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第四十三話 シノノメナギの恋煩い


 お昼は近くの定食屋。昔ながらのって感じね。お父様が店主さんに声をかけていて、馴染みのあるお店なんだなぁと。

 どうやら予約していたようで、すぐに出てきた。幕の内弁当。豪華だし見栄えも良すぎる。これ、高すぎるよね。


 この家族、無言で食べる。基本食べている時は黙ってるのかしら。

 男性陣は全員食べるのが早い。そしてお母様はゆっくりゆっくり。よく見るとお母様のお重は小さめである。

「梛さん、お弁当大きめだったかしら」
「いえ、そんなことはないです……」
「浩二、やっぱり梛さんもわたしと同じにすればよかったわね」
 男性陣の食べっぷりを見ると本当にどきっとしてしまう。食欲旺盛な男の人は精力も強い……。
 常田家の男性陣はきっとみんな……あああっ、もう食べよう。

「母さん、ちかくに挨拶行ってくるから梛さんと待っててくれないか」
 お父様が慶一郎さんと常田連れて外に行ってしまった。えっ、わたしお母様と二人きり? さっさと出て行ってしまった三人。
 うろたえるわたしに
「梛さん、その間にデザート食べましょう。ここのデザートは美味しいのよ」
 とメニューを出してくるニコニコしたお母様。

 いろいろあるけど……適当にぜんざいにした。お母様はアイスモナカを。
「ねぇ梛さん」
「は、はい……」
「あなた、思ったことをちゃんと話さないと喉が苦しくなっちゃうわよ。ってもうそうかもしれないけどさ」
 ……!

 見透かされていた……わたしは頷くが、何も話せないままに沈黙が。
「はい、ぜんざい」
 店員さんからわたされたぜんざい。ホクホクとした湯気。

「しばらくあの人たちは帰ってこないからお話ししましょう、あなたのことを知りたいわ」
 お母様はフフフと微笑んだ。

 お母様と何を話せばいいのだろう。

「私も昔から思ったことは心に秘めてしまってね。特に結婚してからは嫁は黙ってろみたいな、大人しくしてろとかそんな感じでね。余計何も言えなくなって。浩二の目に病気発覚した頃にはそのショックと看病の疲れで声が出なくなってしまったの」
 でも今は結構すらすら喋ってる。お母様は関西の人じゃないようね。

 わたしは心に秘めるというか、ただ妄想の中の声が多いだけであって……。

「浩二と結婚しても私のことは気にしなくていいからね」
「えっ……」
「結婚したら実家はあれど二人は一つの家庭を持つんだから。困ったことあったら助けてあげる。まぁ浩二のことですごく困るだろうけども。あとね私たちは何かあっても老人ホームに行くから介護は大丈夫よ」
 もう結婚する前提で話進んでるけど、わたしが本当は男っていうのは早く伝えたほうがいいかしら。

「他人同士、親とでさえも性格合わないんだからウマが合うなんて相当なことよ」

 わたしも母さんとは性格合わなかった。ばあちゃんも仲良く過ごしていたけどばあちゃんに合わせていた気もする。生きるためには一緒に暮らさなきゃいけなかったから。

「お嫁さんだからと言って旦那の家庭の味を再現しなくていいし、風習も従わなくてもいい。うちは毎年こうやって着物着て神社参拝してるけどそれもしなくていいからね。着物も別に無理して覚えることもないわ」
 うっ、しようとしてたわたし。

「それと、浩二にも無理して合わせなくて良いからね。あの子、落語好きでしょ? だからといって無理して付き合わなくていいから。まだ小さかったから親の付き添いじゃないと寄席見に行けなかったからついて行ったけど高校生になった頃には送り迎えだけしてあげたわ。その間に買い物なんかしちゃって」

 ああっ。仕事の行き帰りにいつも落語のCDかけてたけどそれも無理にしなくてもよかったのかな。

 ぜんざいも底を尽きてきた。まだ戻ってこないかしら。
「人は人、自分は自分。じゃないと自分がなくなってしまう。私の友達も何人か旦那や子供がいないと自分が無い人ばかり。私も昔そうだったけど……」
 そいえば……会った時から
 思ったけどお母様、若い。慶一郎さん42歳だから20歳で産んだとしても62歳? にしては若い。仕事もまだしてるとか言ってたけど……。

「なあに? じろじろ見ちゃって」
「あ、いえ。なんでもないです……」
 あまりにも見過ぎたかな。するとお母様もわたしのことをじろじろ見てきた。

「本当に綺麗よね。上手に化粧をして……」
「そんなことないです」
「本当のことを言ってるのよ。喜んで頂戴」
「ありがとうございます」
 お母様は微笑んだ。あなたの方が美しい。女性としてとても品がある。羨ましい。

「私、わかってるんだから」
「はい?」
「あなたが男の人だって」
 !!!!!

続く

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