第二十三話 シノノメナギの恋煩い
「本当にいつもありがとうね、東雲さん。莉乃ちゃんたち大喜びで」
前夜、常田と夜遅くまで起きていたのもあって少し眠いが朝から門男さんとその奥様がまた絵本コーナーに来てくれたからお会いした。(常田は遅番だから今頃起きてうだうだしているのだろう、羨ましい)
すっかりわたしは彼らの絵本マイスターである。
「またお役に立ててよかったです。このシリーズは児童書でも人気ですから大きくなってからも続けて読める作品ですから」
今まで赤ちゃんの子を意識した絵本を選んでたけど門男さん夫婦と仲良くなるにつれて莉乃ちゃんの上にお姉ちゃんもいて、妹の出現で嫉妬してるとのことで意表を突いてみたんだけど、成功だったようだ。
「まさか莉乃ちゃんだけどなくて麻友ちゃんまでもがあそこまで大笑いするなんて、ねぇあなた」
「母さんの声真似がうまいもんでな。さすが元女優」
「やだぁ、あなたもお上手で」
朝もはよからイチャつく二人。……この二人は昔とある劇団で役者をやっていたそうだ。すぐに恋に落ちたけど門男さんは金の無い役者、奥さんは資産家の娘で格差婚。そして奥さんは喘息持ち。
何度か結婚を諦めたけど諦めきれなくて、二人は役者を辞め、門男さんは会社員になり、奥さんは治療に専念し、二人が30過ぎた頃にようやく結婚が認められて今に至るそうだ。
でも結婚してからもいろいろあり……細切れに奥さんから大河小説になるような量のストーリーを聞かされたわけで。さすが役者兼脚本家でもあった人。
二人やその家族を知ることによって絵本のマッチングにも成功した。
今はにこやかに過ごせてるけど、どこかで選択肢を間違えたらそうではなかった。
わたしもあのまま、寧々と男女の関係を持ってしまってたら……それ以前に常田からの告白を拒否していたら、今のわたしはいない。
事務所に戻りわたしは今度の企画展示の準備に取り掛かった。一緒にやってくれるのはこの道30年のパートの輝子さんである。既婚者の50代。一人娘がいる。
結婚を機にパートで働いているけど夏姐さんよりもベテランになるが働ける時間が限られている。
さらにここ10年は義理の親さんの介護、娘さんの部活動の送り迎えで時短勤務。
もっとバリバリに働ける人なんだろうけども、その時短の中で能力を発揮できている。しかしやはり結婚出産は女性の中でも大きな壁になってるんだとヒシヒシと感じる。
正直彼女の性格があまり好きでないけど作業に無駄がないしベテランだから頼らざるおえないから手伝ってもらえるわけで。中身は男であるわたしでさえも女の人からしたらこれは嫌われるタイプだとわかる。
日頃のストレスや鬱憤や妬みを人に押し流す嫌な人。でもそうしないと自分がもたない人。
それさえなければ仕事場の人間だからと割り切れる。
「梛ちゃん、最近綺麗になったわねぇ。前からもだけど肌がツルツルした感じ。女性ホルモンぶわーっと出てるよ」
「そうですか? 化粧水変えたからかな」
もちろん彼女もわたしが男であることは知ってる。そしてわたしは嫌ってることをひた隠ししながら話す。
きっと彼女が言いたいのはわたしが常田と付き合ってることを探りたいだけだ。
「いやん、もうそういう関係?」
「それはないです、はい」
苦笑いしながらかわす。
「もう堂々としたら? 私たちの中では噂になってるし。隠しててもラブラブ感は溢れてるわよ。一緒に帰ってるところも見てるしー」
でもわたしは笑ってごまかす。とりあえず笑っておけばいいのだ。
「常田くんも梛ちゃん可愛いってずっと言ってたしー、二人が早く結ばれないかしらって思ってたの。あ、結ばれるって付き合うってことよ、おほほほ」
むーりー、これ以上作業したくないけど他にやってくれる時間ないし。てかこれセクハラでもいいよね?
「でもさぁ、梛ちゃん。わたし思うけどやめたほうがいいよぉ」
「え?」
なによ、それ。
「常田くんは病気じゃん、看病できる? 目が急に見えなくなるかもしれないとか言ってたし」
知ってる、覚悟はしている。完全にではないけど。
「そしたら看病もしなきゃいけないから梛ちゃん今みたいにフルで働ける? デイサービスで日中見てもらえるかもだけどお金かかるわよ」
常田は目が見えなくなっても良いようにと点字司書を選んだ。
普段わたしが仕事してても迷惑かけないように生活はできると言ってた。どこまでが本当かわからないし、どうなるか分からないけど。
「きっと常田くんもあなたのことを遊びと思ってるわよー」
「なんでですか?」
「中身男の子の梛ちゃんなら子供もできないし都合いいじゃない。看病して子育てして、それって大変。家事もしなきゃいけないしねー、梛ちゃんが」
……。
「でも夜の営みもできないから常田くんは満足できるのかしら? あとー親御さんとか悲しむと思う。あなたの親は離婚して離れてるけど常田くんのご両親は……」
わたしは気づいたら展示で使う額縁を割っていた。片手で。輝子さんはびっくりして喋るのをやめた。
「仕事続けましょう、輝子さん」
「そ、そうねーほほほ」
わたしなりの抵抗だった。
その日の夜、常田に泣いたけどなにも聞かず抱きしめてくれた。
続く
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