第四十五話 シノノメナギの恋煩い
あの後からの夕ご飯のきまずさといったら。
とうとうお父様にもわたしが男であることがバレてしまい(ほとんど全裸に近い形だった)、お父様は台所でお茶の用意をしていた。驚くなり怒ったりして顔も合わせてくれなかったらと思ったけど。
お母様はコタツに座って正月番組を見ている。着物でなくて黒のワンピースを着てとてもラフなスタイルである。
「さあさあみんな、すき焼き食べましょうー」
と割烹着姿の慶一郎さんがニコニコと運んできた。割烹着!! と思ったけどすごく似合う。
お茶を目の前に置いてくれたお父様。目線を合わせてくれない。
こんな形で三人にはバラバラにわたしの正体がバレてしまったわけで。特に言及はなかった。大丈夫?
そんなこんなですき焼きをたらふく食べ、お風呂に入り、それぞれの部屋に戻る。
そしてわたしたちは常田の入院前の夜を過ごす。常田の部屋は和室でふすま一枚。
声や音を最小限に……でも常田は少し暴走がちになるが、抑えさせてまったりゆったりしばしの別れの前の濃密な夜。
そして恒例の常田の腕枕でのピロートーク。これもしばらくないのか。常田と同じ感触の腕枕を作りたいくらい。なんちゃって。もう片方の手は繋いで、わたしは彼の胸元に顔をつける。
「面白かったわー、みんな互いに梛が男ってことを知ってるなんて思わなくて、いつ知った? みたいな感じになっててさ」
「面白いっていうか……ねぇ、こういうことはしっかりちゃんと伝えたかったなぁ。特に何も言われなかったから良かったけど」
「おとんが一番びっくりしたったわ」
「そりゃそうよ……身体見られちゃったし」
「すまんかったな……」
「でもみんな、優しかった……うれしかったよ」
「僕も嬉しかった。僕の大好きな人を認めてくれた……」
常田はわたしの身体をもっと引き寄せる。彼の匂い、体温、感触……。頭を撫でてくれた。
「梛……泣かんといてくれや。僕まで泣けてくる」
本当はずっと病院まで付き添いたい。でも家族ではないから病室には入らないと。
早く早く常田のそばにいたい。ずっとそばにいたい。涙を指で拭ってくれた……。暗闇の中でも彼も目を潤ませているのがわかる。
常田はまたキスをしてくれた。そして抱きしめられた。
次の日の朝。慶一郎さんがパン焼き器で焼いた食パンを食べた。ジャムはお母様のセレクトした少しお高めのジャム。
お父様は先に起きて洗濯物を干している。慶一郎さんは朝ご飯の準備をしている。
お母様と一緒にトーストをかじり、コーヒーを飲む。ちなみに常田はまだ寝ている。
「梛さん、今やっている仕事はとても誇りに思っている?」
いきなり何の前触れもなく。
「は、はい……長年続けてきましたし、こちらにきてからでも経験を生かして新しい図書館でも働きていきたいです。定年まで働ける仕事ですし」
「すごいわねぇ、でも働く場所が変わってしまうと不便よね……浩二から聞いたけど、出世を蹴ってまでついていくって決めたのよね……本当にあなたはそれでいいの?」
「えっ……」
「しかも今は正規なのに非正規になるのよ。それでいいの?」
「は、はい……」
そう返事するとお母様は席を立った。
「そうなのね、まぁせいぜい頑張って……」
その笑顔は……。家を出ていくってことは、お父様と慶一郎さんだけでなくて常田とも離れるってことよね。
お母様は自分の人生を生きると決めた。……。お母様の笑顔は何かを伝えたかったというのかしら。意味深であった。
「おはよー、ええ匂いしてきたけど兄ちゃんのお手製のパンか。お、梛おはよ」
寝癖がひどい髪の毛をボリボリかきながらやってきた常田。
……常田とはしばらくは会えない。何年も一緒に働いて、ほぼ毎日のように仕事で会っていた。
この半年で濃密な関係となり、ほぼ毎日一緒にいたのがしばらくなくなってしまうのだ。
昼前に常田家を出る。お母様とお父様とは玄関先でお別れ。
「本当にお世話になった。また連絡します」
「はい……」
お母様はわたしの手を握ってくれた。
「無理だけはしないように。ね」
とても暖かいその手、そして素敵な笑顔。
慶一郎さんの車で新大阪の駅まで向かう。ずっと常田はわたしの手を握ってた。わたしも握り返す。慶一郎さんいるのに駅に近づくにつれて密着して手以外にも太ももとかも触ってきた。寂しいのね、わたしも寂しいよ。
駅に着いて慶一郎さんが先に行くからと車を出た。すると常田はわたしの方を見てきた。互いにアイコンタクトを取ってキスをした。長く、長く……。
きっと慶一郎さん、気を使って先に出てくれたのね。
慶一郎さんがお弁当を買ってきてくれていた。美味しそう。
「じゃ、梛さんお気をつけて。また連絡します」
「はい……浩二さんをお願いします」
下の名前で呼ぶことがないからドキドキする。お願いしますって、言い方もあれだけどさ。託すことができるのは本当の家族だけだ。
でも慶一郎さんと常田は異母兄弟、年もひとまわり離れている。それでも一緒にいられるのは……すごい。
常田はわたしの手を握った。寂しそうな顔をしてたけどニコッと笑いだした。
「梛、僕がんばるで……梛と一緒にまた過ごせるのを楽しみにしとる」
「わたしもよ」
そして最後にハグ。流石にキスはできない。ぎゅーっとこれでもかってから抱きしめた後、わたしから離れた。
「じゃあ、手術頑張ってね」
「おう!」
わたしは駅でずっと泣いていた。
続く
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