第八話シノノメナギの恋煩い
次の日、昨晩のお酒がちょっと抜けないまま出勤。少し顔が浮腫んでたけど……。お酒には弱くないけど。
今日も出勤。施設のイベントスペースにてボードゲーム展。いろんなブースでさまざまなボードゲームを楽しめるという。
土日だから盛り上がること間違い無し! って館長も鼻息荒く言ってたこともあり、大盛況だ。
わたしたち図書館でもボードゲームの歴史の本や題材にした小説などの本の展示をしている。そして手にとってくれると嬉しいものである。
「梛さん、休憩1時からでしょ? ご飯終わったら展示見に行きましょうよ」
そこに部下の常田が来た。昨日の飲み会に話題に出た常田。
ちょっと意識しちゃうじゃない、サアヤ、薫子!
今まで数年普通に後輩、同僚として働いていたのに恋バナの中に常田を混ぜ込まされたら。
「んまぁ、いいけど。わたしも見たかったし」
「ほんまかー、めっちゃうれしいわぁー」
たまに出る常田の関西弁が可愛い。笑う時の犬歯も。関西出身。
本当は関西の図書館で働きたかったらしいけど採用がなくてこっちの親戚の紹介で来たらしい。
点字司書という重要な役割なのだ。
彼がなぜ点字司書かというと彼のかけている分厚いメガネのレンズに秘密があって。
昨日の飲み屋でわたしが思いとどまって薫子とサアヤを、困らせた一因にもなっている。
彼は生まれつき目が悪くて、いつかは目が見えなくなるかもしれないという。
でもその事実を受け止めつつも自分よりも先に目が見えなくなったり不自由になってたりした人たちのため、そして目が見えなくなった後でも働けるためにと点字司書をしているわけで。
見た目は分厚いメガネ以外は普通の若者だ。
ちょっとヤンチャな見た目、喋る言葉はちゃらい。
普段の業務では共通語を使っているがリラックスすると出てしまうんだろう。可愛い。
いかん、年下に可愛いという感情は抱きたくない……。食べ終わった後に歯を磨き、残りの時間で常田とイベント会場に。
いろんなボードゲームがあるわけで。日曜ともあって親子連れもいる。
ボードゲーム店のスタッフやボランティアの人たちが解説しながらプレイをする。
それぞれのスペースとは違って全く人が入らないコーナーがあった。
「チェスなんて高貴な人がやるゲームやからなぁー。できます?」
「できない」
「将棋だったらわかるんですけどねぇー……」
「へー、将棋はやるんだ」
「はい、じいちゃんが教えてくれたから」
ニヒヒっと笑う常田。ああああー可愛いっ。
こういうところでクレイバーで。普段関西弁とチャラ語で、ヘラヘラしてるけどたしかに色々と手際もいい、検索しなくてもあれはこーでとすすすっと行動する。
若さもあるのか、って常田は27歳である。私より3歳下。3歳下でも抵抗あるのよね。でも妄想するのは自由である。
ん、チェスコーナーに見覚えのある人……。
「梛さん、あれってシソンヌの」
「こら、声でかい」
彼もそう思ってたのか。……そう、あのエセメガネのジロウである。
へー、彼はチェスをするのか。彼も意外と頭が切れる人だなぁ。
ジロウはわたしたちを見て気付いたのか会釈する。
「あっ、よかったら教えますんで」
ジロウに教えてもらえるの? それはそれで嬉しいけど。
わたしは常田の方を見る。彼もわたしを見る。目は笑ってるけど目の動きからして困っている。
「うーん、またちがうところ見に行くので……楽しんでくださいー」
とわたしはそう言って常田とその場を去った。チェス……ジロウと……心がもたない。もしかしたら近づけたかもしれないのになぁ。
それによく見たら休憩まで後5分!
「そろそろ終わりにしましょうか。梛さん、デート楽しかったです」
デートじゃないし。でも彼からは前からデートに誘われていたがかわしていた。しまった、これが彼との初デート。
そうだったらもっと洒落たところ行くわよ……。てかこれはデートじゃないし!
「でも今度はディナーデートしましょうね」
と耳元で囁かれた。耳元っ!
「へへへ!」
いや、今のやられたら恋に落ちるパターン!
でも彼には彼女がいる。……遊ばれてるのかな。本気なのかな。わかんないや。誘われないよりかはマシか。
チェスのコーナーではまだジロウがチェスに興じていた。目があった。会釈された。
ああ、どっちも捨てがたい。
続く
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