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第三十六話 シノノメナギの恋煩い

 次郎さんとは駅前で別れて駅前駐車場から車を走らせて病院まで行く。
 常田……どうしたのよ。あんなに怒って拗ねて一人で病院に行くとか言ったくせに帰りは迎えに来い? だけど泣いてるような感じだったし。


 目の前にある喫茶店に行くと窓際の席に座っている常田がいた。


 常田、わたしを見てる。
「ちょっと、どうしたの」
「……来てくれた」
 少し元気がなさそうだ。病院で何かあったのかしら。わたしは席に来た店員さんにお冷をもらった。

「梛、ごめんなさい。やっぱりお前がそばにおらんとダメや」
「……」
 勝手すぎるわ。

「手術な、早まった。年明け早々に」
「……」
 鼻水をすする音。それで泣いてたの?

「明々後日、手術の同意書とか書いたり転院の説明でおとんと兄ちゃん来るって」

 ちょっとそれは早いよ……心の準備がっ! それに、今の状態……わたしは納得いかないから仲直りの気持ちに戻れるのかな。


「大阪の時の先生は眼科の中でも日本でトップの人やったんやけど僕が引っ越す言うたらあんましええ顔してくれんかったんや。でもなんとか先生の信頼のおける先生がたまたまこっちにおって通院してたんやけどやっぱり大阪に戻りなさいって」
 いつもなら辛い治療もヘラヘラ笑いながら笑いに持ってって話してくれてるのに、今日は全く笑わない彼。

 するとわたしの左手を握ってきた。冷たく、震えてる。
「梛ぃっ……怖い、怖い」
 こんな弱音なんて吐かなかったのに。
 わたしは彼の手をがっしりと掴んだ。
「大丈夫よ、常田。いつものあなたらしくない」
 常田は首を振る。

「おとん呼んで説明なんて……相当なことや」
 人目を憚らず泣き続ける常田。わたしは背中をさすってあげる。それしかできない。

「梛には心配かけんようにって黙っとったけども、今回の手術も完全にようなるわけとはちゃうんや。せっかく、梛と付き合ったばかりなのに……」
「常田……!」
 わたしは強く握った、彼の手を。わたしはどうすればいいの?



「梛。ごめんな」
 何度も謝らなくてもいいのよ。わたしは頭を撫でてあげた。よかった、少しは落ち着いたかな。

「いいのよ、常田……」

 すると彼がニカーッといつもの笑い方をした。
「ようやく許してくれたぁ」
 は? どういうこと?

「梛がずっと怒ってるかなって。謝って、ええよーっていうまでさ待っとったん。よかったわー」
 なによっ、こっちは心配して!

「ほんま嫉妬はあかんよな、梛が可愛いのは間違いないし。そんなにしとったら疲れるだけや……梛は他の男に言い寄られても僕しか見てない、そやろ?」

 そやろ? って言われても……そ、そんな顔で言われても。いつもの笑顔の常田。さっきまで泣いてたくせに。でも無理してる感じもする。
 もしかしていつも笑ってたりする裏にはネガティブな感情を押し殺してたりしてないよね?

「もちろん、常田しか見てないよ」
 なんてベタな返し。あなたが笑ってくれればそれでいいのだ。

続く

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