第十四話 希望
2人が同居を初めて数週間後の放課後。湊音は職員室で大島と話をしていた。
「なぁ、湊音。そろそろお前らの家行かせてよ」
「あ、じゃあ今度の日曜に」
「ん、まじか。よっしゃ」
「人手が欲しくて。マットレス解体」
「なんだよ、俺は解体業者か? 俺は。妻連れて行こうとしたのに」
「冗談ですよーっ……て? 妻?!」
湊音は驚いて席を立った。大島は笑った。そして手品のように左手の薬指にさっきまで無かった指輪をニヤニヤとつけて見せつける。
「実は今度結婚しますぅー」
「えっ、えっ!?」
すると周りから拍手が。どうやら知ってたようだ。
「お前がウハウハの同棲生活スタートしてる隙にプロポーズしまして、今週末入籍するのよ。で、初めて夫婦になってからの訪問だったんだけど」
大島は周りの教師たちがわらわら集まってお祝いが始まる。湊音も加わって拍手するが少し羨ましいと思う。
『ぼくたちは結婚できない……』
とりあえず大島がベッドの解体しに訪問が決まったわけだが、それをその晩李仁のバーで湊音が伝えに行く。
同棲しても互いの仕事が忙しくて本屋で会ったり、バーで会ってバーで李仁のご飯を食べるということが続いている。
「大島さんが結婚ねー。しかも式は上げずにそのお金でマンション買ったって? まぁそういうのもいいんじゃない?一瞬で夢のように終わるパーティーに金掛けるより長ーく続く住まいにお金かけた方が絶対いいわ」
「だよね。僕も最初は大島さんの奥さん初婚だし、30代半ばだからウエディングドレス着たいんじゃないのって聞いたら写真だけ撮るんだって」
「え? 大島さん……バツイチだったの」
「うん。知らなかった? まぁ前の結婚は子供産まれてすぐ離婚してほぼ独身だからね。前の奥さんの時もデキ婚で結婚式もあげてなかったみたいだし」
「初耳ぃー」
と、湊音は結婚式の話をさらりと話をしてみたのも少し訳があった。
『写真だけ撮るのもいいなぁ……て、僕も前の結婚のときもお金も時間もなくて写真すら撮ってなかったなぁー』
湊音は李仁と結婚式までとはいかないが写真を撮りたかった。
籍入れられない、でも今度こそ李仁とは一生を添い遂げたい。形を残せないからこそ、写真だけでも残したい。
だなんて言えばいいものの湊音は恥ずかしくて言えないのだ。その気持ちを読み取れない李仁はその話をふぅん、と聞くだけであった。
『お願い、李仁っ! 察して!』
と願うばかり。
「どうしたの? なにかついてる?」
「ううん、なんでもない」
「そうそう、ミナくん……ちょっとね、このへんの界隈で今噂になっているんだけどさぁ」
李仁のいうこの辺の界隈とは、夜の街のコネクションのことを指すのだ。
「なんかね、この市でパートナーシップ協定できるかもしれないって」
ブフッと湊音は口に含んでいた烏龍茶を吹き出した。
次の日の朝、湊音はネットで調べると確かに市で同性愛者に関する理解や権利のことを書かれた記事が見つかり、近々パートナーシップ制度を設けると書いてもあった。
『しかも市内公務員で結婚祝い金を同性婚でも給付される! いや、お金が全てじゃないけど』
起きてきた李仁にその記事を見せると李仁もホォーと言ってから台所に行ってしまった。
『えええーっ、だったら結婚しようって言ってくれないの?』
湊音は料理を作りに行った李仁を見つめるがあちらは気付いていないのか。
李仁はというと……。朝ごはんを用意しながら何かを考えている。
「あらやだ、焦がしちゃった……」
珍しく失敗してしまって李仁はため息をついてしまう。
『なんかカッコつけたい時に限ってうまくいかないのよね……』
焦がした方を下向きにしてごまかした。カウンターキッチン越しから湊音の後ろ姿を見る。パソコンで朝からパートナーシップ制度のことを真剣に食い入るように見ている湊音。
『ミナくん、何か訴えかけてるかわかってるわよ……でもまだ待っててね……』
