第四十七話 シノノメナギの恋煩い
「あちらでのお知り合い? 応接室空いてるからそこで話してきたら?」
上司にそう声をかけられた。てかわざわざ大阪まで?! そうか、土曜日だし学校の仕事も休みよね。
久しぶりの仙台さん。今日はグレーのコートにその下はスーツ。
……応接室に通した。卒業制作のことも相談を受けていたが、輝子さん(しか空いてなかった)に引き継いで大丈夫だったかなぁ。
「すいません、アポ無しで」
「……だ、大丈夫です。その」
言葉が詰まってしまう。ダメだ、仙台さんの前で。
「……彼のことかな?」
彼のこと……。
「実は常田くんからは電話をもらっててね、わざわざあそこの図書館辞めるからと」
そうだったんだ……たしか仙台さんの学校でも講演会する予定だったけど急遽中止にする事は言わないとな、と言ってたからね。
「手術は成功したんですけど、いろいろあって……まだ会えてません。それに急遽色々と卒業制作とか変わってしまいましてすいません」
「いえいえ、変わってくださった方が校長と知り合いで。なんとかスムーズにいっております。感謝してますよ」
よかった……輝子さん、迷惑かかってなかったー!
「梛さんは司書として素晴らしい人だ。読み聞かせも聞かせてもらったがとても心地よい声で……仕事もとにかく早い」
そんなに褒めても……何もならないよ。
「愛する人のそばにいることができないのは寂しいですよね」
すると仙台さんがわたしを抱きしめた。いきなりことに声が出ない。ああ、いい匂い……。久しぶりに人に抱かれる。体温に心音……。
「ダメですっ」
だけどわたしは突き放して距離を置いた。仙台さんは苦笑いした。
「やっぱダメですよねぇ。相手のいる方に手を出すのは。夏目さんにも怒られちゃいましたよ。『梛に手を出すな』って」
でも心揺らいだわたしもいるわけで。仙台さんはわたしの正体は知らないわけで。
「……大阪でも頑張ってください。常田くんとどうかお幸せに」
結婚するんだと思っているんだよね。わたしたちは結婚できないの。男同士だから。
仙台さんは寂しそうな顔をしていた。一時期病んでいた頃のような……。
もっとはやく、常田よりも先に好きだったら……付き合ってたのかな? わたしのこと受け入れてくれてたのかしら。この身体でも。
仙台さん、ごめんなさい……って何謝ってんだか。
「ああ、カッコ悪いや。大阪まで来て何やってんだか。まぁ知り合いのところにもついでに行くけどさ。ほんとーに未練たらたらでさ……もっとはやく梛さんに好きだと告白していればあなたは僕と付き合ってて寂しい思いをしなかった」
「……」
「奪いたい気持ちもある。でもそんなことしたら好きな梛さんをさらに苦しませてしまう」
仙台さん……。もうここはわたし、正体を明かした方がいいかもしれない。
わたしは彼の手を握ってわたしの胸に当てた。仙台さんはびっくりしてわたしを見る。
「わかります? わたし、男なんです。気持ちは女、女として生きたいけど身体は男として生まれてきました。それでもまだ……」
だが彼は怯むことはなかった。
「本当に天使のような存在……美しい……それがどうであれ……」
やばい、わたしのしたことが裏目に出てしまったのかな。仙台さんってそんなにわたしのことを好きだったの?!
「……僕、伝えてはいなかったのですがバイセクシャルです」
「え、ん?」
「今知ったけどショックではないから。そうであれそうでなくても僕は梛さんを1人の人間として好きでした、それを伝えられてよかった」
と言って仙台さんは 応接室から出て行った。わたしは脚がガクガク震えてペタンと床に座ってしまった。
数日後。夏姐さんに仙台さんとのことを話そうとしたらとんでもないニュースが。
夏姐さんが妊娠したのだ。
もちろん次郎さんとの子供である。驚きはなく、やっぱりなと。トントンと進んでいった、二人の恋は。度々惚気話を聞かされていた。
夏姐さんが は40歳で10何年ぶりの妊娠、四回目だが高齢出産ともあり、今までにない症状、つわりで勤務中に倒れたそうだ。あの強靭な彼女がだ。
やはり年齢には勝てなかったと。お酒好きの姐さんは禁酒を余儀なくされ(あまりえだ)うまく特別休暇を利用してるところがちゃっかりしている。
そうそう、この数日の間に常田くんとはビデオチャットができるようになった。
彼の目はこれ以上良くならないとのことだったがなんとかなりそうだって。本当なの? お母さんがいなくなって不安定だって言ってたのに。
慶一郎さんが会話相手になってくれって言われて……でも連絡取れるようになって本当に嬉しかった。
『梛、本当に梛は綺麗や』
「もぉ、何度もそのことを言わないで」
『へへへ、ええやろ。何度も言わせてくれや。梛、愛してる』
「……愛してる」
他の人に言われるよりも……やっぱ常田に言われるのが嬉しい。
毎日ビデオ通話で話をした。
仕事の大変さや1人でいる時間の寂しさも少しずつ埋めていけた。
画面越しで見る彼も少しずつ明るくなっていった。
わたしも少しずつ元気になっていた。
そして半年後。わたしたちは……久しぶりに再会できるようになった。なぜなら……。
続く
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