第三十七話 シノノメナギの恋煩い
カウンターに戻ると返却図書がたくさん……やらなくては。そうすれば雑念は飛んでいく、はず。
並べて返却、どっさり。あと予約本のピックアップもしないと。やることは多いのだ。
「あった、あった……この本」
とわたしがさっき本棚に戻した本を手にする男の人。
「今検索したらあるって書いてあったのに無くてさ。作業中だったんだね」
ヒョイっと大きいその本を手にした彼。ニコッと微笑んでくれた。不意打ちの微笑みにドキッとした。
「す、すいません……お待たせしました」
「いえいえ、あちらで読ませてもらうよ」
とスタスタとソファーに行ってしまった。
「カッコいい……」
とつい声が漏れてしまった。でもなんか見たことあるのよね、あの笑み。
それよりもまたわたしは惚れてしまった……。もう、ダメよ。わたしは頬を叩いて再び作業に移る。
「あの、すいません」
「は、はい!」
振り返ると常田! そして横にいる笑顔の人は……。
「君か、倅と付き合ってる……」
「倅……て、まさか」
常田は頷いた。
「あ、おとん……おとん、こちらが東雲梛さん」
「シノノメナギ、梛さんか。浩二が言ってた通りべっびんさんやないか」
常田のお父様ーっ! 顔は似てないけど素敵なジェントルマン。笑顔も素敵。
ああ、短時間で二人も惚れてしまうなんて! しかも常田のお父様に……。
「なーぎっ」
しまった……常田の笑顔が消えてる。ああ、もう。そういえばお兄様も来るとか聞いてたけど?
「浩二、その子かぁ」
振り返るとさっきのかっこいい人! って、まさか!
「兄貴、どこいったかと思ったよ」
「悪い悪い、この本を探しててな。そしたらこのべっぴんなお姉さんが持ってたんや」
……わああああっ、お兄様っ! この笑顔見たことあると思ったら常田の……わたしったら恋人の家族に何一目惚れしてるのよ。
「なーぎっ」
また怒ってる、常田。怒ってる顔も可愛いんだけど……いい加減わたしの惚れやすい性格も何とかしてほしい。
「あー、なんとなく浩二が惚れるのもわかるわ。オカンに似とる。お前はオカン大好きやもんな」
「やかましいわ、オカンと梛はまったくちゃうて」
「梛さん、っていうのかな。弟、すっごく甘えてきません? べったり甘えて、泣き虫で……」
「やめぃ、これ以上!」
掛け合いが漫才みたい。確かに甘えてくるよねぇ。……しかし常田のお母様とわたしが似てるだなんて。
「遅くなりましたがこちら、いつもお世話になっております、図書館の皆さんで食べてください」
とお父様から渡されたお土産。わたしも頭を下げて手に取る。……そうだ、普通にここにきたわけじゃないのよ。わたしと会うためじゃなくて……。
「あ、はじめまして。夏目と申します。常田くんのご家族……」
後ろから夏姐さんがやってきた。
「館長が応接室にいますのでご案内します」
そう言って常田、常田の家族を連れていく。
常田たちが応接室に行って三十分。ソワソワしてくる。
夏姐さんもすこし元気ないし。
「東雲さん、館長がお呼びです」
パートの子がわたしに声をかけてきてくれた。
ドキドキしながら応接室に向かう。常田のお父様とお兄様が先に出ていた。
「それではわたしたちはお先に失礼します」
あれ、常田と一緒に親戚の家に行くんじゃ?
「またお話ししましょう、梛さん」
「は、はい……」
お父様はとても穏やかそうな人だ。横で常田そっくりの笑顔でお兄様も微笑んでる。
「お会いできてよかったです。弟のそばにいてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ……」
なんかドキドキしてまともなことが言えない。この二人はわたしの正体、知っているのだろうか。
こんなわたしが常田 と付き合ってるだなんて知ったらどう思うのだろうか。
「弟の退院頃にはお食事でも」
「は、はい……」
お兄様もとても優しくて……こういう時に標準語使うなんて憎い!
でもまた会ってくれるのか……よかった。二人は頭を下げ、去っていく。が、お兄様がわたしのところに戻ってきた。
「本当はあなたと二人きりで……」
!!!
「なんてね……ではまた」
キザなところも兄弟そっくり……。なんてね、じゃなくても良いから二人きりで会いたい、あ、だめだめ。
わたしはドキドキしながらも現実に戻る。応接室に館長と常田が待っている。そう滅多に入ることがない部屋。
そこにはにこやかに待ってる館長。そして前には常田。彼の家族二人とは対照的に暗い。俯いているし。
「さぁさぁ東雲くん、常田くんの横に座っておくれ」
「……失礼します」
目の前には常田の家族が持ってきたお菓子も封を開けずにおいてある。
館長自らお茶を出そうとしたのでわたしは慌てて立つと館長はいいよ、と首を横に振ってお茶を入れてくれた。
「こうしてここで話すのは面接の時以来だね」
「……はい」
そうだ、はじめてこの図書館で働く時にここで館長とはなしをしたんだ。
市の面接は通って、館長と面談をした。そしてここでわたしは男であることを告白したらびっくりされて。
そりゃスカートで化粧してきたんだから。でも館長はわたしの話をしっかり聞いてくれて、上司となる夏姐さんも途中から呼んできて……。
とんでもない新人が来たと思われたかしら、と思ったけど分け隔てなく接してくれてホッとした記憶がある。
「二人はお付き合いしてることを知ってるのは夏目くんとわたしだけのはずが、噂はもう広がってる」
そうよね、行き帰り同じだし。それは時間の問題とは思ってた。まぁ大きく広めたのは輝子さんなんだけど。
「すいません……正規職員が示しのつかないことをして」
「いや、別にそれはいい。周りのみんなも二人が付き合ってることに関してネガティブな意見はないからな。反対に祝福している。私もだが」
……そうなんだ……なるべく職場にプライベートな感情は持ち込まないようにはしてたけどね。
「本題だが」
……館長はお茶を飲んで一息入れる。
「さきほど常田くんの話を聞いた。しばらく入院とのことで人員は輝子さんも入ってなんとか回せそうだが一人減っても他から人員確保できない。ボランティアの方も何人か来てくれるが安定したものではないから見込まずに」
「はい……」
横では常田がまだ暗い顔をしている。しょうがないよ、ねぇ。
「あとこんな時になんだが……とある話が偶然上がっててな」
偶然? なんの話……?
「異動の話が出てるんだ、君に」
続く
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