いくら30を超えた2人でも、結婚というのは2人だけのものではないのだ。
李仁は家族と絶縁している。両親と妹の3人。父親はだいぶ前に死に、新しい父親がいるのだが折り合いがつかないそうだ。
これは少し前に2人で湊音の家に行った時だった。
李仁は湊音の両親と会うのは初めてであり、2人が付き合っているのを認めてもらうわけでもないが、挨拶ということで食事をすることになった。
スタイルも容姿もよくいつものように明るく振る舞った李仁に志津子は惚れ惚れ。
広見は黙ったままだった。
志津子も料理が得意で2人のために腕を振るってくれた。李仁は広見の好きなワインを持ってきておつまみを台所で作った。
広見はワインとおつまみと李仁のお酌で上機嫌。話も盛り上がったのだが、改めて付き合っていることを話したのだが……。
「……男同士で付き合う、正直認めたくない。湊音もよく考えなさい」
と広見が言うと湊音は言い返す。
「認めてもらおうとかそう言う気はない。でも僕は李仁を愛している。同性だろうが……大切な人でずっとそばにいるって決めている」
「籍を入れられないのにずっと一生添い遂げるなんてありえないだろ」
「ありえなくなんてない。僕らは愛し合っているんだ」
雰囲気が一気に悪くなった。李仁はその場を和まそうとするがダメだった。
そんなこともあって李仁は湊音の親をどう説得すればいいのか悩んでいたのだ。
そんな中、広見が李仁のバーにやってきたのだ。広見は店内を見渡す。
「すごくいい雰囲気のところじゃないか」
「ありがとうございます」
「実は日中、本屋で君を見ていたが気づかれなかった」
「あら、私は気付いてましたよ」
「……!」
広見はキョロキョロとして落ち着きのない様子。
「今日はここには湊音さんは来ませんよ、しばらく忙しくて疲れてるからって」
と李仁が言うと落ち着きを取り戻した広見。まずはワインを、と注文した。
今夜は珍しく賑やかな客やイカツイ腕にタトゥーの入った客がいなくてほっとしている李仁。
以前広見が気に入ったアボガドチーズも添えてワインを出す。
「美味いな、料理は得意な男もいいもんだ」
「ありがとうございます。湊音さんも作ってくれるんですけど奥様が教えてくださったんですか?」
「いや、わたしだ。昔不器用ながら作ってはいたけどそれを見て湊音も手伝ってくれてある程度自分で作って食べられるようにって」
「私も助かってます。お互い仕事してるから分担して……」
湊音との生活の話をすると広見は李仁を見る。
「そうか、教えた甲斐があったな」
広見はタバコを吸い出した。
『タバコを吸う仕草がミナくんに似てる。やっぱり親子よね……』
しばらく沈黙になる。李仁は少し緊張しているようだ。
「湊音は繊細なやつだ。君みたいな細やかに気を遣える人は本当に助かる」
「そうでもないです……でもなんというか……」
「お世話したくなる、って感じか?」
ドキッと李仁は広見を見ると彼の顔は笑ってる。
「わたしたちもね、一人息子というのもあってか、周りは親バカだというが……つい手を出したくなる。一度は結婚して離れたものの気にかけてな。手を出してしまったけども、いくつになっても気にかけてしまう。そういう子なんだよ。……だがあいつは」
「甘えるのが下手……」
「そう! そうなんだよー。わかるか、李仁くん」
つい口にしてしまったことを拾われて李仁は焦るが広見が笑って話すからよかったことか。
「もっと甘えてくれてもいいんだよ、なのに強がってさ……それで暴走して自滅する。本当に心配だ」
「そうですね」
「でも君なら大丈夫だな」
「へっ……」
「よろしくな、うちの湊音を」
「えっ」
広見は席から降りた。
「じゃあもう帰るよ。美味しかった。またよらせてもらうよ」
「ありがとうございます」
『よろしくな、ってどういう意味だろ……』
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