第四十一話 シノノメナギの恋煩い
あれから数ヶ月。わたしたちは大阪に引っ越す。
「梛ぃーもう出かけるの?」
眠気まなこで寝癖だらけの髪型の常田。あくびもしている。
「出かけるわよっ、あなたは車の中で寝れるけどわたしは寝られないんだからっ。ヒゲも今剃らなくていいから、朝ごはんも車の中!」
「眠いー、もっと寝たいー」
ダラーっとした常田。わたしだって眠いの! しかも今キャリーケース運び出すために夏姐さんと息子くん三人来てるし。
「この部屋とももうお別れやな……さようなら、て部屋に言ってもな」
眠そうな目をしながらも冗談を口にして常田は部屋を後にした。短い間だったけど二人愛し合った場所からわたしたちは出て行く。
「常田、手術成功すること祈ってるわよ」
夏姐さんはギュッと常田の手を握って、さらに抱きしめた。
「わぁああ、姐さん!」
「頑張れよ、常田!」
夏姐さん、泣いている……。次はわたしの前に来た。
「常田を見届けてやってね」
と手を握ってくれた。温かい。わたしはうなずいた。息子くんたちを見るといい笑顔をしている。ほんといい男たちに育ったものだ。
「じゃあ、いってきます」
「いってきます」
わたしと常田がそういって四人に見送られて出発した。
駅について電車に乗り新幹線へ乗り継いだ。しばらくゆっくりできる。眠かったから。
常田は夏姐さんから渡された封筒の中にCD‐ROMに気づき、CDラジカセで聴いている。わたしも片方のイヤホンで聴く。
夏姐さんの声が聞こえてきた。少しいつもよりも高い。よそ行きの声だ。
『このCDには常田、ナギに向けたメッセージが入っています。大阪にいってしまうのは悲しいけど……同じ司書同士、いろんな人たちの本との出会いを助け、本を守り、仕事をしていきましょう』
夏姐さん……常田は口元を抑えて泣くのを堪えている。わたしは泣かぬたいと気持ちを抑える。新幹線の中では泣くのは恥ずかしいタオルで顔を隠す。
パートさんからボランティアの人たちや読み聞かせボランティアの人たち、あと警備員のでんさんも。
普通なら寄せ書きなのだろうが、わたしは声の方がいいんじゃないかって。
そしたらわたしへのメッセージまであるとは。文字でもいいけど声は声色、大きさ、抑揚……人それぞれ。なんだろ、文字よりも温度が伝わる。
『おい、常田っ。……お前がっ、いなくなったら寂しい! 早く目を治して帰ってこい。シノノメナギちゃん! また、また、話し相手になってくれよなっ』
でんさんだ。声が震えている。
「みんなありがとう……」
うん、みんなありがとう……。
って泣いてたけど数分後には爆睡していた常田。数年前に一人で見知らぬ土地に来て働いていた彼。
本当に頑張ってるなぁって上司としても思っていたけど、彼も一人で孤独に生きていた。でもこの数年で多くの人と出会い、彼のことを思ってメッセージを残してくれたのだ。
彼は故郷に戻るけどまた違う環境で働かなくてはならない。わたしも……だけどさ。わたしはガチで1人だから、尚更みんなのメッセージが嬉しい。
彼がわたしの方に頭を乗せる。わたしも眠くなっちゃった。
続く
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