第一話⭐️ドメスティックプロフェッショナルー専業主婦は経歴に書けますか?ー
「はい、乾です」
加奈子は見覚えの無い電話番号に出るものではないと思ったが市内局番であったのでそこまで警戒せずに出た。
『乾さんー!』
「は、はいい!!!」
声はどこかで聞いたようなないような。甲高い女性の声。
『回覧板ってもう回ってきたかしら』
「回覧板……そういえば今日掃除当番のお知らせのが届いたような、あ、あった。ってどちら……」
『そそそれ! それ間違えたのをまわしちゃってね。それ気づいたのはお隣の加地さんが間違いに気づいて電話くれて……』
間違い? と加奈子は首を傾げるが正直なところ近所付き合いもそこそこだし自分と数軒以外は子育て卒業世代や独居老人だけで共通点もなく誰が誰とかわからない。
それよりもこの電話主は誰だと不安になる。
『あ、ごめんなさい阿澄です、班長の!』
あぁ、いつも何事にも早とちりの同じ地区グループの、と加奈子は気づく。
今自分の地区の班長が誰なのかわからないほど住民たちの人間関係の希薄化は深刻である。
『あのね、工藤さんをね、入れ忘れちゃって。当番の中に』
加奈子はなんだ、それだけのことかと思ったが阿澄さんは次第に早口になる。
『どうしましょう、今から工藤さんを組み込むとだいぶ変わってしまうのよ……でも今から作って回して……あぁ、どうしましょう』
加奈子はやれやれと思いながら答えた。
「阿澄さん、落ち着いて。もう回覧板回してしまったのならそのままでいいじゃない、工藤さんには今回は当番組み込むの忘れたからごめんなさいね、っていえばいいし」
『でもでもー』
阿澄さんは混乱しているようだ。
『この当番表を作ったのは自治会のゴミ担当の人たちの資料をもとに作ってね、それ鵜呑みして作った私もアレだけど工藤さんはじまりじゃなくて、次の佐藤さん始まりで線が引いてあってー』
加奈子はそれを聞いてようやくわかった。自治会の担当のミスか……と。そこで間違っていなければ阿澄さんは間違えて当番表も作らなかったし今のように混乱しなかったはずだ。しかしなんで自分のところに電話が来たのだろうか、そんなに話すこともなかった。
だが思えば大我や相馬を送り迎えしたときに朝や夕方にウオーキングしている阿澄さんとよく遭遇すことがあり、挨拶の大切さを子供に教えるためにあったら挨拶を加奈子は徹底してい。だから子供たちも真似をしていた。
挨拶だけでなく「いってらっしゃい」「あらしたの子も幼稚園?」「いつも元気ね」とひいとこと添えてくれたのは阿澄さんだけで、加奈子も返事をしたこともあったっけと思い出した。
『どうしましょう……工藤さんとはあまり話したことないし』
加奈子もその人こそ誰かわからない……。
『ねぇ今から乾さん一緒についてきてくださる?』
「えっ……」
加奈子は部屋の中を見る。片付けきれてない部屋、喧嘩している子供たち。
謙太ももう少ししたら帰ってくる。片付けなくてはいけないのだが……。
だが阿澄さんはどうしよう、どうしようと電話先で話している。
『工藤さん、今帰ってきてるみたいなの、日中はお仕事で誰もいないから……帰りを待ってたけどそれまでもうどうしようかどうしようかって』
「落ち着いて、阿澄さん。今からそちらに伺います。子供もいますがいいですか」
『はい、助かります……お願いしますねぇ』
加奈子は電話を切ってショルダーバッグをかけて子供たちを呼んだ。もうこのままだとケンカもエスカレートする。
「大我、相馬。お散歩行くわよ」
子供たちは喧嘩をやめてはしゃいだ。夜のお散歩はワクワクがいっぱいだからだ、それを加奈子は知っていた。
工藤さんの家で阿澄さんと合流したが子供達を見て電話先よりもほっこりしたようだったが相変わらずどうしましょう、と言う姿を見て加奈子は大丈夫ですよと声をかける。
阿澄さんは自分の母よりも上くらいの年齢の女性だ。今は離れて暮らす母は流石にここまで混乱することはないだろうが母が困ったことがあったら助けてあげたいと思う気持ちが加奈子にはあった。
阿澄さんに変わって工藤家のインターフォンを鳴らす。どんな人が住んでいたっけ、一年に数回の町内会の行事で数回顔を合わせた住人の中で誰が誰で、というのは共通点が無いと難しい。
