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第四十話 シノノメナギの恋煩い

 仕事から帰ってきて先に帰ってた常田がおでんを煮込んでいる間にわたしは慶一郎さんと電話をした。

 もう大阪に帰っているようだが、わたしの正体はお父様とかに伝えたりはしてないよね……。仕事の時ずっとそのことばかりで頭がぐるぐる。

『びっくりしちゃった。寝顔可愛かったんやけどねー。……浩二が結婚はせん、子供は作らへんって頑なに言うからなんのことやろと思ったらそう言うことなんやね』


 わたしは寝相が悪すぎて服が胸のところまではだけていたのだ。それを見た慶一郎さんはそっと布団をかけてくれたそうだ。

 ああっ、もう終わりだわ……私たちの関係。家族全員で常田抜きで家族会議が行われているわ、絶対。

『べつにええんとちゃう?』
「は、はい?」
 かなりあっさりと返答されて二度聴きしてしまった。
『オカンがな、男女隔たりなく人を愛しなさいって僕らが子供の頃に言っとったんやー。まぁ浩二は人見知りやし、ましてや可愛い女の子には声をかけれないし、かと思ったら口開けば気持ちとは裏返しのきついことばかり言うしなぁ。まぁ昔よりも丸くなったほうやでー』

 そ、そうなんだ……。

『でもおかんはああ言ったものの、同性愛っつーのは認めないだろうな。そういう意味で言うたわけやないだろうし……僕は応援しとるで、梛さんべっぴんさんやから』
「あ、ありがとうございます……」
『……またなんかあったら個人的に今日見たく気軽に電話しーやー。まだ梛さんのことも家族には内緒にしたるで』

 やだ、慶一郎さんたら……。個人的にって。声もいいしドキドキしちゃう。わたしって声フェチなのかしら。
「なーぎー」
 はっ、またやきもち常田。……わたしもわたしよね、いい加減にしなきゃ。

 二人で手を合わせて食べ始める。おでんを食べながらどっちから話を始めるのだろうか。
 茹で卵……わたしは丸ごとパクッと食べるのが好き。

 反対に常田は味噌や出汁に黄身が混ざっても平気と言うかそれがむしろ好きみたい。わざとやってる。
 こんなんじゃ普通のご飯タイムじゃん。わたしから話さないと。

「「あのさ」」

 と同時に声を発してしまった。そしてどうぞどうぞと譲り合う。……じゃなくてさ。なんかあたふたしてしまうけど常田がジッとわたしを見た。この顔はとても真剣な時の顔。

「梛……大阪についてくるか?」
「……」
 ストレートにきたっ。びっくりして声が出ない。
「即決出来へんやろ、せっかく希望してた図書館の異動決まったし……」
「……そうだけど……常田について行きたい」
 それが本心だけども、でも……。

「梛の人生や。大学でも児童文学専攻したったんやろ、あの図書館は全国の児童図書館の中でもええところやし、他に無いチャンスや。大阪ですぐ見つかる保証ない、諦めんといて欲しい」
 常田はわたしについてきて欲しいんじゃないの?

「ほんまは離れとうない、そばにいて欲しい。でも今はネットで繋がれる時代や。大阪とここからはそう遠くないし1ヶ月に一回、いや二回、三回でも休み合わせて会える」
「でも……そばにいたい」
「わかる、わかるけども……梛のことを考えたら」
 たしかに希望の図書館に行ける。でも産休のスタッフや今後ライフステージで抜けていく女の人たちの代替……。わたしは結婚も妊娠も出産もできないから……そう思われて……。


「常田、わたし……あなたのそばにいたい。大阪まで行く!」
「梛?!」
 常田はちくわを机に落とした。

「常田、幸せになろう……一緒に。一生一緒にいましょう! 人生を共に過ごしましょう!」
 わたしは常田の手を握り、引き寄せてキスをした。

「な、梛……」


 こたつでラブラブした後二人で寄り添っておでんを食べて、お風呂も一緒に入って、常田の布団の中でイチャイチャラブラブ。

 そして彼の腕枕に頭を乗せてピロートーク。

「一応僕の方がプロポーズ先やで、大阪来る? というのは……ある意味プロポーズ」
「あんなのプロポーズに入らない。てかわたしからプロポーズって形になっちゃったわね」
「逆プロポーズ、かー。悪くはない」

