第三十九話 シノノメナギの恋煩い
それはさておき。内密な話になるからと慶一郎さんは私たちが食べていたご飯代をスマートにカードで支払い、わたしたちの家で話したいと。しかも泊まって行く! だなんて……なんという展開?!
やだ、同じ建物にイケメン二人と一夜だなんて。だめだめ、変なこと考えちゃ。
常田の部屋で慶一郎さんは寝るらしいけど、ベッドに色々如何わしいもの置いてあるから帰ったら片付けないと。
部屋に入り、わたしはすぐ暖房をつけ、お風呂を入れた。
「はー、相変わらず部屋綺麗やなー。シンプルやし」
「兄ちゃんとは違ってちゃんと整理整頓しているんや。実家にいた頃は常に物が落ちてて大変やったわ」
「はいはい、そこは母さんに似たな……梛さんも大変やない? まぁ基本は僕たち男性陣は常田家、おおらかなんやけどな」
男性陣は、か。お母様はどうなの?! この場合なんというの? 嫁、姑の仲になるのかしら。あああ、結婚とか無縁だったからそこまで考えていなかったわ。
「ごめん、いきなり泊まらせてもろてな」
「いえ、ここにお客さんあげたことなくて特になにもないですけど……」
「緊張せんでもええで、僕は親父とは違うし。ラフにいこや」
ニコニコっとした笑顔、今じゃ見慣れて常田ではどきっとしなくなったけど一味違う。
「浩二の目ことなんだが」
「はい……」
「今度の手術も効果あるかどうか。最悪いつかはまた完全に目が見えなくなる。あなたがもし浩二と人生を共に歩むとなると相当の覚悟が必要なんだが」
慶一郎さんの顔から笑顔が消えた。
「梛さん、あなたは30過ぎだよね。自分の人生をほぼ捨ててでも浩二を、支えられるのか」
年齢知ってたのか……まぁいいけど。
「はい、もちろんです」
「……」
でも常田は大阪に帰る。せっかくわたしが希望していた子供図書館での勤務も勧められたのにそれを蹴ってまで……大阪でも希望の部署で働けるとは限らない。
いくら家族がいないわたしでもこの年で一から人間関係や利用者さんとのやりとりを白紙にして働くのは大丈夫なのだろうか。同時に常田 をサポートしなくてはいけない。
「浩二の目が悪いと言われたのは3歳の頃。僕が高校生の時。下にももう一人妹が生まれ、親は弟の通院や入退院の付き添い、妹の育児で親と僕は自分の人生を犠牲にした。僕は陸上部だったが両親が遠くの病院に浩二を連れて行くために妹の世話を祖母とするために退部した……なんとか進学したが家には金が無く、奨学金で大学に入った」
……。
「ごめんな、こんな話。まぁ今は僕ら家族もなんとか生活できているし、浩二も頑張って司書として仕事もしてるし、なんとか自立して生活はできているけど……本当に目が見えなくなったら……」
「……」
「あっちには目が見えなくても雇ってくれる図書館もある。給料も今のところよりも良い……」
ピピっ
お風呂場からお湯が沸いたお知らせ音。
「……実は僕の前の妻との間に生まれた息子が色盲でしてね。あっちの親や親戚達に浩二が目の病気だから遺伝したって散々言われましてね。それ以外にもあって拗れて離婚したんですわ。なんだかんだ言いながらもあっちが引き取りましたけどね。妹も家族に病気のある人がいるからと婚約破棄をされて……年頃なのにもう結婚諦めて。だから苦しむのは僕ら家族だけで、と思ってるんです……」
そんなことが……。てか酷い、酷すぎる。そんなふうに……酷い扱いをする人がいるの?
ってわたしも誰かに言われたっけ。わたしにじゃない、ばあちゃんが……。
『おたくのお孫さん、男の子なのに女の子の格好させて。両親もいないしおばあさんだけの生活だからそんなふうになってしまったのかしら。どう育てたらこうなるのかしら』
わたしが女の子になりたいって一番理解してくれたおばあちゃんはいつも矢面に立ってくれた。
『何を言われてもばあちゃんは梛の味方。堂々としてなさい。あなたが生きたいように』
って。
気付いたら涙から出ていた。だめだ、人の話聞いていたのに自分の過去を引き出しちゃった。慶一郎さんがハンカチを差し出してくれた。
「すまんな……じゃあ先に風呂入らせてもらいますわ。浩二ーっ、寝巻きあるかーパンツも」
「あるー」
常田はここでの会話を知らず、部屋から返事をした。
「気持ちよかったです、すいませんね……お風呂」
慶一郎さんのパジャマは常田が少し前にネットでサイズ間違えて買ってしまったやつが残っていてのでちょうどよかった。
結局、慶一郎さんがお風呂に入っている間は常田は居間には来ずに自室に篭っていた。わたしと話すのを避けるため? なんで。話し合わないといけないのに。
「浩二、風呂入らんのか」
と常田の部屋に入って声をかけていた。……返事はあまりよく聞こえなかったけど元気がなかった。
「まぁ無理もないかな……梛さん、先に入る?」
「はい、そうさせてもらいます」
常田、なんでわたしに話してくれなかったの? ねぇ、わたしとの関係はそんな薄いものだったの?
あんなにも何度も好き好きって、甘えてきたのは何だったの? いつかは大阪に帰ってしまうとかそんなこと考えてたなんて……なんで言ってくれなかったの。
上からシャワーを思いっきりかける。涙も一緒に流れる。鏡に映る本当の自分の姿。わたしが女だったら少しでも何か違ったのかな。この体であることを悔しく思う。
性転換しようかと思ったこともあった。でもそうしても子供は産めない。なんで男に生まれてきたの?
もう何回、何十回、何百回も思ってきたことが今日一番辛く身に染みる。
お風呂から出ると居間には誰もいなかった。常田の部屋の前に行くと二人の声がする。
所々常田の荒げる声が聞こえる。普段よりも関西弁がキツい。
家族だからこそ本音で話せるのか……わたしは……家族じゃない。
家族になれない。
わたしは自分の部屋に入って冷え切った布団に入る。
ふとカレンダーを見る。あと一週間でクリスマス。せっかく初めて彼氏のいるクリスマス、常田との初めてのクリスマスなのに……。
「梛、なーぎー」
んんんんっ。
「なーぎぃー」
まだ夜……。
「梛! 起きろやー!」
ザッとカーテンを開く音、一気に光が入り込む。そして視界には常田。
「ワアアアアっ」
「ようやく起きたわ、驚きすぎやて」
心臓がバクバク言ってる。カレンダー見て珍しくクリスマスのことを妄想できなかったけどあっという間に朝になっていた。
常田はもう着替えてて鞄を持っていた。えっ、もうそんな時間?! 早番の彼の出勤時間前であった。
わたしは慌てて台所に行くと朝ご飯の用意はできていた。
「兄ちゃんが朝ご飯作ってくれて、三十分前に帰っていったよ」
「えええっ、ちゃんと挨拶してないというか……朝ごはんもてなすつもりが……」
常田はわたしの頭を軽くコツン、と叩いた。
「しかも兄ちゃんは梛の部屋まで行って起こしに行ったのに全く起きなかった」
朝ご飯まで作ってくれて、尚且つわたしを起こしてくれ……たっ?!
わたしは常田を見た。彼はうなずいた。
「兄ちゃんに梛が男だってバレた」
うそぉおおおおおお!
続く
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