「はーい」
これまた工藤家から出てきたのは阿澄と同じくらいの小太りな主婦。
「あら班長の阿澄さん。それに乾さんの奥さんとおぼっちゃん」
工藤は自分たちを知っていたようだ。
「あ、こんばんはですぅ」
気弱そうに挨拶するものだからと加奈子がかくかくしかじかと話しはじめる。阿澄にちょっかいを出す大我と相馬。そんな二人を見て注意しながらほぼ初対面な工藤さんと話すと
「べっつに飛ばしてくれても構わないわよ。また今度私をちゃんと入れてくれればいいことだし」
とあっさりと回答がでた。
「えっ」
阿澄さんら驚いていた。加奈子はほっとした。
「まぁ他の人に工藤さんとか飛ばされてる、ずるいとかいう奴もいても私に連絡すれば変わるけど? とか適当に言っといて」
「適当にって……それに多分思うに飛ばされていてもまた修正されて混乱するよりかはマシって思うかなと私は思って」
「そーよそーよ。みんな働いてたり忙しかったりするから。このままでいいけど。また文句言う奴いたら私の名前出すか直接連絡ちょうだい」
「は、はい……」
なんとも豪快な女性だと加奈子は呆気に取られた。
「それよしかそんなことで文句言う人はこのグループにはいないから、大丈夫」
ニカっと笑った。
阿澄さんもホッとしたようだ。
「うちも長いとここの辺に住んでるしね。他のグループだとうるさいクレーマーいるけど、阿澄さんもそこに当たらなくてよかったわよ」
「ありがとうございますぅ、それでは夜遅くに失礼いたしました。次回の当番表作成の時には気をつけます」
「あいよ、もともと自治会担当のミスだからそこまで気にしなくていいのよ」
「ありがとうございますぅ。乾さんもお子さん小さいのにありがどうございました……本当本当すいません」
何度も頭を阿澄を下げるもので加奈子は大したことをしてないのだが、ただ事実を話しただけ、工藤さんがただ良い人だったのもある。それに今回の大元は自治会のミスで阿澄を掻き回したのもある。
「阿澄さんも今日はゆっくり寝てくださいね」
「はいー、もう心労が重なって寝られなくて」
そこまでもか。加奈子は工藤さんのようにさっぱりした人と阿澄さんのように気にしぃ人を同時に見れたと。
結婚して子供ができてからコミュニティが狭くなっていた加奈子にとっては新鮮な出来事であった。
先に遠くに住む阿澄さんがトボトボと帰っていく姿を見てから子供たちと帰ろうとしたところだった。
「乾さん。おつかれ」
工藤さんがそう声を掛けた。
「いえ……阿澄さんがお困りのようで」
「普通だったらそんなことしないのにね。阿澄さんもちょっと輪に入らない人だからこのグループの人たちのこと知らず班長になったのよね」
自分も、だなんて言えない加奈子だが。
「乾さん、今子育て中で仕事は?」
「まだ下が幼稚園入ったばかりで……仕事見つけてますがなかなか」
「若いのにもったいない……て、保育園とか待機多いからしょうがないよね」
「あ、それは少し前のお話で。どちらかと言えば上の子を預かってもらうところがなくて」
「あー、学童のほうか。ご両親とか……」
「少し遠いところに」
「核家族が増えたわよね。うちの娘とか息子は子供が小さいうちはこっちにいたけど大きくなったら別のところにお家立てちゃって寄り付きもしない!」
あれ、と加奈子は思った。愚痴聞かされてる? と。
息子たちは近くで踊ってるがそろそろ何か起きて喧嘩が始まる。こんな夜に外で騒いでしまったら……。
「あ、悪かったね。にしても加奈子さんはお世話好きだしそれ活かして仕事できるといいわね」
「は、はい……」
工藤さんの家から去り子供たちと手を繋ぎながら家に着くと戸が開いていた。
「おい、何してたんだよー」
「謙太さん、おかえりなさい……ちょっと近所の方のところに用事が」
「子供ら連れてかよ。それよりもなんだこの部屋。お腹空いて疲れて帰ってきてるのによ」
しまった……阿澄さんの世話を焼いている場合ではなかったと。
でもそこでへこたれてはならぬ! どれだけ専業主婦やってると思ってるんだ! と加奈子はワーッと動き出した。
第二話はこちら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?