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第四十六話 シノノメナギの恋煩い

 しばらく常田と会えない間は、次郎さんが大阪まで来てくれて。(女装はしてなかった)
 なぜか夏姐さんも同じタイミングでこっちの研修の帰りにでくわし。そのまま三人でわたしの家で飲んだ。

 夏姐さんは相変わらず仕事のことで荒れ模様。
 すると次郎さんは好きだった人にふられたと言ったところから夏姐さんと共に二人は意気投合してすごく会話盛り上がってて。その隙に私はお風呂に入って出てきたら二人がキスをしていた。

 そのあと二人はわたしの家に泊まってあっちの方でも意気投合してしまって。年が近い二人はそのまま付き合うことになった。一体なにが起こるかわからないものである。(てか人の部屋で何してるのよ!)


 夏姐さんは次郎さんの女装する趣味はわたしのおかげか免疫があり、特になんとも思わない。
 朝、二人は仲睦まじく手を繋いで帰って行った。
 こんな恋の始まりもあるのか。もうこんな恋なんてできない。

 常田のいないうちに、だなんて……ダメよね。ため息しか出ない。
 彼と付き合うまではいろんな人からアプローチやら何やら妄想が楽しかった。でも今は彼ができてしまって他の人たちとの妄想すらもいけないんじゃ無いかって思ってしまう。
 妄想してた頃がとにかく楽しかった……。

 ってそんなこと言っちゃダメよね。常田、頑張ってるんだから。


 常田の手術の日。付き添うわけでも無いが休みを取った。慶一郎さんから電話をもらった。そしてその電話先で常田と変わってもらう。
『梛、がんばってくるで』
「うん。がんばって……」
『梛まで元気無いとあかんやろ、大丈夫やでー』
 いつものようにヘラヘラ笑ったような声。でも少し不安さも滲み出てる、て声だけでわかるようになってしまった自分もすごい。
『あ、兄ちゃんのスマホやからビデオに切り替えてええか』 
「あ、え、う、うん!」

 普段スマホを使わない常田。わたしのスマホに彼の顔が映る。少し顔が浮腫んでる?
 やはり少し不安な顔をしている。わたしの顔も映るけどどう見えるかしら。少しメイクしておいたけどいつもよりも薄め。まさかビデオ通話するとは思わなかったもん。

『手術前に梛の顔をこの目に焼き付けたいんや』
「また手術したら見えるでしょ……」
『そやな。なかなか会えん時は覚えてる梛との記憶と写真で補ったったんや。夜んときも梛の顔思い出しながらでもアレできたしな』
 アレ……? って、卑猥な話っ。お兄様とか他に看護師さんもいるのよ? ほら、笑い声もする。そこまでして無理して笑わせることしないでよ。恥ずかしい! バカ!

『でも想像だけじゃ補えん。もっと顔見せてや……なに泣いとんのや、笑え』
 気付いたらわたしは泣いていた。カメラにも泣き顔が映る。ブサイク、インカメラだと余計にそう思う。
 わたしは頑張って口角を上げた。

『そうや、その笑顔や。かわええ、かわええ。しっかり焼き付けたで。ほな、頑張ってくるで』
「うん、頑張って……」

 本当なら常田のそばで手を握っていた。抱きしめていた。キスもたくさんして……。

 神様、いやお医者様。どうか常田の目を良くしてください。

 と願うしかなかった。



 手術は無事成功したと慶一郎さんから連絡があった。だけど体力的にもかなり消費してしまったとのことで話すこともできないって。でもわたしの声は聞きたいとか言ってたみたい。

 しばらくはあっちから連絡が来るまでは控えておこうと思った。ああ、今すぐ抱きしめたい! でもできない。もどかしい気持ちであった。
 慶一郎さんの声が不安を少し和らげてくれる。でも何か違う。



『梛、常田から連絡はあった?』
「術後には連絡あったんですけど、それからは……」
 夏姐さんも心配しているようだ。なんとなく彼女は最近穏やかで柔らかくなった気もする。服の色も明るめだし。
 次郎さんとのお付き合いがうまくいってるのかしら。


『おうち、1人だと寂しいでしょ。連絡も取れないだろうし』


 簡単に常田のそばにいる! というのは難しいことだ。


『梛、また連絡取れたら教えてね』
 夏姐さんも常田くんのことを心配してくれている。電話してくれるの、嬉しい。

 夜、とりあえず慶一郎さんにメールを入れた。でも返ってくることはなかった。



 いつものように仕事をする。まずは見知らぬ人たちと仕事して見知らぬ人と話をして……慣れていかなくてはいけない。

 そしてようやく慶一郎さんから電話が来たのだ。

『梛さん、すいません……なかなか連絡できなくて。元気にしてます?』
「元気にはしてますが、何かあったのかって心配になって」
『そやろな、と思ってたんです。こっちでいろいろあって、そのね』
 なんか穏やかでない口調。よそよそしいというか。それよりも常田はどうなの? 大丈夫なの?

『そのですね、おかんが家出しましてね』
「ええっ!」
 と驚いたようにリアクションをしていたが、聞いてた通りだったけども。
 まさかこんな一番そばにいてくれなきゃ困る時に……。

『居場所は分かっとるんですが帰らないと言ってるんですよ……それのせいで浩二がショックで体調崩して目眩や貧血でさらに寝込んでしもた』
 そりゃそうよ。ああ、そばにいてあげたい。

『本当は梛さんにきてもらうのがありがたいのですが今の調子だと家族でさえも制限があって……入れた時に電話もするか? て聞いたら憔悴しとったから無理やった……携帯も見ることもしないからな。連絡出来んくってすまない』

 ……常田。

 そしてまた刺さる……家族、という言葉。家族にはなれない、そして家族でさえも会うのに制限がある……。

 会いたい、会いたい、会いたいでも会えない。
 仕事の休み時間終わってもふと手を休めると涙が出そうになる。

「梛さん」
 その声は……。

「ご無沙汰しております、ここまで来てしまいました」
 仙台さんがにこやかに立っていた。

続く

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