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第三十八話 シノノメナギの恋煩い

 夜、夏姐さんとわたしと常田の3人でバーに行った。

 パッパと取り分けて目の前に置いてくれる夏姐さん。


「梛の件は前から上がっていたのよ。梛は児童書担当だし……ね。力は発揮できるし」
「うん……それはそうだけど」

 市内の子供図書館に異動しないかと打診されたのだ。正直常田が大阪に帰ることになり、ついていきたい気持ちが山々である。
 だが大阪に行ってもすぐ正規で司書として働ける保証はない。

「わたしは梛にとっては栄転だと思ってさ……市内だし、給料も上がるし、今の図書館とも提携してるからポジティブに考えていたわけ。そしたら蓋を開けたら違ったのよ」
 ダメだ、夏姐さんのスイッチが入った。お酒も飲み始めてるし。

「来年の春に子供図書館のスタッフが産休で抜けるから、まぁそれはいいとして。他にも彼氏持ちの独身や新婚の司書が多いからいつ産休とか結婚とかで抜けられても困る、だから結婚や妊娠しても辞めるリスクの無い梛に声をかけたとか失礼極まりない!」
「まぁ、確かにそうですけどもぉ……」
「女を舐めんなよ! こちとら三人産んでもギリギリまで産休取らず産後すぐ復帰した私がいるんだっつーの! 女だからなにさ! なにがリスクだ! 梛をなんだと思ってるんだ」

 悪態ついてきた夏姐さん。こういうときは常田が宥めるけど今日はそうではなく、わたしが宥めている。常田は俯いている。

「でもわたしと常田が抜けたら……輝子さんが入りそうだけど……」
 と言い終えたと同時に夏姐さんがワイングラスをドン! と置いた。

「そーなのっ! あと大学生の歩ちゃんいるじゃない。あの子も正式に採用されるのよ。ボケーっとしてるじゃない……たよりない! 他にも数人正規雇用狙ってる人もいるのにあの子はパパか市役所役員だからって……」

 歩ちゃん……大学通学の合間にボランティアに来てる子なんだけど、よく常田が彼女に点字図書とかのことを教えてた、あのあざとそうな子!

「それにあの輝子さんも正規に復帰したら……もう無理、ストレスで死ぬ」
 と机に突っ伏す夏姐さん。感情の波が激しい時にお酒は危険である。もう何年前から知ってるのにわたしは学習能力が無い。

どんなに強くても輝子さんの強烈さには耐えれない夏姐さん、大丈夫かしら。

「常田、大阪になんて……ひっく」
 しゃっくりまじりでグダグダとまくし立てる夏姐さん。常田は顔を少し上げた。

「大阪の先生は子供の頃からお世話になってるんで……その先生でも完全に治るかわからへんって言われてる」
 今のところでもいいのに。なんなら。

「何度も大阪に戻ってあっちの図書館の試験をまた受けろって、毎年言われてたし、僕はこっちの暮らしが良かったし、何より今年は梛と付き合ったから尚更……」

 彼は家族の反対を振り切って、こっちの親戚をたよって司書になったとは聞いていたけど……。やっぱり親たちは常田はそばにいて欲しかったのだろうか。
 いい大人だけどやはり病気の子供のことは親は心配になるのだろうか。

「常田がだいぶ前から大阪に帰れと言われていた話は前も聞いてた、実は。でも梛には話さんといてやーって言われてて」

 全く知らなかった、そんなこと。


「うちの弟のことで迷惑かけてすんません、」
 どこからともなく出てきた常田のお兄様!? いつの間に! 夏姐さんはびっくりして椅子を立ち上がってお兄様を座らせる。

「僕がここのお店で食べてることを連絡した……」
 そうだったら早く言ってよ……常田のお兄様は店員さんからお水をもらって、夏姐さんから勧めれたピザを頬張る。
「親戚と父は仕事の話で盛り上がってて退屈だったからここにお邪魔させてもらいますわ」

 ……お兄様は常田の代わりにすごくニコニコしていた。



 お兄様は常田慶一郎さん、大阪の市役所に勤めてるバツイチ(前妻に子供あり)の42歳。お父様も市役所勤で公務員家系らしい。
 しかしまじめなのか? と思ったが常田君よりも彼の方がチャラさ全開オーラは漂う。

 相変わらず酒に呑まれグダを巻いた夏姐さんがもう限界そうだったのでいつもの通り息子くんたちに来てもらって連れて帰ってもらった。
 息子くんたちはすいませんすいませんと連呼して大変そうだったけど、夏姐さんが荒むのも今回はかなりわかるのよねぇ。

続く

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