第四十二話 シノノメナギの恋煩い
大阪駅の改札前に慶一郎さん……密かにまた逢えるの嬉しかったり。常田よりもすらっとしててシュッとしてて……。腕も長くて少しヤンチャそうな悪い男な匂いがする。
……ああああああ、かっこいい。
わたしたちを見つけると彼はものすごくいい笑顔。
慶一郎さんのかっこいいスポーツカーに乗せられ、わたしは常田の実家へ。
「あそこが浩二の入院する病院。大きいやろ。んでなー……」
慶一郎さんが運転しながら教えてくれた。緊張もしてたし、常田は地元に戻ってリラックスしてポエーっとしてるし、わたしは外の景色を見ても全く分からない場所だし……。
それを察したのか慶一郎さんが話し始めてくれた。
「あ、あそこの図書館が梛が勤めるところや」
「……図書館?」
「図書館というよりも公民館と一体型やからな」
かなりコンパクト、と文句言ってもしょうがない。他所から来た中年を雇ってくれるというのだから。
少し進むと大きな建物が見えてきた。
「あれが僕が入りたい図書館や」
「一度落ちたけどな」
「兄ちゃん! るっさいわ、あほ」
……いいな、府内でも一番大きいところだってネットで調べたら出てきた。
常田にとっては働きやすい環境だとわかっている。目が見えなくなっても働ける。
わたしもできればそこで働きたい。まだ改築したばかりらしい。
でもそこでの採用はなかった。
「そろそろ着くで」
大通りから離れ、細い道へ。住宅街に入っていく。
そして一軒の一戸建ての家の前に着いた。
「着いた。変わらないなあー」
常田の口元が緩んだ。5年ぶりの実家。とても穏やかな顔をしている。
いいな、常田には帰る場所もあるし出迎えてくれる家族もいる。うらやましいな。
玄関から常田のお父様が出てきた。年始の挨拶。持ってきたお菓子を渡す。お母様が好きなお菓子だと常田は言ってた。
「浩二……おかえり。梛さんも遠くからわざわざありがとう」
とてもにこやかに迎えてくれた。お父様といい、慶一郎さんといい……イケメン祭り。
すぐの居間に通される。
「梛、ここ座りや」
と常田がフカフカの座布団を出してくれた。なんかとばあちゃんと住んでいた頃の家に似ている。
みかんも出てきたし、おかしにコーヒー。
「梛、冷えたか? ほら、足をしっかり入れて。正座せんでもええ」
そういえばさっきからお父様に、慶一郎さん、常田がお茶やらお菓子やら荷物運びやらテキパキしてるけど、お母様がいない。妹さんは今日は来れないと聞いてたものの……。
「おかんはどこ行った? 梛来たのに」
「母さんはそろそろ来るんじゃないか?」
お母様はどんな人だろう。わたしに似てるとか言ってたけど?
バタバタっと廊下から足音。
「あらーごめんなさいねぇ」
と女の人の声……そしてふすまが開いた。そこにいたのはショートカットの小柄な女性。
「浩二おかえり。あ、そちら梛さん。こんにちは」
この人が常田のお母様……。とても優しく微笑んでいる。わたしに似てるとか言ってたけど、そうでもない。
常田家の中によそ者のわたし一人。なんだか緊張しちゃう。でも常田家の人々はお菓子を食べたり、コーヒー飲んだりとても寛いでいる。
「梛さんも食べて食べて。浩二もありがとうね、これが食べたかったのよー。たまに送ってくれててね」
「あ、はい……いただきます」
うちの地元では有名なお菓子なんだけども、あえて食べることはなかったからこんな味なんだと。
「あ、あのさ……みんな」
常田がそう言うとみんなの手が止まった。彼と目を合わせる。
「改めまして、僕の……その、おつきあいさせてもらってる東雲梛さんです」
「東雲梛です。よろしくお願いします」
改めて挨拶する。みんなニコニコとしてくれている。
ちゃんとわたし、常田くんの恋人に見えるかな。淡いピンクのニットにグレーのワンピース、髪の毛もふわっとさせて来たんだけど……。
「まぁまぁ緊張せんでもええで。美波もこれくらいべっぴんさんで気品があったらなぁ」
とお父様。美波……常田の妹のことかな。
「娘の美波は看護師でね、サバサバしてて化粧っけないのよ。スカートも履かないし。わたしもだけどね……まぁ楽だから……ってだめよねぇ」
ふふふふ、と笑うお母様が可愛らしい。たしか市役所で働いてるんだよね? 彼女もとても品があるとは思うけど。間違いなくうちの母さんや輝子さんに比べたら全然素敵な女性だ。
「浩二も素敵な嫁さん見つけたもんだな」
「まだ嫁とかやない……っ」
常田が顔を真っ赤にしている。
「お父さん、まだ結婚とかなお話じゃないんだから。でも一緒に住んでたし、それに通院の送り迎えもしてくれたって……ご迷惑かけました」
「いえ……」
やっぱり緊張して喉が乾く。
「浩二の病気のことは理解してくれているとは慶一郎から聞いておるが……並大抵なことやないで、梛さん」
お父様も、慶一郎さんと同じようなことを言ってる。
「でもそれなりに覚悟してついてくれたんやな。本当に梛さん……ありがとな」
覚悟か……。常田がコタツの中でわたしの手を握ってきた。わたしには顔を向けずに。ぎゅっと握り返した。
たわいもない話をして、常田の子供の頃の写真を見たり、チラッとお笑い芸人たちが出てくる番組を見て、初詣に行くことになった。お昼は近くのご飯屋さんにも行くとのこと。
「じゃあ片付けて、用意しましょう。浩二の部屋に荷物置いて」
常田の部屋に入れるんだ。居間も台所もだけど物も少なくてきれいである。やはりお母様はきれい好き、そして常田のことを考えているのだ。
わたしは立ち上がってコーヒーのカップを台所に持っていこうとすると、慶一郎さんが大丈夫だよと代わりにカップを持っていく。
こういうのはわたしがやらなきゃと思ってたんだけど……。
「梛さん、やらなくていいのよ。あなたと浩二は部屋に荷物運んで」
「あ、はい……ではお願いします」
慶一郎さんとお父さん二人で部屋を片付けていた。
常田の部屋は一階の奥にあった。和室なんだ。家具はタンスとベッドと学習机だけ。シンプル。緑色と青色のきれいな着物や小物が広げてある。
パタン
ふすまが閉められたと同時に常田が後ろから抱きついてきた。
「ちょっと、常田……」
声を出した途端にわたしの口は彼の口に塞がれる。後ろから胸を弄られ、ベッドに押し倒された。
「声出すなよ……二人きりになりたかったん」
常田っ……昨日の夜あんなにしたのに。
「余所行きの梛……いつもよりも色っぽいで」
耳元で囁かれるとドキッとしてしまう。スカートに手を入れられて……太腿を触られ、お尻を触られる。本当に変態!!!
「浩二ーっ、これって梛さんの……って!!!」
お母様に見られてしまった。慌ててふすまを閉められてしまった。部屋の中にはわたしが忘れてたポーチが……、これを届けてくれたのかな?
顔を真っ赤にしてる常田。わたしも恥ずかしいよ!
「家古いやろ。長男家庭やから。昔はな、親戚もよう出入りしてたん。お茶会とかもやっとったんや」
「お、お茶会?」
「ばあちゃんが茶道の師範やったんよ」
……そんな立派なところの息子と……わたし一緒になるのか……。
続く
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