 ってこないだ夜にやってたM-1で出ていたお笑いコンビの真似をする常田。少し似てる。

「……でも逆だなんて。女の立場からプロポーズしたらなんで逆になるのかなー。やっぱりそこが成ってないのよ、日本はっ」
「まあまあ、でもそんなに怒ってる君も可愛い」
「だからいつまでモノマネしてるのっ」
 常田が笑うとわたしも笑う。久しぶりに大きな声で笑う彼を見た。

「今日の梛はセクシーやったわ。なんで明かり消さずに?」
「……そんなことないよ。恥ずかしい」
 今日は明かりをつけたままで。わたしはすごく勇気のある行動だったけど常田の瞳に、心にわたしを焼き付けたかった。
 一生一緒にいると決めたからにはわたしの身体も全ても受け入れてもらえるか……幻滅しないかと思った。

 明かりをつけたからもちろん常田の表情も身体も見たけど色白くて、優しい表情をしていた。
 わたしをその顔で愛してくれていたんだ……なんて。しかもわたしをしっかり見てくれた。何度か目を逸らしてしまったけど、次第に目を合わしながら愛し合うことができた。

 あーっ、今思い出すだけでもドキドキしちゃう。
「梛、またなんか変なこと考えてなかった?」
「そんなことないよっ……」
「絶対そうじゃん」
「やだーっ、もぉっ」





 と、ここまではわたしたちの世界に浸っていたわけだが。

 次の日の昼、わたしたち二人で夏姐さんに相談という名目で話をした。
 わたしが子供図書館の異動を断り、退職して常田についていく事を。

「……そうか、そうきたか、梛」
 夏姐さんは大好きなエビフライをボリボリ食べる。

「仕事はどうすんのよ。大阪で見つけるの?」
「はい……あるかどうかわからないけど」
「……今後のことを考えたら梛、あなたが大黒柱になるかもしれないのよ。かなりギャンブルね」
 それはわかってるけど……。わたしも常田も喉が通らない。今日は特別ランチを頼んだのに。
 すると夏姐さんが鞄の中からガサゴソとクリアファイルを取り出してわたしに渡してくれた。それを見ると大阪にある幾つの図書館のデータだった。

「もしかしたら梛が常田についていくと思ってさ。研修で会った大阪の司書さんに片っ端から連絡とってね。ほら、何ヶ所か募集してるみたい。梛は有休かなり残ってるしそれ使って常田のそばにいてあげて」
 わたしと常田でデータを見てところどころ条件に赤の線が引いてある。

「ここは僕の実家から近いよ。あとここも車があれば一時間で行ける」
「夏姐さん……」
 こんなことしててくれたなんて。コミュ障のわたしにはできなかった姐さんの社交性がすごすぎる。

「あーっ! 大変になるわー。てかまだわたしは許可したけど館長にしっかり意見を言いなさいよ」
「は、はい……夏姐さん、ありがとうございます……」
「よかった、調べておいて……んで、ついていくってことはープロポーズしたわけ?」

 !!!
 わたしと常田は互いに食べようとしたものをフォークから落とした。それを見た夏姐さんは笑った。
「きょーみあるなぁー、そのへんの話。まだまだお昼時間あるから聞かせて頂戴ー」
 この後ギリギリまでこっぱずかしいことを根掘り葉掘り聞かされるわたしたち。

 数日後、わたしは館長と話し合いの末、有休消化をして今の図書館を退職することになった。

 こっからがバタバタで。あっという間にクリスマス当日になったのであった。

 何も用意してない、せっかくの彼氏がいるクリスマス……。もっとはやくからやっておけばよかった。

続く

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