あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ④
「お前、そんなもん出すんじゃない!」
「う、うるせーーっ!ぶっ殺してやるっ!」
少年は興奮していた。
おそらくハッタリか護身用で持っていたのだろう。実際に刺した事などないと勇二は思った。
ナイフを持つ手の震えがそれを物語っていたからだ。
腹のダメージが残っているのか、勇二に殴られたところを左手で押さえながら少年は立ち上がった。
仲間の手前、引っ込みがつかなくなった少年の目は、本当に刺してくるような目をしていた。
対峙した二人。
勇二自身、刃物を持った相手と対峙するのは2度目だった。
人間というのは初めて経験するのと、1度経験しているというのは雲泥の差がある。
勇二は冷静に周りの状況を確認した。
数メートル先に駐車場の壁際に花を植えている場所があるのを視界の端に捉えた。
少年はオレンジ色の世界を切り裂くように、唸り声を上げながらナイフを降り下ろしてきた。
パンチを避ける時よりも距離を取り何とか避けた。
パンチだと多少当たってもいいという余裕がある。だから、ギリギリで避ける事ができる。
しかし、刃物の場合はそうもいかない。1度の攻撃で負うダメージが違いすぎる。
背中に汗が一筋流れるのを感じた。
周りの少年たちも声を上げられず静まり返っていた。
少年は矢継ぎ早にナイフを奮ってきた。フットワークを使い、なんとかかわす。
興奮した少年の唸り声。
2人の息遣い。
緊迫した空気。
勇二は小さく息を吸い込んだ。
「はっ!」
呼気と同時に地面を回転しながら移動する。
ナイフを奮いながら追ってくる少年。
花を植えてある場所。
勇二は手を伸ばし、掴めるだけの土を握りしめた。
と同時に少年のナイフが勇二に襲いかかる。
勇二は避けながら、握りしめた土を少年の顔面に目掛けて放った。
「うっっ・・!」
少年は顔を押さえながら立ち止まった。
勇二は少年のナイフを持っている手を掴み、逆に捻り上げた。
カランカラン・・
乾いた音を立ててナイフは地面に落ちた。
すかさず勇二はナイフを蹴り飛ばした。
その様子を見ていた周りの少年たちは、散り散りに逃げていく。
ナイフを持っていた少年は、土が入った目が痛いのか、まだ、押さえていた。
「薄情なもんだな。お前のツレたち、お前置いてどっか行ってしまったな。」
「くそっ!」
少年は捨てゼリフを残して去っていった。
勇二は、いじめられていた少年の側に行った。
「大丈夫か?ケガしてない?」
「あ、ありがとうございます!」
少年は丁寧にお辞儀をして、勇二にお礼を言った。
「何か飲む?」
勇二は少年にそう問いかけると、少年は小さく頷いた。
「ほれ!」
コンビニから出てきた勇二は、缶コーヒーを少年に軽く放り投げた。
「あ、ありがとうございます!」
両手で缶コーヒーをキャッチした少年は、丁寧にお辞儀して、勇二にお礼を言った。
空いている駐車場の車止めに2人腰掛けた。
辺りは相変わらずオレンジ一色の世界。
先ほどまでの緊迫した雰囲気がウソみたいに、ゆっくりとした時間が流れていた。
「目。」
「目?」
勇二が言った言葉に、少年は不思議そうな顔をして聞き返した。
「俺も昔、君と同じ目をした事があったんだ。」
勇二は自分の過去を少年に話し始めた。