった。

「また来ることになりますよ」と、おばあちゃんは穏やかな表情だった。

何かを予期したのだろうか。

そう言われると、本当にまた行くような気がするのが不思議だ。その時まで、お元気でいてください、と他人の健康を心から願う自分がいた。お見送りをうけ、土佐町久礼のゲストハウスに向かった。



人の心は時間だけで培われるものではなく、心の目で見た風景が感じ取ったもので織りなすのだろう。一昨日までこの方の存在すら知らなかったのに、今は身内と同じレベルで、健康を願ってやまないのだ。



今日5月12日は母の日。ナイチンゲールの誕生日も今日だったと思いながら、海沿いを歩いていると『土佐の生長太郎貝』の看板が目につく。
生でよし!煮てもなおよし!焼けば更においしい、と説明付。後で検索すると、ホタテより濃厚な美味しい貝というのが分かった。


現地で読み方が分からず、『なまいけ・たろう貝』かと思い、面白い名前の貝があるものだと思って、誰かの名前を付けたのかと想像した。その『なまいけ』さんが初めて獲って世に広めたりしたら、そうなるのかと。

長太郎貝いつか食べてみたい。

もしかしたら『なずな』のご飯にあったのかも知れないと考えていた。








湾では釣り筏がいくつもあり、朝早くからその上で釣り竿をもった人がいる。釣り人は朝が早いのだ。私のカメラに気付いた釣り人が「セットしてないけどな~」と言いポーズをとってくれるのだった。こんなちょっとしたサービス精神が、クスっと笑えて心が和む。

日曜じゃなかったら、この湾を船で移動できて見る景色も又違っただろう。仕方ない、おばあちゃんの言う通り『運が悪い』のだから。


ポケットに入れたiPhoneのどこかを触れたのか、カメラ機能が『LIVE』になってしまった。こうなると編集するときや送信するときの反映が遅いので、NGなのだ。
2日目もLIVE機能になったが、ちゃんと直せたのに今日は直らない。困ったときの娘頼りで教えてもらおうとLINEするがなかなか直らず、挙句の果てには「機械オンチ」と返信がきた。はい、その通り機械オンチです。
この年代の人は、大体そうなんです。
イヤだと思いながらも仕方なくLIVE機能のまま撮影していた。









『ぽんかんの里』の大きな建物を過ぎて、地方版コンビニでトイレを拝借した。その店の前でドリンクを飲んでいると、軽装の若いお遍路さんが前を通って行った。


     あ・・・

一瞬だったが、お互い軽い会釈をしたのだ。白衣も菅笠もないけど杖を持っていたので、お遍路だと分かった。


















23号線を須崎に向け歩を進めること数時間、休憩所にさっきの若い女性がいたのだ。

なんと私と同じ先月の26日から順打ちで歩いて居たのに、一度も出会ってなかったのだ。

同じ頃に歩くと抜きつ抜かれつどこかで会うものだから、今まで見事にすれ違っていたんだと思う。それも奇遇だ。

そうだ!

カメラのLIVE解除のことを訊こうと思い、iPhoneであることを確認して携帯を見せると『ポチッ』

ほんの3秒。一箇所押して、解決した。

はい、そんなもんです💦

解除できたことをオーバーに喜ぶ私に、彼女は恐縮していていた。本当に嬉しかったのだ。


目指すは同じゲストハウスだったので彼女が一緒に歩こうと言ってくれたが、遅いからとお断りした。この遅い歩きで、他人に合わせるのも何かとストレスになるのだ。








  ●食べてないのに、画像だけ












今日はトンネルが7つもあった。
トンネル繋がりだが、芸能人のトンネルズは『トンネル』が関でるのだろうか…

『四万十市まで71㎞』の表示を過ぎると、焼坂トンネルがある。



そこは966ⅿもある長いトンネルで、入口には反射タスキの収納箱が設置されていた。反射タスキがあるのは、ここが初めてだ。

トンネルは約1㎞もあるので、反射タスキがないと人が通るのは危ない証拠だ。危ないからと用意されているタスキをみると、かえって不安を煽ることにもなるのだ。

そんなに危ないの?と不安になるのは事実。しかしココを通らないことには、前に進めないのだった。

トンネル内を歩くとトラックは大きくて怖いし、乗用車は飛ばしてるいので怖く、バイクは爆音が響いてさらに怖い。出口に行くまで、ずっと緊張状態が続く。


後に聞いたのだが、このトンネルを通るときにさっき出会った若い女性は車からよく見えるようにと、タスキを車道側に振りながら歩いたと言う。地元の人はお遍路さんの存在を知っていても、県外からの車は突然の人の出現に驚くに違いないと言うのだ。

歩き遍路にとってはハラハラドキドキの、空間なのだ。

これで今日のトンネルは最後。





土佐久礼駅まで来た。ゲストハウスの場所が分からず交番で尋ねると、若い警察官は近所なのに知らないといい携帯で調べだした。。警察官も今どきはそうやって調べるのね。

やっとゲストハウスに着くと、さっきのヤングが入浴中。

そこは築20年以上経つ民家で、生活用品はそのままある『家』そのものだった。家主は居らず、玄関に表示されている通りに携帯にかけると、中3❓高校生❓と思しきお兄さんが説明と集金にきた。

息子さんだろうか。こうして手伝うことで学校の勉強とは別の学びがあっていいと思った。

素泊まり3千円で洗濯機使用は100円。

お風呂のあと洗濯を済ませ、近所のスーパーに食料調達に出かけるのだがブルブルと寒けがした。そして疲れもあり、いつものように眠けが襲ってくる。

食べたい。

だけど眠たい。



初めてのゲストハウスは、子供世代の大学院生と相部屋だった。

「なんで歩いているか、訊いてもいい?」

「私本当なら、春で大学院2年なんですけど1年休学したんです。勉強は好きでずっとしてきたんですけど、いざ就職となると自分は世の中のことを何も知らなくて・・・」

東京の大学院生、東北出身、23歳の小野寺ちゃんだった。


「それで、いきなり遍路?」と私の突っ込みを笑いで流してくれた。

遍路の方がよっぽど俗世とかけ離れていると思うのだが。

秀才に多くみられるムダのない大人びた口調にも、やはりどこか若さを感じながら聞いていたのだ。

彼女が「遅くても2か月あれば歩き終えると思うんです」と言ったので、本当に結願しようとの思いが伝わる。

前日の宿の65歳くらいのオッちゃんの話になり、歩きだしたら一度も休憩をしない、それは休憩をしたら歩き始めるのがキツイからだと話したそうだ。休憩なしで歩くんですよ~と、不思議そうに言う。

確かにそれはあった。歩きもエンジンがかかったままの方が良いに決まっているけど、オーバーヒートする方が怖いから休憩は必要だ。

だが休憩したら歩き始めがキツイので辛い、、、、いやはや難しい。その人の歩き方とペースなので、休憩するもしないはも人の勝手でもある。いろんな人がいる。



さっき、お風呂の浴槽は空だったので溜めてないのかと訊くと「勝手にお湯を溜めて、勝手に抜きました」の言葉に笑いが出た。

勝手にやれる自由がいいんだ、ここは。

まだ話したけど、この世で一番重いアレが迫って来た。👁

疲労困憊で、写真も撮れず…
それに、寒いのは何故?

本日、51.106歩

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